多くの産業において生産を行う場合,最終消費財をすぐさま直接得るのではなく,多量の資本を投下して,かなりの生産時間をかけて回り道をしながら生産をしていくのが一般的である。この方法を迂回生産と呼び,経済学における資本理論にとって一つの重要な鍵概念となる。W.ロッシャーは有名な漁師の例を用いて,この迂回生産の本質を説明している。漁師が素手では毎日3匹しか魚をつかまえられなかったが(資本なしの生産),舟や網などの資本財を用いると毎日30匹も捕獲できるようになった。網を作り,舟を準備するには,時間とその生産期間中の食糧供給が必要であるが,生産(獲物)の量は10倍になる。ベーム・バウェルクは,この迂回生産の考えを賃金基金に結びつけて,資本理論を組み立てようとした。すなわち,この漁労経済の例でいうと,漁師が網を編み終えるまで食べていけるように経済全体が蓄積している財貨が,網の製作者のための食糧であり賃金基金をなすとみるのである。市場経済も,複雑ではあるが原理的には似たような生産構造が支配している。消費財と生産財が種々異なった完成段階で存在し,おのおのの段階の中間生産物が最終生産物に向けて生産過程を通り過ぎていく。いま,全生産過程は5年の歳月を要し,1年ごとに各段階を移動すると仮定する。そして,生産開始の時期が1期(1年)ずつずれているとする。この場合,ベーム・バウェルクによると,衣食住の供給ストックとしてはこの迂回生産がスタートする時点での全賃金基金を必要とするわけではない。あと5年働く労働者には5年分,4年働く労働者には4年分というように計算すると,この迂回生産過程全体では5年分の労働者の食糧ではなく,3年分で足りることになる((5+4+3+2+1)/5)。このような迂回生産の期間と賃金基金との関係は決して固定的なものではなく,他の経済条件(食糧のストック,生産者数,種々の迂回生産の方法の生産性,消費貸借の量,人々の経済的気質など)に依存する。このような,迂回生産を中心に展開される資本理論の妥当性については,いまだ決着がついたとはいいがたく,オーストリア学派内部でも見解の相違がある。
執筆者:猪木 武徳
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手で魚をとるよりも、網や漁船をまずつくってから魚をとるほうがはるかに収穫があがる。このように、初めから消費財を生産せず、それをつくるための道具、機械、工場設備などの生産手段をつくる迂回をしてから消費財を生産したほうが、一見よけいな手間と時間を費やすようにみえても、結局生産物が多く得られる。このような生産方法を迂回生産という。
迂回生産による生産物の増分すなわち迂回生産の利益は、利子の存在理由の一つを説明する。いま生産手段(資本)がなくて労働だけで100の生産物を得ていたとする。そこから20を貯蓄(蓄積)して資本を得ると、10の生産物増加になるとすれば、10が迂回生産の利益であり、利子の源泉がそこにみいだせる。かくて、資本の利潤率と利子率とが等しいとき、迂回生産の度合いが決まる。これがベーム・バベルクやハイエクのオーストリア学派による生産構造論であったが、最近、ケインズの貨幣的利子論に対するマネタリズムの批判のなかで、見直されつつある。
[一杉哲也]
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[生産の技術過程]
生命を維持し再生産していくために,また社会生活を営んでいくために人間は生産活動を行わなければならないが,当然のこととしてこの生産は自然に働きかけて資源を採取しそれを変形する技術過程としての側面をもっている。生産力の発展は技術過程の改良に負うところが大きく,なかでも科学・技術の生産への応用といわゆる迂回生産の進展は物的生産力を飛躍的に高めた。科学・技術の発展が生産力の向上に寄与することは自明であるが,歴史上とりわけ重要なのは18世紀の蒸気機関の発明とそれに続く一連の動力革命である。…
※「迂回生産」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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