大火をたいたり,灯火やたいまつなどの火が大きな役割を果たす祭り。火祭の根底には,火に対するいい知れぬ畏敬の念があり,それが火祭の原動力をなしている場合が多い。火祭はたいてい夜に行われ,その火には祭場の照明や採暖といった実用的な意味のほか,神を招く目印,神そのものの表象,さらにいっさいを焼尽して浄化するなどさまざまな意味がある。また火は穢に対して敏感であるため,忌の期間は別火(べつび)の生活をしたり,火を更新して新年を迎えたり,神祭の神饌の調理には新たにきりだした浄火を用いるといった風習もある。正月には鬼火焚きや左義長(どんど焼き)などの火祭があり,この火にあたると若返るとか病気にならないなどの呪力があるとされている。盆の前後には柱松(はしらまつ),火揚げ,火柱,竿灯(かんとう),ねぶた,大文字焼き(大文字火),灯籠流しなどの火祭があり,送り火や迎え火のように盆の精霊を送迎したり怨霊を鎮めたりする火に由来するものが多い。また,火祭は年や季節の変り目によく行われるが,冬祭や霜月祭では火をたくことで衰弱した太陽の力をよみがえらせようとしたものであり,小正月の火祭も含めて春季の火祭には修正会(しゆしようえ)や修二会(しゆにえ)にみられるように,いっさいの厄災を焼き払って新しい季節を迎えるという意図がうかがえる。このように,火には水と同様に,浄化や清めの作用があると考えられたのである。有名な火祭には鞍馬の火祭,那智の火祭(扇祭(おうぎまつり)),勝部の火祭など修験と密接な関係をもったものが多いが,これは修験者が柴灯護摩(さいとうごま)や火渡りなど火を自在にあやつる呪者としての一面をもつためであろう。このほか,火祭には火伏せ祭,雨乞いのための千駄(せんだ)焚き,大晦日の火継ぎ榾(ほだ),おけら火などがある。小正月の火祭のなかには,〈火打合(ひぶちあい)〉といって村を二つの組に分けて互いに火のついた竹などで打ちあい,その勝敗で一年の豊凶を占う所もある。
執筆者:宇野 正人
典型的な火祭としては,古代インドの火神アグニAgniと古代ペルシアの火神アタルĀtarを対象とした祭りをあげることができる。古代インドではアグニは大地から生まれた神とされ,雨神,太陽神と並ぶ三大神の一つだった。各世帯では毎朝,炉に神の食物としての薪木が供され,家族は火の周囲で神に対する賛美と祈りの言葉を唱えた。この日常の儀礼とは別に,結婚式などの通過儀礼では,新しく火をおこし,葬礼においては葬列とともに火が運ばれて火葬されたが,その火によって身体の罪は焼き捨てられ,不死の部分が天まで運ばれると考えられた。アグニ神は世帯と氏族の神,人と神の仲介者,恋人たちの守護者などとその性格は多義的である。ヒンドゥー教におけるアグニ崇拝とそれに伴う儀礼は,今日ではブラーフマナ派がその外観を維持するのみとなっている。一方,古代ペルシアのゾロアスター教(拝火教)では,火は天の明りの地上的形態であり,永遠・絶対・神聖であり,その象徴が主神アフラ・マズダの子たる火神アタルである。アタル神に対する朝の礼拝と祈りは,先のインドの例に比べると簡単であるが,その火を消すことが罪である点はインドの例と同様である。この神は著しく死を嫌い,したがって火葬はあり得ず,その点アグニ神と異なる。イランの拝火教徒は今日もこの古代の神観念と儀礼をよく保持している。
アグニ神やアタル神の火祭にみるごとく,火のもつ浄化や排邪の観念は今日でも各地で広くみられるが,火が人や物を聖化するという観念もまた,古今東西に広く普及した観念である。例えば人が炎の中を歩いて純潔や真偽を試したり,献身のあかしをたてたりする行事などは,インドではすでに前1200年にさかのぼって記録がみられる。民族誌的にもこの種の慣行はスペイン,ブルガリア,太平洋地域(フィジー,モーリシャス,ソシエテ諸島,ニュージーランド),日本,中国,インドの中部と南部,アメリカ大陸の中部および北部で報じられている。
執筆者:杉山 晃一
