神田伯山(読み)カンダハクザン

デジタル大辞泉 「神田伯山」の意味・読み・例文・類語

かんだ‐はくざん【神田伯山】

講談神田派の名。
初世)[?~1873]幕末から明治初期に活躍した講談師川崎の生まれ。本名、斎藤定吉。初世神田伯竜門弟。特に「天一坊」が得意で、川柳に「伯山は天一坊で蔵をたて」と詠まれた。
(2世)[1841~1920]本名、玉川金次郎。初世の門弟。「幡随院長兵衛」などを得意とした。のち、松鯉しょうり改名
(3世)[1872~1932]本名、岸田福松。2世の門弟。「清水次郎長伝」などで有名。

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精選版 日本国語大辞典 「神田伯山」の意味・読み・例文・類語

かんだ‐はくざん【神田伯山】

  1. 講談師。
  2. [ 一 ] 初代。初代、神田伯龍の三高弟のひとり。「天一坊」を得意として評判を得、神田派の勢力を強めた。明治六年(一八七三)没。
  3. [ 二 ] 二代。本名、玉川金次郎。初代の門弟。「越後伝吉」「幡随院長兵衛」など、世話物を得意とする。のち松鯉(しょうり)と改名。天保一二~大正九年(一八四一‐一九二〇
  4. [ 三 ] 三代。本名岸田福松。前名、松山(しょうざん)・小伯山。二代の門にはいり、「清水次郎長伝」などの侠客物に評判を得た。明治五~昭和七年(一八七二‐一九三二

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改訂新版 世界大百科事典 「神田伯山」の意味・わかりやすい解説

神田伯山 (かんだはくざん)

講釈師。(1)初代(?-1873(明治6)) 初代神田伯竜(神田派の祖)の門人。武蔵の国川崎の人と伝えられる。伯竜三高弟の一人で,独特の読み口を研究し,名人とうたわれ,神田派を一大勢力とした。〈伯山は天一坊で蔵をたて〉といわれたほど,《大岡政談》の《天一坊》を得意にした。(2)2代(1843-1921・天保14-大正10) 本名玉川金次郎。《越後伝吉》《幡随院長兵衛》などで売ったが,伯山の名をゆずってのちは神田祭をしゃれて神田松鯉(しようり)の初代を名のる。(3)3代(1872-1932・明治5-昭和7) 本名岸田福松。日露戦争後の国粋主義流行の風潮に,得意の俠客物(きようかくもの)が人気を博し,〈八丁荒し〉の異名を取った。とくに天田愚庵(あまだぐあん)の《東海遊俠伝》に取材した《清水次郎長》が評判となり,のちにこれは広沢虎造浪花節に伝わり一世を風靡するところとなった。(4)5代(1898-1976・明治31-昭和51) 本名岡田秀章。実際は4代だが,あえて5代を名のった。《大菩薩峠》《駿河遊俠伝》《村井長庵》などをよくし,無本で釈台にむかうことに徹していた。
講談
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「神田伯山」の意味・わかりやすい解説

神田伯山
かんだはくざん

講釈師。

[延広真治]

初代

(?―1873)本名斎藤定吉。初代神田伯竜の門人。人品よく、『天一坊』を得意とし、『源九郎一代記』(1860)を刊行。1870年(明治3)弟子の伯勇に2代目を譲り、故郷川崎に帰ったが盗賊に殺害された。門弟82名に及び、神田派隆盛の基を築いた。

[延広真治]

2代

(1842―1921)本名玉川金次郎。1904年(明治37)門人小伯山に3代目を譲り、初代神田松鯉(しょうり)となる。『義士伝(ぎしでん)』『越後(えちご)伝吉』などを得意とした。

[延広真治]

3代

(1872―1932)本名岸田福松。『次郎長伝』を十八番にし、俗に次郎長伯山。人柄もまた侠気(きょうき)に富み、優れた門弟を育てた。

[延広真治]

5代

(1898―1976)本名岡田秀章。2代目の遺子2代松鯉(本名玉川悦太郎、1885―1967)に4代目を贈り、3代桃川如燕(じょえん)などを経て、5代目を襲名。反骨精神に富み、『大菩薩峠(だいぼさつとうげ)』を得意とした。晩年には4代目伯山と称した。

[延広真治]

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新撰 芸能人物事典 明治~平成 「神田伯山」の解説

神田 伯山(5代目)
カンダ ハクザン


職業
講談師

本名
岡田 秀章

別名
前名=桃川 如燕(3代目)(モモカワ ジョエン)

生年月日
明治31年 4月28日

出生地
東京市 本郷区(東京都 文京区)

学歴
郁文館中中退

経歴
大正7年桃川若燕の門下となり桃川若秀と名乗り、小金井芦洲の門に移って小金井桜洲、ついで3代目神田伯山の門に入り神田五山。戦後昭和24年神田派と別れ3代目桃川如燕を名乗ったが、32年5代目神田伯山(実際は4代目)を襲名した。のち講談組合副頭取。「大菩薩峠」「村井長庵」などが得意だった。晩年は派閥争いの激しい講談界を嫌って孤高の高座を続けた。また49年には勲四等叙勲を「ワイロ大臣じゃあるまいし」と断った。

