小説家。昭和5年10月10日、神奈川県鎌倉市生まれ。生後1年もしないうちに母を失い、神戸在住の母の妹夫婦(張満谷姓)の養子となる。神戸大空襲で養父が行方不明となり、疎開先で終戦を迎えるがまもなく幼い義妹(前年に張満谷家の養女となった)が死亡。この体験はのちに直木賞を受ける『火垂(ほた)るの墓』などのなかに、虚実ないまぜの形で織り込まれている。1947年(昭和22)、新潟県副知事であった実父に引き取られ、野坂姓にもどる。旧制新潟高校に入るが、1年ほどで退学。1950年、早稲田(わせだ)大学仏文科に入学。7年目に抹籍処分。このあたりから、CMソングの作詞家、ラジオやテレビの放送作家などとして活躍し始め、童謡「おもちゃのチャチャチャ」でレコード大賞作詞賞もとった。
小説のデビューは、性にまつわる人間たちの悲喜劇を描いた『エロ事師たち』(1963)で、三島由紀夫、吉行淳之介らの激賞を得た。1968年『アメリカひじき』『火垂るの墓』により直木賞受賞。前者は敗戦直後中学生だった男の占領軍に対する怯(おび)えや卑屈な体験・記憶を、戦後20余年経た時間のなかで身をもってありありと蘇らせられるドラマを、諧謔(かいぎゃく)に満ちた文体で描いたもの、後者は、終戦の年の9月、神戸三宮駅構内で栄養失調でのたれ死んだ戦災浮浪少年とその妹の死を描いたものである。そのころから焼跡闇市派(やけあとやみいちは)などと自称し、独特な饒舌(じょうぜつ)体で、既成の良識への反抗を江戸時代の戯作(げさく)者を思わせる文体で人気作家となり、『骨餓身峠死人葛(ほねがみとうげほとけかずら)』『真夜中のマリア』(ともに1969)などの代表作を生んでいった。
1971年からは雑誌『婦人公論』に「戦争童話集」を連載、1975年に1冊にまとめた。第1話の、日本海軍の潜水艦と見誤られた1頭のクジラの悲劇をはじめ、全12話はすべて「昭和二十年、八月十五日」という冒頭をもつ。生々しい戦争の悲惨さを、非現実の童話的枠組みのうちに浮かび上がらせている。自伝的な小説もきわめて多いが、『一九四五・夏・神戸』(1976)、『人称代名詞』(1985)などが知られる。
一方で、歌手やタレントとしてテレビなどにも多く出演、「マリリン・モンロー・ノー・リターン」「黒の舟歌」などのヒット曲もある。1972年、雑誌『面白半分』に永井荷風(かふう)作といわれる『四畳半襖(ふすま)の下張』を採録し、猥褻(わいせつ)に関する裁判の引き金を引いたことでも知られる。1983年、第二院クラブより参議院議員に当選したが、その数か月後、田中角栄(かくえい)の選挙区新潟3区から総選挙に挑戦して落選した。1987年、敬愛する三島由紀夫の実像に迫ろうとした力作『赫奕(かくやく)たる逆光』を発表。これは三島の家系や生い立ちの秘密にふれようとするのみならず、それを通して野坂自身の生い立ちや半生についても暴く内容になっている。1995年(平成7)、『戦争童話集』がイラストレーター黒田征太郎(せいたろう)(1939― )の手により絵本になり、また黒田の原画による全12話のアニメーション映画が1999年にかけて完成。毎年終戦記念日前後にNHKの衛星テレビで放映された。沖縄を語らなければ『戦争童話集』は終わらないという黒田の強い思いを受け、2001年、『戦争童話集 沖縄編』として新たに『ウミガメと少年』を刊行。『火垂るの墓』での問題意識を持続させた。
[高橋広満]
『『野坂昭如エッセイ集』第1~第7(1969~1974・中央公論社)』▽『『野坂昭如抒情作品集』(1975・朝日出版社)』▽『『四畳半色の濡衣:野坂昭如戯作』(1977・文芸春秋)』▽『『野坂昭如自選短編集』(1978・読売新聞社)』▽『『赫奕たる逆光――私説・三島由紀夫』(1987・文芸春秋)』▽『『絵本野坂昭如戦争童話集』1~6(1993・汐文社)』▽『『野坂昭如戦争童話集1 小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話』『野坂昭如戦争童話集2 凧になったお母さん』(1995・新潮社)』▽『『野坂昭如コレクション1 ベトナム姐ちゃん』『野坂昭如コレクション2 骨餓身峠死人葛』『野坂昭如コレクション3 エストリールの夏』(2000~2001・国書刊行会)』▽『野坂昭如・作、黒田征太郎・絵『ウミガメと少年――野坂昭如戦争童話集 沖縄編』(2001・講談社)』▽『『エロ事師たち』『真夜中のマリア』『アメリカひじき・火垂るの墓』(新潮文庫)』▽『『骨餓身峠死人葛』(中公文庫)』▽『『てろてろ』『一九四五・夏・神戸』『とむらい師たち』(講談社文庫)』▽『『人称代名詞』(講談社文芸文庫)』▽『『マリリン・モンロー・ノー・リターン』(文春文庫)』▽『野坂昭如著、遠丸立解説『人間図書館 野坂昭如――アドリブ自叙伝』(1994・日本図書センター)』▽『清水節治著『戦災孤児の神話――野坂昭如+戦後の作家たち』(1995・教育出版センター)』
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(2015-12-11)
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