日本の農業政策の目標と基本方向を規定し,農業諸法令の制定改廃の指針としての性格をもつ宣言立法的法律(1961公布)。現行法は前文と6章29条と付則からなり,農業政策の究極目標として〈他産業との生産性の格差が是正されるように農業の生産性が向上すること及び農業従事者が所得を増大して他産業従事者と均衡する生活を営むこと〉(1条)とし,この目標を達成するため,農業生産の選択的拡大,農業の生産性の向上および農業総生産の増大,農業構造の改善,農産物の流通の合理化,農産物の価格の安定および農業所得の確保,農業資材の生産・流通の合理化および価格の安定,農業経営者の養成および就業の安定化,農村の福祉の向上の8項目を国が総合的に実施すべき施策として義務づけ,それを達成するための手段,方法について総合的・包括的規定を行ったが,きわめて抽象的な規定にとどまり,具体的な規定は他の農業諸法律の改正,新規立法にゆだねられた。
農業基本法制定の気運は1950年代後半の日本経済の高度成長のなかで提起されてくる。50年代後半に入るとともに,食糧需給事情の大幅緩和,国際的な農産物過剰による価格低落傾向と海外農産物との価格差拡大,非農業部門の所得に比較して農業所得の相対的低下傾向,農家兼業化の進展,農業生産性の低さと停滞性,経営の零細性など,高度経済成長の展開とともに日本農業の内包する矛盾が激化してきた。他方,55年に西ドイツにおいて農業法が制定されたことも農業基本法制定の促進要因としてあげられる。西ドイツの農業法は,経済成長のために良質かつ低廉な食糧供給を確保するとともに,他方で農業従事者と非農業の比較すべき職業群との所得均衡を,農業の生産性向上と小農構造の改善,すなわち構造政策の推進によって実現することを目標としていた。
1959年4月,政府は農林漁業基本問題調査会を設置し,1年余の審議を経て〈農業の基本問題と基本対策〉が提出された。その骨子は新しい農業政策の展開の契機を,(1)経済成長,(2)就業動向,(3)貿易条件に求め,農業政策の方向づけは,農業と非農業間の所得の均衡,生産性の向上と生産の選択的拡大,農業構造の改善におかれるべきであるとした。この答申を受けて農業基本法が制定された。なお農業基本法では農政審議会の設置と農業の動向に関する年次報告(《農業白書》と通称)ならびに政府の講じた施策に関する報告を国会に提出することが義務づけられているが,その年次報告によれば,基本法の掲げた政策目標はこれまでのところほとんど達成されていない。
こうしてウルグアイ・ラウンドの農業合意の翌年(1994)から基本法の見直しが公式に始まり,97年には食料・農業・農村基本問題調査会が発足し,新基本法制定が目前の課題となった。99年食料・農業・農村基本法が制定され廃止。
執筆者:今村 奈良臣
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1961年(昭和36)に制定された,農業と他の産業の生産性や所得の格差の是正を目的として,農業の近代化・合理化をめざした農政の基本法。農業生産の選択的拡大や合理化,農業構造改善事業への着手,農産物価格の安定,農産物流通の合理化,農業資材の生産流通の合理化,近代的農業経営者の養成,福祉の向上などの8項目からなる。基本法農政のもとで,60~67年に農業生産は約30%上昇し,1人当りの農業生産は年率7%の伸びを示したが,食料自給率の低下,農業者の高齢化,農地面積の減少などを生じ,基本法農政は破綻した。99年(平成11)食料・農業・農村基本法が制定され,農業基本法は廃止された。
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…) 以上の諸点,とくに農業構造上の諸問題を打開し解決するために,これまで各種の施策が講ぜられてきたし,また講ぜられようとしている。その一つは,中核となる農業の担い手農家を育成することであり,1960年代以降,自立経営農家の育成が試みられてきた(農業基本法農政がこれである)。その後,70年代の末ころから,より幅を広げた〈中核農家〉(中核となって農業を担っていく農家)の育成が目標とされ,農地の流動化(売買,賃貸借,農業経営の受委託など)を進め,中核農家へ集中させることによって,農業構造の合理的再編を図ることが課題とされるようになっている。…
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