改訂新版 世界大百科事典 「国際民事訴訟法」の意味・わかりやすい解説
国際民事訴訟法 (こくさいみんじそしょうほう)
internationales Zivilprozessrecht[ドイツ]
国際間の交流が頻繁に行われるに伴い,A国人とB国人の離婚がC国の裁判所で問題になったり,A国の貿易商がB国の取引先とトラブルを起こし,訴訟や仲裁の問題に発展したりすることが増えてくる。民事事件がこのように複数の国にかかわりを持つ場合,裁判所がどこの国の法律によって裁判するのかというと,紛争の中身--人の権利義務--については,これが国ごとにまちまちにならぬよう古くから国際私法が発達した。その結果C国裁判所がA国法によって裁判しなければならないこともある。しかし,手続については,C国で裁判されるときはC国の訴訟法,A国で執行されるときはA国の執行法というように〈手続は法廷地法による〉ことが一般に認められている。このかぎりでは一見,手続のなされるそれぞれの国の民事訴訟法のほかに国際民事訴訟法などというものを別に考えなくてもよさそうに見える。しかし,一般的に言って一国の民事訴訟法というものはおもにその国の国内事件のことを念頭においてつくられているから,これに渉外事件用の民事訴訟法を兼ねさせようとしても,適用すべき法がなかったり不適当であったりすることがしばしば生じる。例えば氏名の変更許可について日本の手続法は〈申立人の住所地の家庭裁判所の管轄とする〉と定めているが(特別家事審判規則4条),この規定だけでは在外邦人はどうなるのかはっきりしない。こういう問題に答えを出すには,諸外国の法制度などをともににらみあわせて決めなければならないであろう。また〈手続は法廷地法による〉にしても,何を手続問題というべきかという疑問が残る。比較法的にみればこれにはさまざまのバラエティがあり,そうするとここでもまたおのれの一国的視野をはなれた解釈が必要になる。
このように渉外的民事事件の紛争の処理過程に生ずるいろいろの手続問題は,それがたとえ一国の民事訴訟制度のなかで生じるものではあっても,通常の純国内事件とは違った視座が必要になる。この意味でこれらの問題解決を任務とした法規を一括して他の,ことに国内民事訴訟法から区別して観念したとき,これを国際民事訴訟法というのである。それは次のようにいってもよい。人類は国際私法をとおして国際社会に一つの実体法秩序をもたらそうとしている。しかし,実体法秩序はつねにこれを実効あるものにするための手続法秩序と対になっていなければならないのであって,国際私法がある以上国際民事訴訟法がなければならない。国際私法の目ざすところが人類の国際的法的共同体であるならば,国際民事訴訟法の目ざすそれもそうした共同体の手続法なのである,と。
沿革
しかし,国際民事訴訟法などといっても,そこで問題になるほとんどすべての事柄について普遍妥当な法則がすでに国際社会で決まっているわけでもなければ,そのように銘打った法典をもつ国がそうざらにあるわけでもない。この分野が意識的に研究されるようになったこと自体ごく新しく,国際民事訴訟法の体系書が書かれるようになったのはだいたい20世紀にはいってからである。これらの著者には社会主義国を除くとドイツ法系の国やイタリアの国際私法学者が多いが,これはおそらく次のことと無縁ではあるまい。すなわち,これらの国では従来国際私法の研究対象を狭義の国際私法すなわち法選択の問題になる実体の問題に限定し,イギリス,アメリカ,フランスの国際私法のように,国際私法のなかに国際管轄(〈裁判管轄〉の項参照)や外国判決承認などの手続問題をふくめて扱う態度を学問的精緻に欠けるとして嫌う傾向があった。日本の国際私法の教科書類をみても明治の草創期のものは国際民事訴訟にも特別の章を設けて言及するものが多かったのであるが,ドイツに範をとった現行〈法例〉の施行(1898)とともにいっせいに姿を消した。このような国際私法学者の態度は国際私法学の純化には役だったが,国際民事訴訟法の発達のためには不幸なことであった。最近になってこれらの国で国際民事訴訟法への関心が急速に高まったのは,国際化の進展とともに,この分野を暗点にしておいたのでは,一方でいくら国際私法が発達しても不十分だということが自覚されたからにほかならない。
法源および対象