没年月日
昭和51年 11月4日 (1976年)


神田 伯山(3代目)
カンダ ハクザン


職業
講談師

本名
岸田 福松

別名
前名=神田 松山,神田 小伯山

生年月日
明治5年 7月20日

出生地
東京市京橋区五郎兵衛町(東京都 中央区)

経歴
明治16年2代目神田伯山(のちの神田松鯉)の門に入り、松山から小伯山と名乗り、37年27歳で3代目伯山を襲名。「夕立勘五郎」「野狐三次」など侠客物が得意だったが、特に「清水次郎長伝」が傑出していた。山本鉄眼(天田愚庵)が書いた「東海遊侠伝」をもとに、自ら手を加えて完成、当たり芸とした。

没年月日
昭和7年 1月30日 (1932年)

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20世紀日本人名事典 「神田伯山」の解説

神田 伯山(5代目)
カンダ ハクザン

大正・昭和期の講談師



生年
明治31(1898)年4月28日

没年
昭和51(1976)年11月4日

出生地
東京市本郷区(現・東京都文京区)

本名
岡田 秀章

別名
前名=桃川 如燕(3代目)(モモカワ ジョエン)

学歴〔年〕
郁文館中中退

経歴
大正7年桃川若燕の門下となり桃川若秀と名乗り、小金井芦洲の門に移って小金井桜洲、ついで3代目神田伯山の門に入り神田五山。戦後昭和24年神田派と別れ3代目桃川如燕を名乗ったが、32年5代目神田伯山(実際は4代目)を襲名した。のち講談組合副頭取。「大菩薩峠」「村井長庵」などが得意だった。晩年は派閥争いの激しい講談界を嫌って孤高の高座を続けた。また49年には勲四等叙勲を「ワイロ大臣じゃあるまいし」と断った。


神田 伯山(3代目)
カンダ ハクザン

明治期の講談師



生年
明治5年7月20日(1872年)

没年
昭和7(1932)年1月30日

出生地
東京市京橋区五郎兵衛町(現・東京都中央区)

本名
岸田 福松

別名
前名=神田 松山,神田 小伯山

経歴
明治16年2代目神田伯山(のちの神田松鯉)の門に入り、松山から小伯山と名乗り、37年27歳で3代目伯山を襲名。「夕立勘五郎」「野狐三次」など俠客物が得意だったが、特に「清水次郎長伝」が傑出していた。山本鉄眼(天田愚庵)が書いた「東海遊俠伝」をもとに、自ら手を加えて完成、当たり芸とした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

百科事典マイペディア 「神田伯山」の意味・わかりやすい解説

神田伯山【かんだはくざん】

講談師。初代〔?-1873〕は神田派の祖とされる初世神田伯竜の高弟。〈大岡政談〉のうち特に《天一坊》を得意とした。3代〔1872-1932〕は侠客物の上手(じょうず)とうたわれ,《清水次郎長》を十八番とした。5代〔1898-1976〕は無本で釈台に向かい,《駿河遊侠伝》をよくした。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「神田伯山」の解説

神田伯山(5代) かんだ-はくざん

1898-1976 大正-昭和時代の講談師。
明治31年4月28日生まれ。大正7年桃川若燕(じゃくえん)に入門。3代小金井芦洲(ろしゅう),3代神田伯山に師事し,昭和24年3代桃川如燕(じょえん)となる。4代伯山を2代神田松鯉にゆずり,32年5代神田伯山を襲名。「大菩薩峠」などを得意とした。昭和51年11月4日死去。78歳。東京出身。本名は岡田秀章。

神田伯山(3代) かんだ-はくざん

1872-1932 明治-昭和時代前期の講談師。
明治5年7月20日生まれ。2代神田伯山(初代神田松鯉)に入門し,小伯山をへて明治37年3代伯山を襲名。「清水次郎長伝」を得意とした。高座にあがると他席ががらあきになることから「八丁荒らし」の異名をとり,次郎長伯山ともいわれた。昭和7年1月30日死去。61歳。東京出身。本名は岸田福松。

神田伯山(初代) かんだ-はくざん

?-1873 幕末-明治時代の講談師。
初代神田伯竜の弟子。独自の語り口で,兄弟子の初代松林(しょうりん)伯円とならんで人気をあつめた。「大岡政談」のうちの「天一坊」が得意で,「伯山は天一坊で蔵をたて」とまでいわれた。明治6年10月4日死去。武蔵(むさし)川崎(神奈川県)出身。本名は斎藤定吉。

神田伯山(2代) かんだ-はくざん

神田松鯉(かんだ-しょうり)(初代)

神田伯山(4代) かんだ-はくざん

神田松鯉(かんだ-しょうり)(2代)

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367日誕生日大事典 「神田伯山」の解説

神田 伯山(5代目) (かんだ はくざん)

生年月日:1898年4月28日
大正時代;昭和時代の講談師
1976年没

神田 伯山(3代目) (かんだ はくざん)

生年月日:1872年7月20日
明治時代の講談師
1932年没

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