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神野真国荘 こうのまくにのしょう

百科事典マイペディアの解説

神野真国荘【こうのまくにのしょう】

紀伊国那賀(なか)郡にあった荘園で,和歌山県美里町(現・紀美野町)を流れる貴志(きし)川とその支流真国川の流域一帯を占めた。立券当初は1荘であったが,鎌倉中期以降,貴志川流域の神野荘とその北に続く真国川流域の真国荘の2荘に分立。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうのまくにのしょう【神野真国荘】

紀伊国那賀郡(現,和歌山県海草郡美里町)の荘園。〈かみのまくにのしょう〉ともよむ。貴志川上流の神野川と真国川にそれぞれ沿った神野荘・真国荘の2荘からなる。両荘は成立当初は一体的なものとして扱われているが,鎌倉中期以降それぞれ独立した荘園とみなされるようになる。ただし,神野荘から分離した猿川荘とあわせて三ヶ荘と呼ばれることもある。神野真国荘は1142年(康治1)鳥羽院を本家とし,藤原成通領家とする荘園として成立したが,立券は翌年で,神護寺蔵の神野真国荘絵図によって知られる。

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世界大百科事典内の神野真国荘の言及

【神野真国荘】より

…ただし,神野荘から分離した猿川荘とあわせて三ヶ荘と呼ばれることもある。神野真国荘は1142年(康治1)鳥羽院を本家とし,藤原成通を領家とする荘園として成立したが,立券は翌年で,神護寺蔵の神野真国荘絵図によって知られる。開発領主は長依友で,これ以前に高野山に寄進されたことがあり,鳥羽院領となって以後も地利米10石の貢進が義務づけられている。…

※「神野真国荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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