男女間で行われる,将来結婚をしようという約束。法律的には〈婚姻の予約〉であるとされている。将来婚姻をする約束で結婚式を挙げて同棲生活を継続している男女を内縁の夫婦と呼んでおり,これも法律的には婚姻の予約であるとされているが,婚約とは区別するべきである。ただし,婚約と内縁の区別は,必ずしも明確なものではなく,情交関係を伴う婚約もあり,また,結婚式を挙げないで同棲生活を行う内縁の夫婦もあるから,両者の関係は連続的である。両者の中間に,試婚(試験婚)という類型を設定する学者もいる。
社会生活のうえで,婚約が成立するためには,種々の儀式的行為が行われる。今日最も一般的な儀式は,結納(ゆいのう)の授受および婚約指輪(エンゲージ・リング)の授受であろう。前者は日本古来の習俗であるが,後者は近代になって西欧諸国から伝来した習慣である。しかし,法律的には,婚約の成立のためにはこのような儀式は要件とされておらず,将来婚姻を成立させようという男女間の誠心誠意の意思があればよいとされている。ただし,そのような儀式も,誠心誠意の意思の証拠となるものであるから,後日,両者間に紛争が起こった場合には,一定の意味をもつ。
婚約をした場合でも,婚姻の届出をするよう訴えることはできないとされている。また,あらかじめ違約金契約をしていても,これを訴えることはできないされている。問題は,当事者の一方が正当の理由なく婚約を破棄したとき,相手方が損害賠償(慰謝料)を請求できるかという点である。日本の裁判所は,1915年1月26日の大審院民事連合部判決(いわゆる婚姻予約有効判決)によって,内縁の夫婦に関して,その不当破棄の際に,婚姻予約不履行による損害賠償を請求できるとした。その直後,16年6月23日大審院判決によって,婚約についても婚姻予約不履行による損害賠償請求が認められている。今日一般に,婚約についても,内縁の夫婦と同様に,不当破棄による損害賠償請求が認められているといえよう。
婚約に際して結納の授受を行う習慣は,日本では古くから存在し,今日でもひろく行われている。かつては品物が多かったが,今日では金銭で行われることが多い。婚約が解消されたとき,さきに贈った結納金の返還請求ができるかという点も,しばしば問題となる。日本の裁判所は,1917年2月28日の大審院判決によって,婚約が解消された場合に,結納返還請求を認めた。結納なるものは,他日婚姻の成立すべきことを予想し授受する一種の贈与であり,婚約が解消された場合には法律上の原因を欠くことになり,不当利得となるというのが,その理由であった。その後,挙式後1年近く同棲した内縁の夫婦については,結納返還請求を認めないとした大審院判決があり,さらに,挙式後2ヵ月しか同棲しなかった内縁の夫婦については結納返還請求を認めた。したがって今日の判例法の立場は,いわゆる準婚関係にある男女間の結納返還請求は認めないが,婚約および比較的短期の内縁の夫婦間の結納返還請求は認めるものと理解されている。
婚約は,法律上の婚姻が成立するために,必然的に経由する過程であるから,諸外国においてもこれに関する法律問題が生ずるのは当然である。ドイツ民法は1297条ないし1302条にこれに関する規定を置き,今日のドイツ民法典においても維持されている。これによると,婚約を理由として,婚姻の締結を訴えることができず,違約金契約は無効である。婚約者の一方が婚約を解除したときは,相手方,その父母ならびに代わって行為した第三者に対して,これらの者が婚姻を予期してなした費用の支出または債務の負担によって生じた損害を賠償することを要する。ただし,重大な事由に基づいて婚約を解除したときには,賠償義務が生じない。さらに,婚約中の処女が相手方に同棲を許した場合には,非財産的な損害についても賠償を請求することができる。そのほか,婚姻の締結を中止したときは,各婚約者は,相手方に贈与した物の返還を請求することができるとされている。なお,スイス民法やイタリア民法その他の西欧諸国の民法典も婚約に関する規定を有している。また,今日では事実婚も問題となっている。イギリスやアメリカにおいても婚約違反に関する訴訟が認められてきた。しかし最近の傾向としては,婚約違反に関する訴訟は,その利用が乏しくなったことなどの理由から,廃止されるようになってきた。イギリスにおいては,最近の立法によって,婚約は契約としての効力を否定された。
→許嫁(いいなずけ) →婚姻
執筆者:佐藤 良雄
