陸奥話記(読み)ムツワキ

デジタル大辞泉 「陸奥話記」の意味・読み・例文・類語

むつわき【陸奥話記】

平安中期の軍記物語。1巻。作者未詳。康平5年(1062)ごろ成立か。前九年の役の経過漢文体で記した合戦記。将門記とともに軍記物語の先駆とされる。

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精選版 日本国語大辞典 「陸奥話記」の意味・読み・例文・類語

むつわき【陸奥話記】

  1. 平安中期の軍記物語。一巻。作者・成立年代未詳。前九年の役を主題とし、漢文体で記す。「将門記」とともに軍記文学のはしりとされる。

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改訂新版 世界大百科事典 「陸奥話記」の意味・わかりやすい解説

陸奥話記 (むつわき)

軍記。一名を《陸奥物語》ともいい,《奥州合戦記》とも呼ばれる。作者不詳。1巻。11世紀の中葉に,陸奥の俘囚(ふしゆう)の長であった安倍頼時・貞任父子が起こしたいわゆる〈前九年の役〉の顚末を,その鎮定活躍した鎮守府将軍源頼義功業中心叙述したもの。奥六郡に威を振るう俘囚の長安倍頼時が,1051年(永承6)に衣川(ころもがわ)の南に進出し国守藤原登任(なりとう)に叛いて乱をなしたことから説き起こし,源頼義が勅命を受け陸奥守・鎮守府将軍としてその平定に当たり,12ヵ年におよぶ辛労の末,出羽の豪族清原武則の協力を得て,1062年(康平5)に安倍氏の最後の拠点である厨川(くりやがわ)の柵を陥れ,ようやくこれを鎮圧するに至るまでの経緯を,漢文で実録的に描いている。巻末に,〈今国解(こくげ)ノ文ヲ抄シ,衆口(しゆうこう)ノ話ヲ拾ヒ,コレヲ一巻ニ注ス〉とあることから,戦乱鎮圧後まもない時期に,公文書である〈国解ノ文〉を見ることができる人物が,それをもとにしながら,この乱の関係者たちの体験談である〈衆口ノ話〉をとり入れて筆録したものと推測されている。承平・天慶の乱を描いた《将門記(しようもんき)》とともに,軍記文学の先駆をなすものとされているが,《将門記》がどちらかといえば叛逆者である平将門に近い立場から書かれているのに対し,本書は鎮定に当たった源頼義・義家父子の活躍を中心とした純然たる追討記であり,その叙述の立場や態度がかなり違う。文体も,《将門記》のような破格の漢文ではなく,かなりの達文で,巻末に陸奥の戦場から〈千里ノ外〉にあってこれを書いたとしていることを考え合わせると,京都に住む知識人,それもかなりに筆達者な人物の手になったらしいことが推測される。《扶桑略記》にその一部が引用され,また《今昔物語集》の巻二十五にその抄録が載っていることから,早く世に行われていたことが知られるが,写本は少なく近世以前の伝本は現存しない。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「陸奥話記」の意味・わかりやすい解説

陸奥話記
むつわき

平安後期の漢文軍記。1062年(康平5)ごろ成るか。源頼義(よりよし)・義家(よしいえ)が奥州の豪族安倍頼時(あべのよりとき)父子を征討したいわゆる前九年(ぜんくねん)の役(えき)の一部始終を書いた合戦記である。巻末の文章から、平定後まもなく在京の官人が公式の文書に種々の口誦(こうしょう)の説話をあわせて書いたと思われるが、資料的価値は高い。文章は古典の詞句をちりばめた対句で整斉され、中国の故事が引用されているが、ことに『漢書(かんじょ)』の影響が著しい。作者の立場はつねに官軍の行為を肯定賛美しているので、『将門記(しょうもんき)』のような魅力に乏しい。しかし随所に感動的場面や個人の華々しい活躍が記される。新しく台頭してきた武士の主従関係や倫理観が打ち出されていて、後世の軍記物語への展開を考察するうえで貴重である。

[大曽根章介]

『梶原正昭校注『陸奥話記』(1982・現代思潮社・古典文庫)』『大曽根章介校注『陸奥話記』(『日本思想大系8』所収・1979・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「陸奥話記」の意味・わかりやすい解説

陸奥話記【むつわき】

《陸奥物語》《奥州合戦記》とも。前九年の役(1051年―1062年)のことを記した物語。1巻。作者不詳。陸奥国の俘囚(服属した蝦夷(えみし))の長安倍氏と鎮守府将軍源頼義との戦いを頼義の活躍を中心に描く。《将門記》とともに軍記物語の先駆とされる。
→関連項目厨川柵軍記

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日本歴史地名大系 「陸奥話記」の解説

陸奥話記
むつわき

一巻

別称 奥州合戦記

写本 宮城県図書館・東北大学付属図書館・国会図書館ほか

解説 前九年の役について記した戦記物。奥六郡の支配者であった安倍氏の消長から戦後の論功行賞にまで及ぶ。

活字本 「群書類従」合戦部・仙台叢書一


陸奥話記
むつわき

一冊

別称 奥州合戦記

写本 岩手県立図書館・国会図書館ほか

解説 前九年の役について記した戦記物。奥六郡の支配者であった安倍氏の消長から戦後の論功行賞にまで及ぶ。

活字本 日本思想大系八、群書類従二〇ほか

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「陸奥話記」の解説

陸奥話記
むつわき

「陸奥物語」「奥州合戦記」とも。11世紀の中頃に安倍頼時・貞任(さだとう)父子がおこした前九年の役の始終を記した軍記物。1巻。作者未詳。俘囚(ふしゅう)の長であった安倍頼時が1051年(永承6)に国守藤原登任(なりとう)に対し乱をおこしたことから始め,源頼義が出羽の豪族清原武則の助力を得て安倍氏を打ち破るまでの経緯を記している。和風の漢文体で実録風につづる。公文書なども引用しており,乱終結まもなくの頃,官府の文書をみることのできる者が撰述しているらしい。巻末にみえる戦場から1000里の外にあって書いたとする記述を信用するならば,在京の知識人が著したとみることができそうである。「日本思想大系」所収。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「陸奥話記」の意味・わかりやすい解説

陸奥話記
むつわき

『陸奥物語』ともいう。平安時代後期の戦記物語。1巻。作者,成立年未詳。康平5 (1062) 年に鎮定された前九年の役を題材とし,漢文体で書かれている。源頼義,義家父子の功業を中心に,漢籍の故事,成語を巧みに利用している。一般には,『今昔物語集』に収められている前九年の役の話が本書に拠っていると考えられていて,成立年代も『今昔物語集』 (12世紀前半の成立) 以前と考えられる。

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旺文社日本史事典 三訂版 「陸奥話記」の解説

陸奥話記
むつわき

平安後期,前九年の役(1051〜62)の合戦を記した軍記物語
乱後ほどなく成立。1巻。作者不詳。追討軍の悪戦苦闘の経過を漢文体でくわしく書いている。合戦に関する記録類を整理したもので,史料的価値は高い。軍記物語の先駆をなす。

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