猩々(読み)しょうじょう

改訂新版 世界大百科事典 「猩々」の意味・わかりやすい解説

猩々 (しょうじょう)

(1)能の曲名 五番目物。祝言物。作者不明。シテは猩々。唐土の揚子(ようず)の里に高風(こうふう)という孝行な酒売り(ワキ)がいた。その店へ近くの海中にすむ猩々がきて,酒を飲んで舞い戯れ(〈渡り拍子・乱(みだれ)〉),いくら汲んでも尽きない酒瓶を高風に与えて祝福する。乱は遅速の変化の多い特殊なリズムの曲で,舞い方も,普通の擦り足でなしに,抜き足,蹴上げる足,流れ足(つま先で立っての滑走)などを用いて,水上を戯れ遊ぶていを見せる。シテの扮装も,笑みをたたえた赤い童顔の面を着け,赤頭(あかがしら)をかぶり,上着も袴(はかま)も赤地という特殊な姿である。この赤ずくめは,酔いと無邪気な童心の象徴と考えられる。なお,乱でなしに単純な中ノ舞(ちゆうのまい)を用いるのを基本の演出といちおう定めてあるが,実際にはほとんど乱を用いる。〈双ノ舞(そうのまい)〉〈和合(わごう)〉などの変型の演出では,2人の猩々が相舞(あいまい)をする。
執筆者:(2)歌舞伎舞踊,長唄 1874年7月,東京芝に河原崎座が新築開場したとき踊られたもので,本名題寿二人猩々》。作詞3世河竹新七,作曲3世杵屋(きねや)正次郎,振付初世花柳寿輔。松羽目物。演者は高風を3世関三十郎,猩々を2世河原崎国太郎と9世市川団十郎。猩々が2人出て相舞するのは,能の〈双ノ舞〉を模した演出。戦後8世坂東三津五郎が一人立ちでも演じている。このほか,能の《猩々》に取材した舞踊劇は,江戸時代以来,数多く作られている。1820年(文政3)江戸中村座で3世坂東三津五郎が《月雪花名残文台》七変化の一つとして踊ったものは,真っ赤な《猩々》から真っ白な《まかしょ》に変わる対比が好評であったが,《猩々》のほうは今は伝わっていない。
執筆者:(3)地歌の曲名 竹島幸左衛門作詞,岸野次郎三作曲とされる三下り芝居歌。能に取材した元禄期(1688-1704)の上方歌舞伎舞踊曲を地歌として伝承してきたもの。ほかに,伊勢屋三保作曲の本調子謡い物の《女猩々》もあった。

(4)江戸歌の曲名 長唄《寿二人猩々》を原曲として舞地に用いたもので,井上流に行われ,《猩々双の舞》とも《乱(双の舞)》ともいう。4世井上八千代振付。

(5)一中節および山田流箏曲,清元の曲名 一中節は,1855年(安政2)8月,真国作詞,都一静作曲。山田流箏曲には3世中能島松仙が移曲。また,高谷伸が補筆して3世清元梅吉が清元に移曲したものは,1954年4世井上八千代が振り付けた舞地として行われる。なお,別に3世八千代の振付によるものもあるが,東明節の曲で,能のキリの部分だけのもの。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「猩々」の意味・わかりやすい解説

猩々(能)
しょうじょう

能の曲目。五番目物。五流現行曲。作者不明。『石橋(しゃっきょう)』とともに、1日の催しの終わりをめでたく祝福するフィナーレ用の能。中国の孝子・高風(こうふう)(ワキ)が登場し、毎日やってきて酒を飲む不思議な童子のことを語り、猩々と名のって水中に消えたので、酒壺(さかつぼ)を持ち、水のほとりで彼を待とうという。猩々が酒を買いに出る前段は現在の脚本から省略されている。のびやかな登場の囃子(はやし)にひかれ、浮かび出た酒好きな妖精(ようせい)猩々(シテ)は、芦(あし)の葉風を笛に、波の音を鼓として舞を舞い、酌めども尽きることのない酒壺を与える。猩々というにこやかに赤い独自の能面、すべて赤い装束で祝言性を強調している。舞が「乱(みだれ)」という特殊なものになると、曲名も『乱』と変わり、至難な技術の秘曲となる。各流ともにさまざまな演出を伝えている。宝生(ほうしょう)流の『七人(しちにん)猩々』は、曲名も変わった「乱」のバリエーション。観世流の『大瓶(たいへい)猩々』は別個の能。大きな壺の作り物が舞台に出され、大ぜいの猩々の乱舞となる。なお『大瓶猩々』の場合は、童子姿の前シテが登場する。本曲からとられた邦楽・舞踊は古くから多くあったが、今日伝わるものは少なく、長唄(ながうた)『二人(ににん)猩々』、地歌(じうた)『女猩々』、一中節『猩々』などが行われている。