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将来結婚をしようという約束であるが、これについては民法に規定がなく、判例法によって規制されている。婚約は結納(ゆいのう)の取り交わしなどの儀式によって成立することが多いが、そのような儀式がなくても有効に成立する。婚約どおりに婚姻が成立するか、または両方の合意で婚約が解消される場合には問題はないが、どちらかが一方的に婚約を破棄した場合に問題がおこる。婚姻はあくまで当事者の自由な意思で成立させるべきであるから、心変わりして婚姻する意思がなくなった者を、裁判所に訴えて強制的に婚姻させることは認められない。しかし、正当な理由がなく婚約を破棄した者は、相手方の被った財産的あるいは精神的な損害に対し賠償をする義務がある。また、結納は将来の婚姻を目的として渡される金銭や品物であるから、婚約が解消されたときは、合意による解消であるか、一方的な解消であるかを問わず、返還しなければならない。なお、判例法で「婚姻予約」ということばを用いるときは、ここでいう婚約をさすこともあるが、普通、内縁を意味することが多い。
[高橋康之・野澤正充]
日本では婚約に法的手続をまったく要しないから、すべては慣行に従い、その実態はきわめて多様である。従来はまったく未知の間柄の男女間に婚姻の交渉が開始され、それがむしろ通例だったので、いきおい媒介者(仲人(なこうど))の介在が生じた。また当人同士の合意よりむしろ「家」(親)相互の了解容認が優先もした。それゆえ婚約に至る両家間の交渉過程も幾段階かに分かれて、かなり手のこんだ形を呈したが、およその経過は次のようである。(1)仲介者による双方への内交渉(橋かけ、下話の類)、(2)双方の内々の聞き合わせ、根聞(ねぎき)などの慣行、(3)見合い(仲人による当事者対面の演出といった通例の見合い慣行は都会中心におこった新しい傾向で、婿方からの一方的面接・観察〈嫁見〉が一般農村ではむしろ古くから行われ、まったくそれを欠くことさえあった)、(4)口約束(見合いの返事、ときには内交渉から直接の合意)という順序で「内諾」が得られ、(5)婚約儀礼に進むことになる。慣行的な婚約式は「手じめ・酒たて・きめ酒・すみ酒」などといい、仲人が婿方から贈る酒肴(しゅこう)を携えて嫁方に出向いて酒宴を張り、その残り酒を婿方に持ち帰ることで完了した。そして「嫁入り」と「婚礼」が合体した「嫁入り婚」の方式が一般化すると、(6)結納、(7)婚礼の日取り決めという経過も婚約手続に繰り込まれ、あるいは婚約式とそれは合体もした。そしてときには口約束→婚約式というだけの簡素な形もなお残ったのである。
一方、村内の若者仲間、娘仲間の交際を媒介に、既知の男女間の直接交渉(求愛→口約束)で婚約が成立し、それが婿の嫁方への正式披露(婿入り)で結婚が成立する形につながることも、古くは広くみられ、多くは「村内婚」に随伴するものでもあった。「手じるし」などという婚約の贈り物を、当人同士が取り交わす慣習もそこにはみられた。つまり、婿入り婚(村内婚)、嫁入り婚(村外婚)といった婚姻方式の変遷のまま、婚約手続も多彩に分化し、あるいは簡素に運ばれることになったわけで、今日の見合い結婚と恋愛結婚という、二元方式における婚約手続にもその形は残っている。
[竹内利美]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…双方の親たちの合意で幼少の時から婚約を結んでおくこと,またはその当人どうしをいう。広く婚約者をいう場合もある。…
…大名の縁談の進め方は,幕府の旗本である先手頭(さきてがしら)を仲介にしている例が多く,さらに実際的な交渉は御用商人が進めていることもある。結婚費用は,江戸時代初期から華美で多大の出費となったので幕府も規制したが,家綱将軍の命で加賀藩主前田綱紀と会津藩主保科正之の娘が婚約したとき,結婚費用として1658年(万治1)将軍より1万両が正之に与えられた例からも出費がうかがえよう。一方下級武士は,幕府や藩の統制を受けることなく,武士同士の婚姻は比較的自由であったとみられる。…
…婚約の意味をもって金品などを男方から女方へ贈る儀礼,あるいはその金品のことをいう。語義からは,ユイノモノすなわち家と家とが姻戚関係を新たにむすぶための共同飲食,またはその酒肴のこととされる。…
※「婚約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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