脳の血管が詰まって血流が滞り、脳細胞が部分的に死んでしまう病気。高齢者に多く、2021年には約5万8千人が死亡した。体のまひや寝たきりの代表的原因でもある。治療で早期に血流を再開させることができれば、後遺症が少なくて済む。
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出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報
脳梗塞とは、脳の血管が詰まったり何らかの原因で脳の血のめぐりが正常の5分の1から10分の1くらいに低下し、脳組織が酸素欠乏や栄養不足に陥り、その状態がある程度の時間続いた結果、その部位の脳組織が
この脳梗塞は、以前は
しかし最近は予防的な立場からも、また脳梗塞が起きた直後の治療の面からも、脳梗塞を次の3つに分類することが多くなってきました。
①アテローム血栓性脳梗塞
脳や
②
③ラクナ梗塞
主に加齢や高血圧などが原因で、脳の深部にある直径が1㎜の2分の1~3分の1くらいの細い血管が詰まり、その結果直径が15㎜以下の小さな脳梗塞ができた状態です。
脳卒中全体のところで書いたように、日本では今、脳卒中の約4分の3が脳梗塞です。またその内容をみると、以前は日本の脳梗塞の約半分を占めていたラクナ梗塞が少しずつ減り始め、アテローム血栓性脳梗塞や心原性脳塞栓症が増え始めているようです。
脳卒中の危険因子のところで書いたように、脳梗塞が起きやすいのは高齢者です。また男性に多いのですが、他の危険因子である高血圧、糖尿病、脂質異常症、心臓病、ストレス、喫煙、大量飲酒、脱水、肥満などは、いずれもいわゆる生活習慣に関係したものです。
脳梗塞の予防はまず生活習慣を正し、かかりつけ医の指導に従って、治療すべき生活習慣病を早めに治すように努力することが必要です。
脳梗塞の典型的な症状には、意識障害、
ほかにも
最近は脳の検査法が非常に進歩して、脳卒中はCTやMRIを使うと早期に確実に診断ができるようになりました。図3は脳梗塞の患者さんの画像です。発症して数時間以内なので、まだCT検査ではみなさんにわかるような異常は出ていません。
しかしMRI像では向かって左側に白く写っている梗塞(矢印)がすでに現れています。CTで梗塞がもっとはっきりしてくるのは、24時間たってからです。
診断法ばかりでなく治療法も進歩しています。詰まってしまった
脳梗塞の中心部は、血管が完全に詰まるとその先は1時間くらいで梗塞になってしまいますが、その周囲の部分(ペナンブラと呼ぶ)は1~数時間はまだ生きていて、早めに適切な治療が行われれば機能を回復することも可能です。しかし治療開始が遅れると周囲の組織も徐々に壊死に陥り、1本の血管が詰まっただけなのに時間とともに梗塞は少しずつ大きくなっていきます(図4)。
また、詰まった塞栓を溶かすといっても、詰まってすぐならよいのですが、3~4時間以上たってしまうと、詰まった塞栓をせっかく溶かしても、壊死に陥った組織(梗塞になった部分)に大量の血液が入り込むので、部分的に出血を起こして出血性梗塞になることもあるのです。
ですから脳梗塞ではなるべく早く、できれば発症して3時間以内に治療が開始できるよう、すぐに専門医のいる病院に患者さんを運んでください。
発症したばかりの脳梗塞の治療は、内科的な薬物療法が主体になります。脳外科の手術が超急性期に有効なのは、小脳という部分の大きな梗塞や、大脳全体が梗塞のためぱんぱんにふくれ上がって、生命の危険がある時だけです。
治療薬には脳のむくみをとる薬(
今は、設備の整った専門病院にかなり早期に入院した患者さんでは、脳梗塞発作そのもので亡くなる人は10%以下になりました。発作を起こした人のだいたい45%くらいが完全に社会復帰しています。残りの人は残念ながら寝たきりになったり車椅子の生活を余儀なくされたり、何らかの後遺症で悩むことになります。
しかし昔は脳卒中は3分の1の人が亡くなり、3分の1の人が重い後遺症で悩まされるといわれていましたから、それに比べればかなりよくなっているといえます。ただし亡くならなくても発症後1年以内に10人に1人弱の人が再発を起こしています。再発すると後遺症をもっと強く残したり、寝たきり、認知症などの原因にもなります。
再発の予防には危険因子をあらためて十分治療することと、抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレル、チクロピジン、シロスタゾールなど)を毎日服用することが基本になります。なお、心原性脳塞栓症の再発予防には、抗血小板薬よりも
