デジタル大辞泉
「幼児教育」の意味・読み・例文・類語
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ようじきょういく
幼児教育
early childhood education
幼児教育には,家庭教育まで含めて幼児期の教育としてとらえる場合と,専門的な幼児教育機関で行なう学校教育を指す場合とがある。また,専門施設における幼児教育をとくに就学前教育preschool educationと称することもある。日本では幼児教育を専門的に担う施設は幼稚園と保育所(あるいは保育園)である。幼稚園kindergartenは学校教育法に規定される学校であり,義務教育である小学校への入学前までの3歳から5歳(4月時点での満年齢)の子どもを預かり,1クラス35名までの定員の子どもを一人の教師(保育者)が1日4時間程度について指導を行なう形としている。そこで指導する保育者は幼稚園教諭である。一方,保育所nursery schoolは児童福祉法に規定される児童福祉施設であるが,そこでの保育は「養護と教育を一体的に行なうもの」としており,とくに3歳以上の1日4時間程度について幼稚園教育と同様のものと理解されている。そこで指導する保育者は保育士である。しかし,保育所などにおける乳児期からの発達の専門的支援を幼児教育とよぶこともある。
以下では,主として幼稚園・保育所における専門的教育としての幼児教育について述べる。
【幼児教育の歴史的概観】 幼児教育は19世紀のドイツの哲学者・教育者フレーベルFröbel,F.W.A.が創始したとされる。彼は幼児のための専門施設をキンダーガルテンKindergarten(子どもの庭)と名づけた。そこでは,子どもの活動が知的発達・社会性の発達の基礎となるものであり,それは具体的には子どもの遊びとして展開されるとした。とくに学習の基礎として,園芸・家事などの生活の知識,幾何学的な形などの数学の知識,色そのほかによる美の知識などを重視している。このキンダーガルテンは一種の運動として,世界中に広がった。
日本では,明治の初めにそれが取り入れられ,1876年,当時の東京女子師範学校附属幼稚園として始まった。そこでの「フレーベル式」教育では,「恩物gift」とよばれる木製ブロックその他の遊具の操作を強調していたが,しだいにその扱いは一律のものから,子どもの自由な遊びとしての素材へと転換していった。その転換を主導したのが倉橋惣三である。大正から昭和にかけての時期に東京女子高等師範学校教授と同附属幼稚園主事を兼ね,児童中心主義的な保育を提唱し,普及させた。その考えは,当時の世界的な教育動向でもあった「新教育運動」に学んだものであり,子どもの主体的・創造的な活動や子ども集団での活動とそこでの経験の教育的な意義を重視したものである。この考えは「誘導保育」と称され,現在の幼児教育の主な柱となっているものでもある。誘導とは子どもの創意工夫を重視しつつも,それを保育者が導くことと,その導きは直接的な教示をなるべく避けて,幼稚園の環境内に子どもの興味を引く物を置き,活動を喚起するという間接教育の考えによっている。
なお,保育所については,明治期から農繁期等の親が子どもの面倒を見られないときに子どもを預かる施設ができ,しだいに幼児教育としての働きを担うようになっていった。
【幼児教育の公的規定】 幼稚園はその教育課程と指導計画を,文部科学省が定めた幼稚園教育要領に従って,各園で作成することとしている。保育所は同様に厚生労働省が定めた保育所保育指針に従い,保育所の運営を進め,保育課程・指導計画を各園が作成することとしている。幼稚園教育要領と保育所保育指針の幼児教育にかかわる部分はほぼ共通化されている。とくに,後述の教育内容が「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の五つの領域に分けられているのも共通である。
