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鶴賀若狭掾(初代) つるが わかさのじょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鶴賀若狭掾(初代) つるが-わかさのじょう

1717-1786 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
享保(きょうほう)2年生まれ。新内節の創始者。初代富士松薩摩掾(さつまのじょう)の門人。宝暦元年独立して朝日若狭掾と名のり,8年鶴賀と改姓。晩年は狂歌をこのみ大木戸黒牛と号した。天明6年3月22日死去。70歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。姓は高井。通称は庄兵衛。初名は宮古路加賀八太夫。前名は宮古路(のち富士松)敦賀太夫。作品に「明烏(あけがらす)」「蘭蝶(らんちょう)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鶴賀若狭掾(初代)

没年:天明6.3.22(1786.4.20)
生年:享保2(1717)
江戸中期の豊後節の太夫。宮古路豊後掾 の門弟宮古路加賀太夫(初代)の高弟で,初名加賀八,のちに敦賀太夫と称する。延享1(1744)年から師と共に,江戸三座に出演。3年に加賀太夫が富士松薩摩掾と改名したときに,師と共に富士松姓に変わった。宝暦1(1751)年に独立。朝日若狭掾と名を改め,江戸森田座に出演した。8年秋には鶴賀と改姓,ここに新内節鶴賀本家の歴史が始まるのだが,若狭掾はこのとき森田座に出演したのを最後に,劇場上演記録から姿を消してしまう。座敷浄瑠璃としての新内節(当時まだこの呼称はなかったが)の新作を生み出すことに励む一方,狂歌師大木戸黒牛として晩年を送った。現在の新内節の代表曲は,この若狭掾の手によるものが多い。「明烏」「蘭蝶」「お駒」なども若狭掾の作品だといわれている。<参考文献>竹内道敬「鶴賀若狭掾研究」(『国立音楽大学研究紀要』第26集)

(根岸正海)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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