たとえば,AがBに物を売って引き渡したが,その売買契約がなんらかの理由で無効であったり取り消された場合には,AはBに対して物とその使用利益の返還を請求できる。もしその物の返還が不能となったときには,その時価相当額の返還を請求できる。他方,BはAに対して,その支払った代金と利息相当額の返還を請求できる。また,Aの土地・建物をBが不法占拠して居住した場合には,その使用利益(適正賃料相当額)を,AはBに対して返還請求できる。さらに,BのAに対する借金を,なんら義務のないCが弁済したとすれば,CはBに対して,その消滅した債務相当額の返還を請求できる。不当利得とは,このように,法律上正当な理由がないのに一方の損失において他方が利得することをいい,この場合,損失者は利得者に対して,同人の得た利益の返還を請求することができるのである(民法703条以下)。
この不当利得の観念は,古い起源をもっている。すなわちアリストテレスは,他人の損失において利得してはならないよう配慮することが平均的正義の任務だと主張し,ストア哲学でも,たとえばキケロは,他人の損失において利得することは自然に反すると述べている。これらはローマの法学者にも影響を与え,たとえば,ポムポニウスは〈何人も他人の損失において,かつ不法に利得せざることが自然法上衡平である〉と主張した。しかし,法律上の不当利得制度は,当初は個々の特定事例のためのいくつかの訴権として認められたにすぎないが,その後,しだいに公(衡)平に基礎をおく統一的な法制度へと整備,確立されていった。
こうして,日本の民法も,不当利得の章を設けて,その冒頭に一般原則を掲げ(民法703条),判例・学説も,これを〈公平〉に基づくものとして統一的に理解する傾向が強かった。しかし,不当利得といっても,そこには冒頭に例示したように種々雑多なものがあり,これらを公平という漠然たる視点だけで細部までつめることは困難である。そこで,現在の日本の学界では,とりわけ第2次大戦後の西ドイツの学界の動向にも影響されて,不当利得とされる諸事例を,なにがゆえに不当かの観点からいくつかの類型に分類し,それぞれの類型での不当の根拠にまでさかのぼることによって,各類型の要件および効果を個別的に整理する手法が有力となっている。
(1)第1の型は,AがBに給付すべき義務があると思って,物または金銭を引き渡したが,その義務がなかった場合である。AはBに対して,その給付した物または金銭の返還を請求できる(給付利得)。もっとも,Bが受領する権限があると信じて受領したときには,同人を保護するために,受領した利益ではなく,現に存する利益を返還すれば足りる(703条)。なお,義務がないことを知りながら義務の履行として給付した場合(非債弁済)や,妾契約や賭博契約のように不法な目的のゆえに無効とされる契約に基づいて給付した場合(不法原因給付)には,原則として給付者は保護に値せず,同人の返還請求は認められない(705条,708条)。また,たとえば売買契約の無効・取消しによる返還請求の場合には,物と代金の双務的性格のゆえに,その返還にあたっても双務的な牽連(けんれん)関係が配慮されなければならない。一例だが,双方当事者は,その受領した物(または返還不能の場合は時価相当額)および金銭とその使用利益ないし利息をそれぞれ返還すべきであって,このことは,当事者が無効・取消原因を知っていたか否かを問わない(なお,703条参照)。
(2)第2の型は,損失者の給付によらない利得である(非給付利得または他人の財貨からの利得)。しかし,その内容は種々である。(a)一つは,利得者の行為によって他人の財貨から利得した場合である(侵害利得)。たとえば,他人の土地・建物を不法占拠して居住した場合の使用利益(適正賃料相当額)の返還請求である。その際,土地・建物そのものの返還は,所有権に基づく物権的返還請求権(〈物権的請求権〉の項参照)によるが,その原物返還不能の場合の価値(=金銭)返還請求は,不当利得返還請求権による。また,たとえばBがAの預金通帳と印鑑を盗んで銀行から預金を引き出した場合には(478条参照),AはBに対してその返還を請求することができるが(第三者受領利得),これもこの類型に属するであろう。なお,これらの金銭請求は,不法行為としての損害賠償請求権(709条)によっても達せられるが,そのことは,不当利得の成立を妨げるものではない。(b)いま一つは,損失者が積極的に支出したことによって,他人が利得した場合である(支出利得)。これはさらに二つに分けられる。第1は,たとえばBのAに対する借金をCが支払った場合に,CがBに対して同人の消滅した債務相当額を求償するケースである(求償利得)。Cが連帯借主であったり,連帯保証人である場合には,Cのこの求償権について特則があるが(442条以下,459条以下),そうでない場合には,事務管理(702条)または不当利得(703条以下)として求償することになる。第2は,AがBの物に修理,改良等のため費用を支出し,それによってBの物の価値を高めた場合である(費用利得)。それがBのその物についての将来計画に照らしても価値の増加と認められる場合には,Bは必要費についてはAの支出額を,有益費については支出額と現存増加価値のうち少ないほうを,償還しなければならない。
執筆者:好美 清光
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法律上の原因なしに、他人の財産または労務によって利益を受けていること。利益を受けている者(受益者)は、損失を受けた者に対して、不当利得の返還義務を負う(民法703条)。たとえば、売買契約により買い主が売り主に売買代金の支払いをしたが、売買契約が取り消されて無効になったときは、買い主は売り主に対して、支払いをした売買代金の返還を求めることができる。
受益者が返還を要する範囲は、法律上の原因のないことを知らなかった受益者(善意の受益者)は、利益が存する限度(現存利益)で返還をすればよい。買い受けた物が自分の物になったと思って取り壊してしまった場合には現存利益はない。もっとも売却代金や賃料として受け取った金銭は、費消しても通常は現存利益となる。これに対して、法律上の原因のないことを知っていた受益者、たとえば売買契約の無効原因を知っていた受益者(悪意の受益者)は、受けた利益に利息を付して返還しなければならないだけでなく、損害の賠償義務も負う(民法704条)。この場合、土地を売却してしまっているときは、売却代金だけでなく、返還時における時価との差額も賠償しなければならないことがある。
民法第703条の規定が抽象的な表現をとっているため、いかなる場合に不当利得の成立要件を満たすかについては議論が多い。なお、非債弁済(債務が存在しないことを知りながら給付をした場合)、不法原因給付(賭博(とばく)などのように不法な原因に基づいて給付した場合)は保護に値せず、返還請求は認められない(民法705条・708条)。
個別的な不当利得の特則として、民法第121条但書(制限行為能力者の返還義務の範囲)、第545条(契約解除における原状回復義務)、手形法第85条、小切手法第72条(手形・小切手所持人の利得返還請求権)など多数の規定がある。
[伊藤高義]
『内田貴著『民法Ⅱ 第2版 債権各論』(2007・東京大学出版会)』
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