いずれにしても本人や家族が何かおかしいと感じたら1分でも早く専門の医師のいる病院に行くことです。また、普段から脳卒中が起こったらここ、心臓発作らしかったらこの病院などと考えておくことが必要です。
篠原 幸人
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
脳を栄養する動脈の狭窄や閉塞のために,その動脈によって血液を供給されていた脳組織が壊死におちいった状態で,脳軟化症ともいう。脳梗塞は次の四つに大きく分けられる。すなわち,動脈硬化であるアテローム硬化を伴う脳血栓症,脳塞栓症,他の原因による脳梗塞,原因不明の脳梗塞である。
(1)アテローム硬化を伴う脳血栓症 頸動脈や脳動脈にアテローム硬化をきたし,その部に凝血塊(血栓)を生じるもので,俗に脳血栓ともいわれる。硬化は動脈の分岐部,屈曲部などにおこりやすい。血栓の形成には,血液の粘度,凝固能,血小板機能などの血液の性状,動脈硬化,内膜損傷などの血管の性状や血流速度の遅延,渦流などの血流の変化が関係している。高齢者に多く,症状は徐々に発現し,段階的に進んでいくことが多い。また前駆症状として一過性脳虚血発作を伴うことも多い。発作は睡眠中あるいは起床時におこりやすく,半身麻痺,失語症などの巣症状に比べて意識障害は比較的軽い。糖尿病や高血圧を合併していることが多い。
(2)脳塞栓症 脳以外の部位にできた血栓がはがれ,それが血流により移動して脳の動脈を詰まらせるためにおこる。塞栓は心臓由来のものが最も多い。リウマチ性心疾患,弁膜症,心内膜炎,不整脈,心筋梗塞などで心臓の壁に生じた血栓がはがれて塞栓となる。また心臓手術に際しておこることもある。心臓由来のもの以外に,大動脈弓部や頸動脈などにできた血栓,肺静脈系の血栓,心房中隔欠損がある場合の静脈系の血栓などが塞栓となることもある。血栓以外に空気塞栓,骨折時の脂肪塞栓,異物塞栓,腫瘍塞栓なども知られている。発症は急激な発作として現れ,発作は数秒から数分間続く。前駆症状はないことが多い。意識障害は比較的軽度である。年齢や高血圧とは関係ない。
(3)その他の原因による脳梗塞 以上のほか,脳静脈血栓,全身性低血圧,動脈撮影の合併症,動脈炎,血液疾患,膠原(こうげん)病などによる脳梗塞がある。
→梗塞
どの血管が閉塞したかにより,さまざまの症状がみられる。脳は内頸動脈と椎骨脳底動脈とにより栄養されているが,内頸動脈系の閉塞の場合,錐体路障害による半身運動麻痺(片麻痺)がみられることが多い。錐体路は延髄以下では交差して反対側へいくので,麻痺は脳の病変部位とは反対側にみられる。麻痺の程度は軽いものから完全麻痺をきたすものまである。麻痺と同側の半身知覚障害を伴うことも多い。半盲をきたすこともある。また痙攣(けいれん)は発作の初期からみられることがあり(初期発作),発作後数週してからおこることもある(後期発作)。意識障害もおこりうるが,軽度の障害のみのことが多い。知能障害もみられる。多発性に小さな梗塞が散在し認知症を呈する場合がある。そのほか障害される部位によっては,失語や失行(四肢,顔,舌などに運動機能の障害がなく,なすべき動作はわかっているのに目的にかなった動作ができないもの),失認(知覚,感覚の障害はないが対象を認知できないもの)などの症状を呈する。失語は患者の優位大脳半球(右利きの人の場合は左側)の障害によって生じ,感覚性失語(言語理解が主として障害されるもの),運動性失語(言語理解は保たれているが自分の言語を表出する機能が主として障害されるもの)などに分けられる。また優位半球の頭頂葉の障害によりゲルストマン症候群Gerstmann's syndrome(手指失認,左右失認,計算障害,書字障害)が生ずる。そのほか左右の半球を連結している脳梁が障害されると,離断症候群という特有の病像を呈する。
一方,椎骨脳底動脈系の閉塞では,視力障害,小脳性の運動失調,不随意運動やさまざまな脳神経障害を生ずる。とくに脳幹部の障害では反対側の運動機能を支配する錐体路と同側へ分布する脳神経とが同時に障害されるため,片麻痺のある側と反対側に脳神経麻痺を示す交代性片麻痺という特異な症状を呈することがある。なかでもウェーバー症候群Weber's syndrome(上交代性片麻痺,病変側の眼球運動障害と反対側の半身麻痺)やミヤール=ギュブレル症候群Millard-Gubler's syndrome(下交代性片麻痺,病変側の顔面神経麻痺と反対側の上下肢麻痺)は有名である。また,延髄外側部の障害ではワレンベルグ症候群Wallenberg's syndromeといわれる多彩な症状を呈する。