増田正造


猩々(動物)
しょうじょう

古代中国以来のなかば想像上の動物。つとに『後漢書(ごかんじょ)』にみえ、明(みん)の『本草綱目』などには詳しく説明されている。そのいる所は交趾(こうち)の熱国であって、人面人足で髪が長く、毛は黄色、声は小児のごとく、また犬のほえるがごとし、よく人語を解し、とくに酒を好む、などと記されている。わが国でも早くから知られ、すでに『和名抄(わみょうしょう)』に出ているが、とくにわが国ではこれが赤面赤毛のめでたい動物と考えられており、謡曲の『猩々』では、海中に住む猩々が高風(こうふう)という正直な酒商人に酌めども尽きぬ酒壺(さかつぼ)を与えた筋になっている。現在ではボルネオスマトラ島に生息するオランウータンにこの猩々の語があてられている。

[石塚尊俊]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「猩々」の意味・わかりやすい解説

猩々
しょうじょう

能,邦楽,邦舞の曲名。 (1) 能 切能物で作者未詳。唐土揚子 (ようす) の里に住む男が夢に導かれて市で酒を売っていると猩々が来て,男の孝行の徳により汲めども尽きぬ酒の壺を与えて舞を舞う。この可憐な少年の姿をした妖精,猩々の舞姿が見どころとなっている。 (→尾能 ) (2) 長唄 文政3 (1820) 年,江戸中村座で七変化の一つで本名題『猩々雪酔覚 (ゆきのえいざめ) 』として初演。3世坂東三津五郎が雪の浜辺で酔う猩々を踊った。また 1874年河原崎座で同座の脇狂言であったものを新たに振付し,松羽目物の『寿二人猩々』として上演。これが現存の『二人猩々』である。このほか,地唄には遊女の杯を重ねるさまを描いた通称『女猩々』の曲があり,一中節にも安政2 (55) 年,都一清作曲の同名の曲が残っている。

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百科事典マイペディア 「猩々」の意味・わかりやすい解説

猩々【しょうじょう】

能の曲名。五番目物。五流現行。唐の潯陽江の海中にすむという霊獣の猩々が親孝行の高風にくめども尽きぬ酒壺を与えるという話で,酒に酔って波の上を舞う〈乱(みだれ)〉が中心。《石橋(しゃっきょう)》と並ぶめでたい曲。歌舞伎舞踊《寿二人猩々》(大薩摩・長唄掛合)をはじめ,上方舞(上方歌および清元節),一中節・山田流箏曲などの題材,曲名にもなっている。
→関連項目切能物

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション 「猩々」の解説

しょうじょう【猩々】

奈良の日本酒。酒名は、中国の想像上の生き物「猩々」が酒に浮かれ舞う様をうたう謡曲「猩々」にちなみ命名。純米大吟醸酒、吟醸酒、純米酒、本醸造酒、普通酒がある。平成2、16、24年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。原料米は山田錦、五百万石、ホウレイ。仕込み水は吉野川の伏流水。蔵元の「北村酒造」は天明8年(1788)創業。所在地は吉野郡吉野町大字上市。

しょうじょう【猩々】

愛媛の日本酒。平成1、5年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。仕込み水は石鎚山系の伏流水。蔵元の「石川酒造場」は嘉永元年(1848)創業。所在地は新居浜市東田。

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デジタル大辞泉プラス 「猩々」の解説

猩々

金魚の体色の名。ひれ先まで含め全身が赤一色のものを言う。

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動植物名よみかた辞典 普及版 「猩々」の解説

猩々 (ショウジョウ)

動物。類人猿

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世界大百科事典(旧版)内の猩々の言及

【能面】より

…平太(へいた)と中将は特に武将の霊に用い,頼政や景清,俊寛など特定の人物への専用面も現れた。喝食(かつしき),童子など美貌若年の面のなかにも,蟬丸や弱法師(よろぼし),猩々(しようじよう)といった特定面ができてくる。(4)は最も能面らしい表現のものといわれ,若い女面として小面(こおもて),増(ぞう),孫次郎,若女の4タイプがあり,それぞれ現在は流派によって使用を異にしている。…

※「猩々」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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