幼稚園は学校教育法において目的が規定されており,第22条に「幼稚園は,義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして,幼児を保育し,幼児の健やかな成長のために適当な環境を与えて,その心身の発達を助長することを目的とする」とある。この目的は幼児期の教育の独自性を表わすと同時に,その後の学校教育とのつながりを述べている。幼児教育は小中学校やそれ以降の教育の土台となるものであり,義務教育の直接の準備教育を行なうものではない。その教育は発達の助長という形を取り,小中学校のように明確な教育内容を教師が指導するというものではない。子ども本来の発達を促すという発達支援の考えが基本にある。また,幼稚園内の環境において,子どもにとって意義ある遊具や素材を用意して子どもの遊びを可能にして発達を促すという意味で,適切な環境において保育するとしているのである。
続いて,学校教育法第23条は幼稚園の目標を五つ挙げている。「健康,安全で幸福な生活のために必要な基本的な習慣を養い,身体諸機能の調和的発達を図ること」,「集団生活を通じて,喜んでこれに参加する態度を養うとともに家族や身近な人への信頼感を深め,自主,自律及び協同の精神並びに規範意識の芽生えを養うこと」,「身近な社会生活,生命及び自然に対する興味を養い,それらに対する正しい理解と態度及び思考力の芽生えを養うこと」,「日常の会話や,絵本,童話等に親しむことを通じて,言葉の使い方を正しく導くとともに,相手の話を理解しようとする態度を養うこと」,「音楽,身体による表現,造形等に親しむことを通じて,豊かな感性と表現力の芽生えを養うこと」である。これらが教育内容の五つの領域の基本をなしている。
そのために,幼稚園教育要領ではとくに以下の三つの原則を規定している。⑴幼児の安定した情緒,自己の発揮,主体的な活動,幼児期にふさわしい生活を可能にすること。⑵幼児の自発的な活動としての遊びが発達の基礎を培う学習となること。そのねらいを総合的に達成すること。⑶心身の諸側面の相互関連と多様な発達の経過を考慮して,幼児一人ひとりの特性に応じて,その独自の発達の課題に即して指導を行なうこと。
【幼児教育の特質】 幼稚園教育の公的規定はすべての幼稚園・保育所でそのまま実践されているとは言いがたいが,ある種の理念としてその実践を導くものとなっている。それは子ども中心主義であると同時に,園の環境を通しての教育活動を重視するものである。その要素を相互に関連するいくつかの事項に分けることができる。
第1に,子どもの興味を教育の基本においている。興味をもち,活動を楽しく感じられることは,単に活動の動機づけにとどまらず,そこで子どもが幸せになり,自己肯定感を感じ,活動に集中し,多くの学びを得ることに導かれるものである。したがって,子どもの興味をもてないものを押しつけるとか,興味がもてないまま覚えさせることを否定することになる。とはいえ,それは子どものもともとの興味をそのままで尊重するという意味ではない。誘導ということばにあるように,子どもの興味を引き出し,さらに育てていくのが保育者の役割である。
第2に,教育内容の五つの領域に見られるように,そこでは子どもの身近な環境において子どもが出会うであろうことがほとんど網羅されている。通常の幼児期の子どもの生活で子どもにとって理解できたり,実施できたり,興味がもてたりするであろうことが挙げられている。子どもの興味を引き出し育てるとは,教育内容の面からいえば,遊具を含めた教材に子どもが興味をもってかかわれるような活動を保育者が示唆することなのである。子どもは教材の特徴や用い方を知ったり,さらにおもしろくするための工夫を促され,さらにそこから他のことへと興味が広がることであろう。
第3に,遊びや生活における活動において学びが成り立つとは「芽生え」としてのあり方に注目して理解できる。幼児教育においては子どものさまざまな能力が育つが,それはまた,小学校以降において本格的に発揮される基盤となる力が伸びていくまえの芽生えの時期である。遊びだけでなく,読み書きにしても芽生えたばかりである。運動能力や人間関係にしてもそうである。その意味で幼児教育は,すでに子どもの遊びなどの中に芽生えてきている発達の萌芽を自律的な力へと向けて育てていく教育なのである。
第4に,幼児教育は子どもの心身の調和的な発達をめざして総合的な指導を行なう。つまり,特定のスキルだけを訓練するというやり方は取らない。もちろん,子どもの遊びでも生活でも種々のスキルを必要とするためその指導を行なうが,それはその活動全体の楽しさややりがいや意義が子どもにわかるように進めるのである。子どもの学びや知的発達を情動的・社会的発達と両立させ,さらに相互促進的にしていくのである。