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火を焚(た)いて神を祀(まつ)る祭儀。わが国の年中行事や祭礼には火を焚くものが多い。まず小(こ)正月の左義長(さぎちょう)がある。どんど焼といわれているが、長野県では三九郎焼、北九州ではホケンギョウとよばれている。この行事は全国に広く行われており、子供や青年が主役を務めている。正月と同じく盆にも火焚きの行事が行われている。これは精霊(しょうりょう)を送迎する行事で、関西地方では柱松(はしらまつ)という風習が広く行われている。柱の頂上の燃料を入れた籠(かご)に向かって、小松明(たいまつ)を投げ上げて点火さすのである。
神社を中心とした火祭も各地にみられる。各地における有名なものを列挙すると、まず東日本では、富士山の麓(ふもと)、山梨県の吉田の火祭(8月26、27日)がある。東北地方では出羽(でわ)三山神社の松例(しょうれい)祭が12月31日から元日にかけて行われている。祭の前日に大松明をつくり、これを引き回して火をつけて焼く。この大松明は住民を苦しめる「つつが虫」を模したものという。関西へ行くと京都鞍馬(くらま)の火祭がある。10月22日夜の行事で、由岐(ゆき)神社に向かっての街道に数間置きに松明が置かれ、午後10時ごろ火が点じられると、その街道を少年たちが松明を持って山門に向かう。和歌山県では新宮市の神倉(かみくら)神社の大祭(御灯祭(おとうまつり))がある。2月6日、白装束の青年たちが松明を携えて登山する。山上で神官が神社の浄火を青年の松明に分かち与える。青年はそれを持って下山する。九州では、福岡県久留米(くるめ)市の玉垂(たまたれ)宮の鬼夜(おによ)の行事がある。1月7日夜の火と裸の祭典である。以上のほか、いっぷう変わった火祭が福島県などにある。それは、火事を起こした家があると、次年からその火事の日を火祭日とすることで、次に火事があるとその日を次の火祭日とするという。
[大藤時彦]
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…のちには,秋の夜に美しく光る火に先祖の姿を重ねて,送り火にのって先祖が帰ると考えるようになった。 送り火として,大がかりな火祭も行われる。たとえば,淡路島の洲本では埋墓の上の丘で16日の夜,松明を縄の先につけてふりまわすという行事があるが,これも火を消さぬためにふりまわしていた松明が,“ふりまわす”ということに関心が移った結果である。…
…御火焚きとも書く。霜月(旧11月)に行われた火祭。京都を中心に盛んに行われた。…
…〈神祇令〉の祭には,日本的な,稲作儀礼に立脚する行事と災害を除く祓の行事がある。播種儀礼の2月の祈年祭(きねんさい),収穫儀礼の9月の神嘗祭(かんなめさい),11月の相嘗祭(あいなめのまつり)と鎮魂祭(ちんこんさい),風水害よけの4月と7月の大忌祭(おおいみのまつり)と風神祭,祓の6月と12月の月次祭(つきなみのまつり)と鎮火祭および道饗祭(みちあえのまつり)である。〈雑令〉には〈節日〉として中国的な節供がある。…
…また,灰や燃えさしを持ち帰り,屋根にまいて落雷除けにしたり,牧草地にまいて家畜の健やかな成育を祈った。これらの火祭は,人々の生活に害をなす悪霊を火の浄化力によって滅却するという意味が込められており,悪霊を象徴する大きな人形を燃やす儀式が随伴する例,魔女およびその化身と信じられた猫やキツネを焚殺する風習もこれに関連するといわれる。 フランス東部ではファッケルFackelと呼ぶ高い櫓を立て,これを燃やす祭りが聖ヨハネの祝日に行われ,邪悪とされるものを火に投じる。…
※「火祭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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