裁判所が扱う民事事件のうち,慎重・厳格な〈訴訟〉という手続で処理される訴訟事件に対し,より軽易・弾力的な〈非訟〉という手続で処理される事件。訴訟事件と非訟事件の差異については,一応権利・義務の存否について当事者間に争いのあることを前提とし,これに抽象的な法規を適用して一刀両断的に解決するのが訴訟事件であり,これに対して,必ずしも当事者間の争いを前提とせず,裁判所が私人間の生活関係に後見的に介入し,その裁量によって将来に向かって法律関係を形成するのが非訟事件である,といえる。たとえば,貸金返還,損害賠償,売買目的物引渡し,家屋明渡し,登記移転,所有権確認,離婚,株主総会決議取消しなどを請求する事件はいずれも訴訟事件であり,これに対して,禁治産・準禁治産の宣告およびその取消し,後見人,保佐人,後見監督人の選任・解任,相続の限定承認・放棄の申述の受理,子の氏の変更の許可,未成年者の養子縁組の許可,株式会社の検査役や清算人の選任などは非訟事件である。非訟事件という命名は,争訟性がないというところからつけられたものであるが,現実には争訟性の低いものから高いものまであり,その性格は一様ではない。具体的にいかなる事件が非訟事件であるかは,非訟事件手続法(1898公布)や家事審判法(1947公布)によって規定されているが,このような実定法の規定を超えて非訟事件の本質がなんであるかについては見解が対立している。
訴訟事件を処理する訴訟手続は民事訴訟法によって規定され,非訟事件を処理する非訟手続は,非訟事件手続法や家事審判規則で定められている。訴訟手続においては当事者の地位(当事者権)が強く認められるのに対し,非訟手続では当事者の地位は弱くなり,その代りに裁判所の関与の度合が強くなっている。両者の差異について詳しくは表を参照されたい。
ところで,社会が複雑になるにつれ,実体法の規定も画一的な概念でなく,適用に当たって裁判官の広い裁量を許す不特定概念や一般条項を用いて規定する例が多くなる。賃貸家屋の解約は〈正当事由〉がなければ許されない,との規定(借地借家法28条)や,権利の行使,義務の履行は〈信義誠実〉(信義誠実の原則)に行わなければならない,との規定(民法1条2項)などがその例であり,これらの規定の適用にあたっては,裁判官が正当事由や信義誠実の中身を裁量によって決定していかなければならない。このような規律は,その対象が厳格な訴訟手続で処理するよりも弾力的な非訟手続で処理するのにふさわしいことを意味すると考えられる。そのため,これまで訴訟事件とされていたものが立法で非訟事件に移されるという現象(これを,〈訴訟の非訟化〉と呼ぶ)が生じてきた。たとえば,土地の賃貸人と借地権者との協議がととのわない場合に裁判所が借地条件の変更や借地権の譲渡・転貸の許可をするのはその例である(借地借家法42条。借地非訟事件と呼ばれる)。しかし,そうなると訴訟事件と非訟事件の限界は流動的になり,一方では裁判の公開・対審を保障した憲法82条のカバーする範囲はどこまでかが問題とされ,他方では訴訟・非訟の二分法に疑問が提起され,第三の手続(異訟手続)を考案すべきことが提唱されるに至っている。
執筆者:青山 善充
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裁判所が、私人間の生活関係(民事・商事)に関する事柄を通常の訴訟手続によらずに、簡易な手続で処理するものをいう。私人間の生活関係の処理は、原則的に各自の意思に任されているが、国家の後見的介入が必要とされる事柄もある。たとえば、一般人に影響の多い生活関係を監督したり(法人の事務や清算の監督)、自分自身で財産の管理や生活ができない者のために、後見人、財産管理人、遺言執行者などの選任・監督をしたり、また、生活関係の新たな形成について自主的な協議が調わない場合の処理(たとえば、親権者の指定、遺産分割)をする必要などである。これらの事項のうち、沿革的理由ないし政策的配慮から裁判所の所轄とされているものが非訟事件であり、このような事件の処理のために、一般法として非訟事件手続法(平成23年5月25日法律第51号、平成25年1月1日施行)が制定されている。この非訟事件手続法は、1898年(明治31)に制定された旧非訟事件手続法(明治31年法律第14号)を全面的に見直したもので、新法では国民が理解しやすいように、管轄、当事者および代理人、審理および裁判の手続、不服申立て等の手続の基本的事項に関する規定を整備し、参加、記録の閲覧謄写、電話会議システム等による手続、和解等の当事者等の手続保障の拡充が行われた。
この法律は、非訟事件の手続についての通則を定めるとともに、民事訴訟事件、公示催告事件および過料事件の手続を定めている。非訟事件は、日本国内に住所がないときなどは居所地を管轄する裁判所が取り扱い、日本国内に居所もないときなどは最後に住んでいた住所地を管轄する裁判所が取り扱うこととされている(同法5条)。
非訟事件における手続代理人は、法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ手続代理人となることができない。ただし、第一審裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を手続代理人とすることができる(同法22条)。
なお、民事訴訟手続と非訟手続との差異は、次のとおりである。(1)民事訴訟手続では、公開の口頭弁論を開くのに対して、非訟事件手続では、口頭弁論を開くというたてまえを採用していない。(2)民事訴訟手続では、原則として当事者が提出した資料のみを裁判所の資料とするたてまえ(弁論主義)をとるが、非訟事件手続では、裁判の基礎資料につき必要があれば裁判所が職権で探知することができる。(3)民事訴訟手続では、慎重な裁判の形式によって下された判決に対して不服があるときは、さらに控訴、上告という二度の不服申立てを認められているが、非訟手続では、簡略な形式による決定が下され、これに対する不服申立ても抗告という形式になっている。(4)非訟事件の決定内容については、裁判所の裁量余地が広く、一度なされた決定も、不当と認めるならば取消し、変更がかなり自由に認められるが、訴訟事件の判決では、このようなことはない。
[竹内俊雄 2016年5月19日]
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…これは,家庭内のプライバシーを尊重し,非公開で,当事者の言い分をインフォーマルな形で聞き,決定という,より簡易な裁判の形式で,適切な措置を迅速に講じることを目ざした手続である。また,裁判所の仕事には,訴訟を処理することのほかに,さらに非訟事件の裁判がある。私人間の生活関係の処理に国家が介入する場合の一つの方法であり,昔から裁判所の仕事とされてきたものである。…
※「非訟事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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