第5に,幼児期においてすでに文化また文化財との出会いが用意されており,その教育も重視される。絵本などの文化財や種々の遊具の適切な使い方,ルールのある遊びなど,文化の中で発展してきたものを子どもは使ってさまざまな活動を行なう。その意味で,幼児教育は幼児期なりの文化への習熟の教育でもある。
【養護と教育】 幼児教育の中核概念は養護(ケア)と教育(学び)である。
養護careとは,保育所保育指針によれば,生命の保持と情緒の安定を保つことを指す。このことが土台となって教育を可能にしていく,つまり,子どもの気持ちが安定し幸せな状態にあるようにし,さらにその成長を可能にする基本的な条件を整えるように働きかけ,あるいは身の回りの環境を整えることを指す。ケアとしての生命の保持と情緒の安定は,幼稚園においても大事にされていることである。要するにケアの機能を果たすとは,子どもの側からいえば,幼児教育の場が安心していられる所となっていることを意味している。生命の保持はもとより,子どもの情緒の安定とそのことを通して自己肯定感を育てる必要があるのである。家庭との連続性のうえで,子どもは園にいてよいと感じ,子どもの存在が園の環境の中心となる保育者に受け止められ,受け入れられることによって,子どもは園での生活を営み始める。少しずつ自らのやりたいことを見いだし,やろうと試みるようになる。そのようにして自己発揮が始まる中で情緒が安定し,子どもの心身の活動が支えられていくのである。
このように,安定した情緒のもとで子どもが自己発揮するところから教育は始まる。子どものやろうとすることが何であれ,子どもにとって肯定的な意義をもちうるものはすべて教育として位置づけることができる。それが子どもの体験を可能にし,変容を促し,成長につながるからである。また,一つの体験が次の体験につながり,重なり合っていく中で,発達の流れが生まれる。体験が互いに関連するところを保育者が支援し,つながりを豊かにすることで,幼児教育場面における発達は可能になっていくのである。
保育者は,あらかじめ子どもの将来を見越して,長期的なカリキュラムを作成し,子どもの力を発揮させ,伸ばしていくべき方向を見定める。そして子どもが園環境での物・人との出会いの中から見いだしたやりたい遊びを,発展するように誘導し,方向づける。そうすることによって子どもは遊びを楽しみながら,特定の対象にかかわり,活動をおもしろくするために工夫し,何かを成し遂げたいと努力をする。子どもなりの対象や活動に即した感覚的・身体的な学びが成り立つのである。
個々の子どもの活動と体験は集団保育の場では,他の子どもの同様の活動と体験と重なり合っている。互いのやっていることを見合いつつ,やってみようとすることを相互に膨らませ,絡み合わせ,交渉する。その交渉過程は活動自体に組み込まれ,活動はさらに豊かなものになる。
【小学校以降の教育の基盤づくり】 幼児教育は小学校以降の教育の基礎となる。小学校教育を先取りして早期教育を行なうのではなく,幼児期にふさわしい教育を行なうことで芽生えた充実した感覚的・身体的学びが小学校に向けて育っていくのである。幼児期にふさわしい教育とは,子どもが遊びを作り出し,集中し,豊かな体験をし,そのことを通して結果的に学んでいくことである。そうした園での子どもの活動は,学びの芽生えとよぶことができる。それに対して,小学校のとくに低学年の教育は,子どもが何をどう学ぶかを自覚して学習活動を行なうという学びの自覚を可能にしていく時期である。幼稚園と小学校がつながるとは,学びの芽生えを伸ばし,学びの自覚に至る基礎を培うことなのである。したがって,そのことを考慮し,子どもの将来を見据えた幼児教育のカリキュラムの作成が大切である。
小学校教育の土台となる力として幼児期に芽生えるのは,とくに物事への興味,自己発揮と自己抑制の調整,出来事についての気づきの三つである。
第1に,幼児期に家庭や園で出会うさまざまな物や事柄にもった興味を育てることが幼児教育の最も基本である。
第2の自己調整とは,物事についての情報を記憶に保持し,また変化に応じてその情報を改変し,課題に応じて適切な反応を行ない,不適切な反応を抑制し,また事情が変れば,新たに必要な反応を選び,以前には適切であったが今は不適切な反応を抑制するように切り替える力である。これは,自分のやりたいことを見いだし,それを実現するために,周りに配慮し,回り道して実現する営みである。
