訴訟法,とくに民事訴訟法において,判決の基礎となる事実に関する資料の収集・提出は当事者の権能・責任であるとする原則。職権探知主義(判決の基礎となる事実資料を裁判所みずからが収集するという原則)に対する。広義では,訴訟の開始,判決対象の設定(民事訴訟法246条),判決によらない訴訟の終了(訴えの取下げ,和解など)を当事者の意思に任せる処分権主義をも含んで弁論主義と呼ぶこともある。
狭義の弁論主義は,その内容を細説して,(1)当事者の主張していない事実に基づいて判決をしてはならない,(2)両当事者間で一致した事実(すなわち,自白)については,裁判所はその真否を審理せずそのまま判決の基礎としなければならない,(3)証拠調べは当事者が申請したものを調べることができるだけである(職権証拠調べの禁止),と説かれる。たとえば,当事者が消費貸借契約の無効を主張しない場合や有効であると一致した場合には,裁判所の眼からみれば無効と思われるときでも,無効と前提して判決することができない。また,無効について証言できそうな者を,当事者からの申請がないのに,証人とすることもできない。その結果,当事者のおもわくを離れて訴訟が進展することはなく,また,当事者は相手方当事者の主張・証拠申請にだけ注意していれば不測の判決が出されることはないと保障されることになる。弁論主義に反して出された判決は違法であり,上告審では破棄差戻しの対象となる。
弁論主義は,いわば訴訟のイニシアティブを当事者の側に与えるものであり,当事者だけで処分のできない公益にかかわる訴訟では必ずしも適当ではない。現行法も,弁論主義で裁判をするのは通常の民事事件に限っており,公益性の強い人事訴訟では職権探知主義を採っている(人事訴訟手続法10条,14条)。
通常民事事件で弁論主義が適用される根拠については二つの考え方の対立がある。一つは,実体法上の〈私的自治の原則〉が訴訟に反映したものが弁論主義である,当事者は訴訟においても事実を自由に処分できてしかるべきだとするものである(通説)。他の一つは,私的利益の争いである通常民事事件では,当事者の利己心を利用して当事者に事実を収集させるほうが真実を効率的に発見することができる,それゆえ弁論主義を採用するのだとするものである。いずれにせよ,弁論主義は19世紀の個人主義・自由主義の時代思潮を背景に登場したものであり,訴訟における両当事者の力の対等を前提にするものであった。しかし,両当事者の力の対等というのは現実の姿ではなく,力(法的知識,経済力)の格差から勝つべきはずの者が敗けるということが生じうる。かくして,古典的弁論主義も変容し,現行法は,裁判所が当事者に釈明を求めるということを通じて両当事者間の力のバランスが回復することを目ざしている(民事訴訟法149条。釈明権)。すなわち,当事者の一方の主張・立証活動が不十分・不適切である場合には,裁判所が質問の形を通じて不十分・不適切を指摘し,主張・立証の変更を暗示するのである。一定の場合には,釈明を求めることは裁判所の義務とされ,裁判所がこの義務に違反し釈明を求めなかったときは上告審で判決を破棄,差し戻す理由となる。現行法の弁論主義は,この釈明義務によって修正された弁論主義とみることができる。ちなみに,近時,日本の制度の母法たるドイツ法では,この修正を一歩進め,判決の基礎となる事実の収集・提出は当事者のみならず裁判所の権能でもあるとする協働主義の考え(弁論主義と職権探知主義の中間)が提唱されているが,不明確な部分もありとくに日本では批判が強い。
執筆者:高橋 宏志
刑事訴訟では,証拠の収集および提出について,当事者である検察官および被告人または弁護人だけがその権限を持ち義務を負うものを弁論主義という。これに対し,裁判所がもっぱらこの権限および義務の主体となるものを職権探知主義という。現行法は,当事者主義の訴訟構造に基づいてはいるものの,明文で当事者にも裁判所にも証拠提出の権限を認めているので(刑事訴訟法298条),職権探知主義はもとより,弁論主義も採用していない。なお,刑事訴訟においても,訴訟の対象を当事者の処分にゆだねるものを弁論主義ということがあるが,これは処分権主義と呼ぶのが妥当であろう。
→当事者主義
執筆者:長沼 範良
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訴訟法上、審判の基礎となる事実および証拠の収集を当事者の権能または責任に属させる主義。対概念は職権探知主義。民事訴訟では、基本原理とされ、裁判所は当事者の申し立てない事項については判決をすることができず(民事訴訟法246条)、当事者の主張した事実を相手方が争う場合に限って裁判所は証拠を調べる義務があり、裁判所において当事者が自白した事実はこれを証明することを必要としない(同法179条)。
刑事訴訟でも弁論主義が基調とされ、検察官の裁量により起訴猶予を許す起訴便宜主義(刑事訴訟法248条)を採用し、起訴する場合にも、訴因の設定・変更は検察官が行う(同法256条、312条1項)。また、証拠調べの請求も当事者が行う(同法298条1項)。しかし、民事訴訟のようには弁論主義が徹底されておらず、公判廷における自白または有罪の自認があっても、それだけでは有罪とはされない(同法319条2項・3項)。また、裁判所による職権証拠調べ(同法298条2項)あるいは訴因変更命令(同法312条2項)が認められ、訴因についても証拠についても裁判所の職権発動が認められている。ただし、現行刑事訴訟法は、当事者主義を基本原理として採用しているとの理解が一般的であり、職権証拠調べあるいは訴因変更命令は例外的な制度であるとされている(通説・判例)。
[田口守一]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…裏返していえば,そのぶんだけ当事者主義的な訴訟構造が導入されたといいうる。(2)民事訴訟の場合 民事訴訟では,原則としてそこで解決が求められている紛争が私人間の自主的な解決にゆだねられていること(私的自治の原則)から,訴訟手続の開始,終了および訴訟対象の決定につき当事者が主導権をもっており(処分権主義),また訴訟資料の収集についても当事者の責任とされている(弁論主義)が,訴訟進行の面についてはそれが国家制度の運営であるという観点から職権で行われている。なお,この一般の民事訴訟においても,公益に関する事項(裁判権,専属管轄,除斥原因など)については当事者の主張なり申立てをまたずに職権でとりあげて判断すること(職権調査)が必要とされている。…
… 当事者たることに伴う効果は,双方において平等である(当事者平等の原則)。処分権主義および弁論主義(訴訟資料の収集責任を当事者が負う立法主義)が原則である訴訟においては,当事者は,訴訟を終了せしめる各種の行為(訴えの取下げとその同意等)をなす権限を有し,かつ訴訟資料を提出しまたは提出しない自由,相手方の提出した訴訟資料を争いまたは争わない自由を有する。他方当事者は,訴訟追行の結果たる判決の効力を受け,敗訴の場合訴訟費用を負担する(民事訴訟法61条)。…
…
[民事訴訟]
民事訴訟は個人間の利害の調整,紛争の解決を目的とするので,そこでは当事者主義を基調にし,当事者にイニシアティブをとらせたほうがつごうがよいと考えられている。この当事者主義は,処分権主義,弁論主義,当事者進行主義に分けて説明される。(1)処分権主義とは,手続の開始,裁判の範囲の設定および手続の終了について,当事者に主導権(処分権)を認めるものである。…
※「弁論主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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