国際民事訴訟法の成文法源は各国の国内立法と条約である。しかし,最近はこの分野にもかなりの条文数を用意した国がいくつかあらわれ(例えば,1979年ハンガリー国際私法は国際民事訴訟関係の条文20ヵ条をおさめる。このように国際私法または国内民事訴訟法とともに立法されたものが多い),条約も,ECとか社会主義国家間というように地域をかぎればすでに相当数の条約が行われているとはいえ,世界的な規模でみればこうした条約法の形成も国内立法の整備もこれからという国が多い。日本もその例にもれないのであり,関係法規としては,法例,民事訴訟法などに若干の規定と〈外国裁判所ノ嘱託ニ因ル共助法〉(1905公布)などの単行法のほか,若干の条約があるにすぎない。これはそれだけ解釈にまかされた領分が広いということであるが,国際民事訴訟法は性質上その世界的調和ないしは統一を目標にしなければならないものである。そこでこれを目ざした専門家の集まりであるハーグ国際私法会議,国連国際商取引法委員会(UNCITRAL),国際法学会,国際法協会(これらについては〈法の統一〉〈国際商法〉の項目を参照)などの地道な努力も続いているのであり,条約案や決議などの形で出されるその作業成果はそれ自体は法源でないにしても十分尊重されなくてはならないであろう。
国際民事訴訟法に含まれる問題には,おもなものだけあげても,国際管轄の問題をはじめ,外国国家や外交官に対する裁判権免除の問題,外国人の訴訟能力,訴訟費用の担保など訴訟上の地位や国際司法共助,外国法の証明,ある事柄(例えば時効)が実体の問題か手続の問題かの分別,外国判決の承認執行,その他国際仲裁,破産の問題などいくたの事項がある。総じて現在の国際民事訴訟法の発展段階では,国際的な紛争場裏に立たされた者の立場はまだ相当きびしい。例えば,外国で訴訟しなければならないとすれば,まずもってその国の弁護士制度のことを知らなければ弁護士を雇うことからして困難であろう。幸い自国(日本)を訴訟の場に選ぶことができても,外国に在住する被告に訴状を送達するには通常相手国の協力がいる。古くからこの分野に条約(司法共助条約)が発達したのはそのためだが,それでもこの送達に1年以上もかかることがある。最後には公示送達という手もあるが,そのような場合の判決はふつう外国での承認を期待できまい。また〈手続は法廷地法による〉というのは,ところ変われば品変わるということで,例えば国際私法上は外国法が適用になる事件でも,手続上当事者が外国法の適用をもちださなければ内国法を適用する国や外国法の立証責任を当事者に課する国など,各国の訴訟手続の格差は相当大きい。また訴訟に負けると相手方の弁護士費用まで負担させられるところも多いから,国際訴訟に携わる者は,こうした比較国際民事訴訟法にも通じていないと失敗する。勝手を知らない外国で訴訟するよりは,ということで仲裁の利用されることも多いが,これによっても内外の国家法の掣肘(せいちゆう)から完全に離脱することはできない。仲裁人のよるべき法について〈文明国に共通な法の一般原則にしたがって〉というような指定がなされた場合も,そのような指定の有効性自体,やはり一つの法律問題たらざるをえないのである。
日本における問題の現況
日本でも近時渉外事件の飛躍的増加とともにさまざまの国際民事訴訟法問題が裁判上の問題になっている。ことに渉外事件の第2次大戦後の歴史は国際民事訴訟法とともに始まったといっても過言でない。朝鮮から夫と別れて一人帰国した妻や占領軍兵士と結婚したが,やがて置去りにされた妻が外国にいる夫に対して離婚の訴えを起こしたときにまず立ちはだかったのが,国際管轄権の問題であった。またアメリカ人夫婦の養子となった戦争孤児も少なくないが,そこでは日本とはいささか勝手の違うアメリカ法上の養子縁組を日本の手続のなかで実現できるかが問題とされた。その後国際化時代にはいって日本のメーカーが,その製作した機械の製造物責任に関し,ある日とつぜんアメリカから訴状を送達されるというようなことも珍しいことではなくなった。たまたま1970年にこうしてアメリカの裁判の被告にされた大阪の業者が,アメリカではアメリカの国際管轄だけを争う一方,先回りして日本の裁判所にアメリカでの訴訟の原告を被告にしてそのような債務の存在しないことの確認を求める訴えを起こしたことがある。この二つの訴訟はやがて正反対の結論の判決にまで進んで話題となった。このほか外国離婚判決の無効が主張された事件や,子の監護権を母に認めるアメリカでの判決を手にした母親が日本で子の引渡しを求めた事件等,枚挙にいとまがない。
執筆者:海老沢 美広
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