第3に,子どもは幼児期の終わりに向けてしだいに,気づいたことをことばとして自覚するようになる。幼児期の発達の大きな流れを,自らが行ない認識する事柄について無自覚から自覚への流れと見ることができる。幼児は多少は自ら行なっていることを自覚することができるが,さらに対象に即してわかったことや気づいたことを明瞭にことばにするようになっていく。そして学童期に向かい,内面の情動や認識・理解の自覚へと進んでいくと考えられる。幼児期の終わりころはとくに対象の変化や特性について気づくようになる。
【保育者の応答と方向づけ】 保育者と子どもの直接のやりとりは,養護と教育を実現するために決定的な役割を果たす。やりとりによって子どもを受け止め,認め,やり始めたり言いかけたことに目を向け,不足を明確にしていくことが子どもの今のあり方をわずかに広げ,さらに次の活動への推進力を高めていくのである。また保育者がやりとりでふるまう様子は子どもの見本ともなる。子どもが周りの事柄に気づき,興味をもち,あるいは疑問を感じたことをめぐり,保育者は子どもの思考を深め,ほかの事柄と結びつけ,次にどんなことができそうかを示唆していくのである。
【保護者への支援と保護者の理解】 幼児教育では,家庭や地域の教育と協力してその教育を進めることが重要である。保護者への子育て支援はその業務として規定されており,同時に,幼稚園・保育所での保育や子どもの育つ様子を保護者に理解してもらうことが強調されている。乳幼児期は後の時期と比べてとくに,家庭との協力が重みをもつ時期である。
【幼児教育の評価】 幼児教育・保育の質を客観的にかつ妥当性のある仕方で評価することは大切である。欧米のいくつかの長期にわたる大規模調査の結果によると,幼児教育の専門的施設や,養護と教育をともに考慮して幼児教育を充実させた施設が,小学校での学力や種々の生活上の指標を増進させるうえで有効であることが示されている。
評価は構造面と過程面とでなされる。幼稚園・保育所施設の構造面の評価は客観的な指標でとらえやすく,行政的にも対応しやすい。教育・保育という過程面については,四つの面から評価が可能である。第1は園の環境である。構造的な最低基準を満たしているにしても,それが子どもにとってまた保育者にとって使いやすく,活動を豊かにしていくように配置され,適切に利用されているかどうかである。第2は保育者の子どもへの働きかけの仕方である。それが子どもの理解に基づき,カリキュラムに沿いつつ,子どもと応答的・共感的に進むかどうかである。第3は子どものその時々の状態の評価である。とくにその活動において安心して取り組んでいるかという養護面と,集中して取り組んでいるかという教育面の評価である。第4は長期的な発達指標に基づき,幼稚園・保育所での経験と関連づけて幼児教育・保育の質はどうかを評価することである。 →遊び →自己調整学習 →早期教育 →認知発達 →幼児期
〔無藤 隆〕
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幼児教育
ようじきょういく
幼児期に行われる教育のこと。幼児期は、乳児期と児童期の間の時期であり、おおよそは満1歳から就学始期までの期間をさす。日本では、義務教育制度により、就学時期は満6歳に達した年の4月1日からとされていることから、幼児期は満1歳から満6歳の3月31日までの時期といえる。また、教育基本法には「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない」(第11条)とあり、幼児期の教育は日本における教育の原則の一つであると規定されている
[宮田まり子・秋田喜代美 2018年4月18日]
人類における幼児教育の始まりは、乳幼児期を含む子ども期の発見にある。子ども期はこれまでさまざまなアプローチによってみいだされてきた。たとえばフレーベルは、誕生を神性のあらわれとしたことから、子ども期のなかでもとりわけ乳幼児期にあたる時期を、神性をよく伸ばすための特別な環境が必要な時期とした。またフランスの歴史家アリエスは、社会構造が複雑に高度化したことによって性質の違いが大きくなった大人との比較から、生まれてからの一定期間における学び方や遊び方に特徴がみられる時期を子ども期として扱うようになったと指摘している。同時に、このような子ども期の発見は、家庭教育とは異なる別の教育機関を必要としたことを意味する。