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錦織寺 キンショクジ

百科事典マイペディアの解説

錦織寺【きんしょくじ】

滋賀県野洲市にある真宗木部(きべ)派の本山。円仁毘沙門天像を安置し草創した天安堂に始まる。のち帰洛途上の親鸞(しんらん)に帰依した領主石畠資長(願明)が真宗に改宗

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世界大百科事典 第2版の解説

きんしょくじ【錦織寺】

滋賀県野洲郡中主町にある寺。真宗木辺派の本山。山号は遍照山。寺伝によると,慈覚大師(円仁)創建の天安堂なる毘沙門天をまつる堂に,関東から帰洛の途中に親鸞が寓して,霞ヶ浦感得の阿弥陀如来を安置し,ここで《教行信証》の化身土・真仏土両巻を著したので,天女が降って錦を織る奇瑞があったという。寺号の初見は1347年(正平2∥貞和3)で,このころ,関東の横曾根門徒がこの地に展開し,慈空が出て寺基を固めたので,これを中興とする。

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大辞林 第三版の解説

きんしょくじ【錦織寺】

滋賀県野洲やす市にある浄土真宗木辺きべ派の本山。山号は遍照山。858年円仁の草創。初め天台宗に属したが、1235年親鸞が阿弥陀像を安置し、以後浄土真宗に転じた。にしごりでら。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

錦織寺
きんしょくじ

滋賀県野洲(やす)市木部(きべ)にある寺。真宗木辺(きべ)派の本山。山号は遍照山天神護法院。858年(天安2)慈覚大師(円仁(えんにん))がこの地に一宇を建立し、毘沙門天(びしゃもんてん)を祀(まつ)った。これを天安堂といい、当寺の起源であるという。1235年(嘉禎1)親鸞(しんらん)が関東から京都へ帰る途中、この堂に泊まり毘沙門天より夢告を受け、阿弥陀(あみだ)仏を安置して念仏堂場とした。寺伝では親鸞が『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』を当寺にて著したという。
 1238年(暦仁1)天女が来降し、紫紅の錦(にしき)を織って本尊を供養(くよう)したという奇瑞(きずい)によって、四条(しじょう)天皇は天神護法錦織寺という扁額(へんがく)を与え、勅願寺とした。寺名はこれに由来するという。1573年(天正1)門跡(もんぜき)号を許された。天正(てんしょう)年間(1573~92)本願寺と織田信長の戦いに際し、浄土宗を信奉していると主張して以来、二宗兼学となった。[清水 乞]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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