デジタル大辞泉
「長道」の意味・読み・例文・類語
ながみち【長道】
[1633~1685]江戸前期の刀工。会津の人。通称、藤四郎。初め三好道長と称したが、陸奥大掾を受領して三善長道と改名。
なが‐みち【長道/長▽路】
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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なが‐みち【長道】
- 〘 名詞 〙
- ① 長く続いている道。遠くはるかな道。ながじ。
- [初出の実例]「もちづきのこまひきわたす音すなりせたのながみちはしもとどろに〈平兼盛〉」(出典:深窓秘抄(室町中頃か)秋)
- ② 長い道のり。遠い行程。長途。ながじ。
- [初出の実例]「お前の足が長途(ナガミチ)が踏めるくらゐなら」(出典:牛部屋の臭ひ(1916)〈正宗白鳥〉三)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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長道
ながみち
[現在地名]中区上前津一丁目・大須三丁目
長道筋から北へ一丁を町域とする。泰昌寺門前・春日の筋ともいう(尾張志)。一時は上前津町に属したが、明治一一年(一八七八)春日町となった(名古屋市史)。泰昌寺は、長道筋の北側にあった寺院。松寿山または寿楽山と号し、臨済宗。貞享二年(一六八五)政秀寺の微源または徹源が美濃国武儀郡大矢田村(現岐阜県)の道樹寺の塔頭で廃寺となっていた西の庵を当地に移転し寺号を改名(尾張志)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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長道(初代) ながみち
1633-1685 江戸時代前期の刀工。
寛永10年生まれ。陸奥(むつ)会津(あいづ)藩(福島県)藩工。万治(まんじ)2年陸奥大掾(だいじょう)となり,刀工銘を会津住道長から陸奥大掾三善(みよし)長道とあらためた。三善家は伊予(いよ)松山藩主加藤家につかえた祖父長国にはじまり,加藤家の転封(てんぽう)にしたがい会津で刀鍛冶をはじめた。長道の名は明治時代まで11代つづいた。貞享(じょうきょう)2年死去。53歳。通称は藤四郎。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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普及版 字通
「長道」の読み・字形・画数・意味
【長道】ちようどう(ちやうだう)
大道。〔詩、魯頌、
水〕彼の長
に順(したが)ひ 此の群醜(淮夷)を屈せしむ字通「長」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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