フレーベルは、幼稚園を設立し、そこで幼児期のための特別な教育内容や恩物(おんぶつ)といった幼児教育教材を考案し実践している。日本では、幼児教育の実践の第一義的責任は親であり、第二義的責任において、親以外の保護者が行うことになっている。近代日本の教育においては、制度的な幼児教育は「家庭教育の補完」として、家庭教育を補う役割とともに家庭教育における幼児教育のモデルを示すものとしての期待があり、その後個別的である家庭教育と集団的に行われる制度的教育の長短をめぐって、家庭と制度的教育に対する期待と役割に変遷がみられるともいわれている。今日、幼児教育は義務教育ではない。しかし、核家族化や女性の社会進出等に伴い、家庭での教育時間は減少していることから、家庭教育の補完としての制度的な幼児教育の充実が、「待機児童」等の社会的問題や関心を巻き起こすまでに求められている。
[宮田まり子・秋田喜代美 2018年4月18日]
満1歳という時期は、生理的欲求や情緒の安定が、特定の保護者との愛着関係等を基に図られることを通して自分自身を理解する感覚を獲得し、また二足歩行の開始期など運動機能の高まりによって進む保護者との分離と探索活動の広がりがみられる時期である。以後頻繁に行われる外界の物や人との相互行為は、自身が属する周囲のルールに対する認識や道徳心の芽生え、規範や規範意識の獲得と関係する。またその過程において、自己中心的な自己主張と他者の主張との衝突による葛藤(かっとう)体験や、自己を抑制したり他者に承認されたりするなどの経験から得られる自信は、自己肯定感を高め、さまざまな課題に向かう意欲となる。幼児教育は、このような発達心理学等を基に日々明らかになる幼児期固有の発達に対して行われる教育であるといえる。
また、神経科学や脳科学をはじめとする生理学における知見から、加齢と脳の情報伝達ネットワークに関係があることが明らかにされ、幼児期におけるある一定期間での教育による刺激とその後の能力の保持や向上に関係があるとして、幼児教育への関心も高まっている。
その他応用的な学問成果として、幼児教育の効果に関する縦断研究による知見がある。たとえばイギリスでは、質の高い幼児教育を受けた子のほうが11歳時点での自己抑制力や向社会的行動力が高かったという結果が出されている。またアメリカでは、年収が低い世帯に関しては質の高い幼児教育を受けることは就学への準備を高めるとの結果が示された。ジェームズ・ヘックマンは、幼児教育のなかでも子どもの自発的な遊びを尊重し、非認知的能力を育むことをねらいとした幼児教育の有無は、その後の人生の健康や収入、犯罪率の低下に関わるとして、幼児教育の重要性と幼児教育に対する公的資金導入の効果を示唆している。
[宮田まり子・秋田喜代美 2018年4月18日]
『坂元彦太郎著『幼児教育概説』(1968・フレーベル館)』▽『岡田正章・平井信義編『保育学大事典1』(1983・第一法規出版)』▽『太田素子・浅井幸子編『保育と家庭教育の誕生 1890―1930』(2012・藤原書店)』▽『矢野智司著『子どもという思想』(1995・玉川大学出版部)』
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幼児教育 (ようじきょういく)
ふつう満1歳から小学校就学までの時期を幼児期といい,この時期の子どもを対象とした教育を幼児教育という。義務教育年齢である学齢以前の教育であるので〈就学前教育〉ともよばれる。幼児については児童福祉法(1947公布)の規定も同じであり,同法では1歳未満を乳児としている。乳児期は生活のすべてを両親はじめおとなに依存しなければならない時期である。これに対し1歳前後からひとり立ちし,まもなく二足歩行を始め,また特定の音声と特定の対象や状況とを結びつけ,言葉を理解するようになる。つまりこの時期は発達における一つの重要な節である。そして就学とともに子どもの生活は大きく変化する。たとえ保育所や幼稚園で集団保育を受けていても,学校でははるか年長の子と接し,系統だった教科の指導を受けるので,子どもは喜びと不安・緊張を味わい,それは発達における飛躍のきっかけとなる。このような発達や生活の変化からいって,幼児期は一つのまとまった時期とみることができるので,その時期に必要な教育の内容や方法の確立が求められる。
