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金剛輪寺 こんごうりんじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金剛輪寺
こんごうりんじ

滋賀県中東部,愛荘町にある寺。行基開基と伝えられ,のちに円仁 (慈覚大師) が天台宗の密教化をはかり再興したといわれる。西明寺百済寺とともに湖東三山の一つとして栄えた。本堂は弘安 11 (1288) 年の造立鎌倉時代の仏像数体を収めた和様の代表的密教本堂で,国宝に指定されている。

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デジタル大辞泉の解説

こんごうりん‐じ〔コンガウリン‐〕【金剛輪寺】

滋賀県愛知(えち)郡愛荘(あいしょう)町松尾寺にある天台宗の寺。山号は松峰山。天平13年(741)行基開創と伝える。嘉祥年間(848~851)円仁中興台密道場となる。百済寺・西明寺とともに天台湖東三山の一。本堂は国宝、仁天門・三重塔などは重文。松尾寺。

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デジタル大辞泉プラスの解説

金剛輪寺

滋賀県愛知郡愛荘町にある寺院。創建は741年。宗派は天台宗、本尊は聖観世音菩薩。国宝の本堂など多くの文化財を保有。

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世界大百科事典 第2版の解説

こんごうりんじ【金剛輪寺】

滋賀県愛知郡秦荘町にある天台宗の寺。山号は松峯山。741年(天平13)行基の開創と伝え,嘉祥(848‐51)のころ円仁が台密の道場として再興した。また建武のころ(1334‐36)天台宗の穴太(あのう)流の別れである西山流の道場として栄えた。湖東三山の一つで,国宝の本堂大悲閣は,1288年(正応1)佐々木頼綱が再建し,重要文化財の二天門や三重塔のほか,藤原期の仏像もある。【菊地 勇次郎】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金剛輪寺
こんごうりんじ

滋賀県愛知(えち)郡愛荘(あいしょう)町松尾寺(まつおじ)にある天台宗の寺。山号は松峰山(しょうぶさん)。通称松尾寺。西明(さいみょう)寺、百済(ひゃくさい)寺とともに天台の湖東三山の一つ。近江(おうみ)西国第15番札所。741年(天平13)聖武(しょうむ)天皇の勅願により行基(ぎょうき)が開創したと伝える。本尊聖観世音(しょうかんぜおん)は行基の作と伝える秘仏。嘉祥(かしょう)年間(848~851)慈覚大師円仁(えんにん)が登山して中興、天台宗となり学僧が参集したという。弘安(こうあん)の役(1281)に近江守護佐々木頼綱(よりつな)が戦勝を祈願し、役後に現在の本堂大悲閣(国宝)を建立した。確認される坊舎跡は80以上にも及び、盛時は大寺院であったが、1571年(元亀2)織田信長の兵火でほとんどの寺塔を焼失、その後、徳川家康、彦根(ひこね)藩主井伊直孝(なおたか)などにより復興された。三重塔(待龍塔)、仁天門、大行社本殿のほか、鎌倉初期の阿弥陀(あみだ)仏像など12体および銅磐(どうばん)が国の重要文化財に指定されている。桃山から江戸時代にかけての池泉回遊式庭園は近江路の名園として知られる。[田村晃祐]

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