コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

軽井沢[町] かるいざわ

百科事典マイペディアの解説

軽井沢[町]【かるいざわ】

長野県東部,北佐久郡の町。近世中山道追分沓掛(くつかけ),軽井沢の3宿が発達した。1997年長野新幹線が通じた後,信越本線軽井沢〜横川間は廃止,軽井沢〜篠ノ井間は第三セクターのしなの鉄道が通じる。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

かるいざわ【軽井沢[町]】

長野県東部,北佐久郡の町。地元では〈かるいさわ〉という。人口1万5345(1995)。浅間山南東麓にある標高950m内外の高原で,8月の平均気温が20.5℃と札幌より1.2℃ほど低い冷涼な気候に加えて,東京に近い地理的条件から,夏の全盛期の入込客は常住人口の10倍にのぼる。1886年イギリスの宣教師A.C.ショーが,旧軽井沢の民家を借りて一夏を送ったことから避暑の歴史が始まった。93年信越本線が全通してからはホテルもできて避暑客がふえ,1917年に西武資本による建売別荘分譲が始められてから本格的な避暑地になった。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内の軽井沢[町]の言及

【浅間山】より

… 裾野は標高1000m前後の部分が広範囲を占めるため,夏の気候は冷涼で,雄大な景観とともに高原保養地としての人気が高い。1886年南東麓の軽井沢(通称〈旧軽井沢〉)がイギリスの宣教師A.C.ショーによって避暑地として着目されて以後,旧軽井沢を中心に別荘地開発が進んだが,それ以前は中山道など古い街道沿いにまばらに集落が見られたにすぎなかった。1928年,草軽電鉄(1960廃止)の駅が設けられてから北軽井沢(群馬県長野原町)が別荘地として発展,60年代半ばごろから中軽井沢(旧,沓掛),西軽井沢(御代田町),さらに人工の塩沢湖を中心に南軽井沢がそれぞれ急速に観光別荘地として開発が進んだ。…

【ノーマン】より

…1897年来日,1940年まで東京,金沢,長野などで宣教にあたり,長野農民福音学校を開設して農民の教化につとめた。軽井沢を保養地として開発し,その家は〈ノルマン館〉として知られた。日本近代史の研究者として著名なカナダの外交官E.H.ノーマンはその次男。…

【柳津[町]】より

…第2次大戦後,只見川の電源開発が進められ柳津ダムが建設された。北部の軽井沢は近世に銀山で栄え,明治中期にも活況を呈したが,1902年ころ廃山となった。山間部は古くから林業が盛んで,キリの産地として知られる。…

※「軽井沢[町]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

軽井沢[町]の関連キーワード上信越高原国立公園