幼児教育の重要性への着目は,ヨーロッパではJ.A.コメニウス,日本では貝原益軒に始まるといえる。コメニウスは彼が提示した教育体系で6歳から始まる学校教育に先立つものとして〈母親学校Mutterschule〉をあげ,この時期の教育は母親にゆだねるのが最も適切であるとし,子どもの自発的な発達を促すことを重視し,そこから発達における遊びの意義を明らかにすることに努めた。貝原益軒は,悪事や誤りを先に知り,それらが先入主となってしまうと正すのが困難であるから,ものをいい始める時期から教育を開始する必要があると主張し,同時に姑息の愛を退けよといって過保護をいましめ,幼児には三分の飢えと寒が必要であるとした。その後ヨーロッパではJ.J.ルソーが《エミール》第1巻で幼児教育を説き,子どもの心理の研究を強調し,児童心理学,発達心理学発展の端緒をつくった。
幼児教育の場としては長年,家庭が中心であったが,19世紀以降,同年齢や異年齢の幼児集団が重視され,幼稚園や保育所が設立されるようになった。このような集団と家庭とが幼児の発達にとって車の両輪のように不可欠であるというのが今日ほぼ定説になっている。この時期に最も重要なのは身体の健康な発達であり,そのためには排泄のしつけをはじめ,食事,睡眠,着脱衣など基礎的生活習慣を獲得させ,自主的に身辺処理ができるように導く必要がある。このような身体発達のための指導は同時に自己統制や判断力の育成を促すことになる。父母や保育者によるしつけは,ときに子どもにとって抑圧と感じられることがあり,子どもはそのことと自分の学習意欲・要求とを調整できるよう学習しなければならない。調整がうまくいかないとき,子どもはかんしゃくを起こし反抗するのであり,これをのり越えさせるための適切な指導が必要である。この指導によって,幼児期の課題である社会化が始まるのである。また,核家族,ひとりっ子が増えるとき,父母や幼稚園・保育所の指導者だけでなく,地域ぐるみで幼児の発達を見守り援助することが,ますます必要となってくる。
執筆者:山住 正己
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幼児教育【ようじきょういく】
小学校就学前の幼児を対象とする教育。就学前教育とも。近世以降コメニウスらによりその重要性が認識された。幼児期の特性に基づく性格形成,基本的な習慣の形成等を目的とする。家庭保育と施設保育に大別。後者の施設には教育的意図を強くもった幼稚園と,社会事業的な性格の保育所の2系譜があり,それぞれフレーベル,オーエンらによって基礎が築かれた。日本でも明治以後これらの施設が設けられ,現在それぞれ学校教育法,児童福祉法に規定されているが,両者の一元化が懸案とされ,また就学前教育の義務化の主張もある。
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幼児教育
ようじきょういく
early childhood education
幼児期は身体運動の充実期であり,基本的生活習慣の自立するときでもあり,人格形成の基盤をつくる重要な時期である。したがってその教育にあたっては,知的教育に偏することなく,生活全般を通じてその発達を助長するために,好ましい経験を与えるとともに,よい文化財や教材を与えることを考えるべきである。幼児教育の場はまず家庭であるから,両親による教育を充実する必要がある。3~4歳以後は,同一年齢の友人との接触の機会を与え,徐々に集団生活を経験させることが望ましい。幼児教育施設には,幼稚園のほかに,家庭での保育に欠ける幼児を保育,教育する目的をもった保育所がある。
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世界大百科事典(旧版)内の幼児教育の言及
【保育】より
…乳幼児の人間的発達にとっては,適切な食事,排泄,睡眠という基本的活動や遊びなどを含む生活全体が,両親はじめおとなたちの保護と配慮の下におかれる必要があり,この保護・配慮が保育にほかならない。しかし,この語の使用法は実際にはあいまいであり,幼稚園で保育というときには幼児教育とほぼ同義である。一方,保育は福祉に限り教育とは別であるとの考えに立つ用法もある。…
※「幼児教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」