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青岸渡寺 せいがんとじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

青岸渡寺
せいがんとじ

和歌山県南東部那智勝浦町にある天台宗の寺。山号は那智山。裸形上人の創建。花山天皇によって西国三十三所の第1番札所とされた。本尊は『如意輪観音』。

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デジタル大辞泉の解説

せいがんと‐じ【青岸渡寺】

和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡那智勝浦町にある天台宗の寺。山号は那智山。仁徳天皇の時、インド僧裸形上人の創建と伝える。西国三十三所第一番札所。平成16年(2004)「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産文化遺産)に登録された。那智の観音

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百科事典マイペディアの解説

青岸渡寺【せいがんとじ】

和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡那智勝浦町にある天台宗の寺。西国三十三所の第1番札所。もと那智権現の供僧寺であったが,明治維新神仏分離で,那智権現が那智神社として独立し,如意輪観音を安置する本堂を青岸渡寺とした。
→関連項目熊野街道那智山

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デジタル大辞泉プラスの解説

青岸渡(せいがんと)寺

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある寺院。第16代仁徳天皇の御代の創建とされる。宗派は天台宗、本尊は如意輪観音菩薩。本堂は国の重要文化財に指定。「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコ世界文化遺産に登録。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいがんとじ【青岸渡寺】

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺。山号は那智山。熊野那智大社(熊野大社)に隣接する。西国三十三所観音霊場の第1番札所。明治維新前は如意輪堂と称し,熊野那智権現の供僧寺であった。仁徳天皇の時代,那智山を開いた裸行(裸形)上人が,如意輪観音を安置して開基となったと伝え,《塵添壒囊抄》によれば,1150年(久安6)には桁行7間,梁行10間の堂であった。また《寺門高僧記》巻六に載る61年(応保1)の三十三所巡礼記には,如意輪堂を第1番の札所と記している。

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大辞林 第三版の解説

せいがんとじ【青岸渡寺】

和歌山県那智勝浦町にある天台宗の寺。山号、那智山。熊野那智大社に隣接。西国三十三札所の第一番。仁徳天皇のときに漂着したインド僧裸形上人の開基という。本尊は如意輪観音(那智観音)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

青岸渡寺
せいがんとじ

和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡那智勝浦(なちかつうら)町にある天台宗の寺。那智山と号する。本尊は如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)。通称那智観音(かんのん)とよばれる。西国(さいごく)三十三所第一番札所。寺伝によれば、仁徳(にんとく)天皇の代、熊野浦に漂着したインド僧裸形上人(らぎょうしょうにん)が那智大滝において観世音菩薩を感得し、現本堂の地に庵(いおり)を結び如意輪堂と称したのを開基とする。推古(すいこ)天皇(在位592~628)の代には大和(やまと)聖生仏(ひじりしょうぶつ)上人が参籠(さんろう)し、玉椿(たまつばき)の大木に如意輪観世音を彫刻して前の観音像を胎内に納めたという。以後、役行者(えんのぎょうじゃ)、最澄、空海、円珍、叡豪(えいごう)、範俊(はんしゅん)らの高僧が相次ぎ参籠し、のちにこの仏徳の師に裸形上人を加えて那智七先徳と称する。那智山は神仏習合の修験(しゅげん)道場として時代とともに隆盛を極め、最盛時に七堂伽藍(がらん)、子院36坊を有したという。本宮(阿弥陀(あみだ))、新宮(薬師)、那智(観音)の熊野三山は、現世と未来の二世にわたる信仰の対象となり、貴賤(きせん)を問わぬ多くの参詣(さんけい)者により「蟻(あり)の熊野詣(くまのもう)で」といわれた。皇室の尊崇も深く、なかでも花山(かざん)法皇は988年(永延2)、山中の二の滝前に庵をつくり円成(えんじょう)寺と号して3年間参籠した。織田信長の兵火で堂は焼失したが、豊臣(とよとみ)秀吉によって1587年(天正15)再建されたのが現本堂(如意輪堂、国重要文化財)である。明治期の神仏分離で廃寺となるが、1874年(明治7)に復興し、翌年天台宗比叡山延暦(ひえいざんえんりゃく)寺末となる。元亨(げんこう)2年(1322)銘の宝篋印塔(ほうきょういんとう)、1918年(大正7)に那智山経塚から発掘された金銅仏像八体が国重要文化財に指定されるほか、元亨4年銘の梵鐘(ぼんしょう)、秀吉寄進の大鰐口(わにぐち)など多くの寺宝を有する。[中山清田]

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世界大百科事典内の青岸渡寺の言及

【那智山】より

…また浄蔵,応照,仲算に代表される那智千日修行は滝修行を中心とするものである。 一方,那智山を補陀落浄土とみなしたことから,那智山権現の供僧寺であった青岸渡(せいがんと)寺が西国三十三所観音巡礼(西国三十三所)の第1番札所とされ,また那智の浜ノ宮から海上に船出して補陀落浄土に往生しようという補陀落渡海も行われ,補陀洛山寺の住僧をはじめ,渡海者が輩出した。熊野大社【宮本 袈裟雄】。…

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