診断にあたってはコンピューター断層撮影がきわめて有用であり,梗塞におちいった領域が低吸収域として認められる。また脳血管撮影を行うことにより,血管の閉塞部位や硬化の程度などをみることができる。
生命に関する予後は,病巣の大きなものや意識障害の程度の強いものでは悪いが,脳出血に比べて急性期の死亡率は低い。一方,機能の回復は障害された領域によってさまざまである。
患者は原則としてできるだけ早く入院させるべきである。発作直後は安静を保ち,頭を低くする。嘔吐のある場合は麻痺側を上にして横臥させる。とくに呼吸気道の確保に気をつける。初期には降圧療法は行わない。脳浮腫に対してはグリセリンや副腎皮質ステロイド剤を用いる。皮膚,口腔,眼,陰部などの清潔を保つようにし,体位を変えて床ずれを予防する。気道の感染や尿路感染をおこしやすいので十分に注意し,抗生物質により治療する。症状が進行している場合には血栓溶解薬を使用することがある。症例によっては抗凝血薬や脳血管拡張剤なども用いられる。内頸動脈や中大脳動脈の狭窄については,外科的な治療法も行われる。リハビリテーションは関節拘縮の予防や運動機能の回復などのために精力的に行う必要がある。失語症に対しては言語訓練なども必要となる。また脳血栓症で合併する高血圧や糖尿病,および脳塞栓症の原因となる心臓疾患に対する治療を十分に行わなければならない。
→脳卒中
執筆者:楠 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
脳血管の閉塞により血流が遮断されるために脳組織が壊死(えし)に陥った状態をいい、脳軟化ともよばれる。脳出血とともに脳卒中の二大疾患の一つである。病因的に脳血栓と脳塞栓に分けられる。脳血栓は高齢者に多く、脳動脈の血管壁の動脈硬化性病変によって血管内腔(ないくう)が狭くなり、ついに閉塞するという経過をたどる。脳塞栓は心疾患、とくに心房細動があり、心臓内の血塊が脳に運ばれて血管を閉塞する。
[荒木五郎]
脳梗塞では閉塞する血管によって次のように症状が異なる。
(1)中大脳動脈閉塞症候群 下肢より上肢に強い片麻痺(へんまひ)、半盲症(左あるいは右半分の視野欠損)、失語症(ことばが出ず、ことばがわからない)、失行や失認(着物をあべこべに着たり、便所を間違えたり、片側の手足を無視して使わなかったりする)がみられることがある。
(2)内頸(ないけい)動脈閉塞症候群 中大脳動脈閉塞と同様で、両者の鑑別は困難なことが多い。
(3)前大脳動脈閉塞症候群 上肢より下肢に強い片麻痺、精神症状(物忘れ、計算力低下など)、排尿障害などがみられる。
(4)後大脳動脈閉塞症候群 半盲症、軽い片麻痺がくることもある。閉塞が優位半球(普通は左半球)であれば、字は書けるが字が読めないという失書を伴わない失読という症状が現れることが多い。
(5)椎骨(ついこつ)脳底動脈閉塞症候群 脳底動脈閉塞は意識障害が高度で、脳出血との区別がむずかしい。椎骨動脈や脳底動脈の分枝に閉塞があると、嚥下(えんげ)障害、めまい、眼振(他覚的に容易に認められる眼球の律動的運動)などの症状や平衡障害が出現する。
(6)多発性小梗塞 片麻痺や知覚障害があるが、半盲症や失語症などはない。また片麻痺だけ、あるいは知覚障害だけの場合もある。さらに言語障害(舌のもつれ)と手の不器用だけが症状としてみられる場合もある。なお、多発性の梗塞で認知症を伴うものをとくに多発性梗塞痴呆(ちほう)とよんでいる。
[荒木五郎]
脳梗塞は脳出血のように病気そのものが死因となることは少なく、合併症による死亡が多いので、看護にはこれに十分留意する必要がある。また麻痺の予後についてみると、初めからすこしでも動くようであれば、3か月後あるいは6か月後には杖(つえ)歩行、独歩が可能となる。しかし、完全麻痺の場合は、杖歩行や独歩ができるのが半分以下となる。
[荒木五郎]
血圧を調節するための降圧剤は、急性期には原則として使用しない。脳浮腫(ふしゅ)の治療としては副腎(ふくじん)皮質ステロイド剤の注射、マニトールやグリセロールの点滴が奏効し、内科治療の範囲も広くなってきた。また、血栓を溶解する目的でウロキナーゼを投与する線溶(線維素溶解)療法は、脳塞栓の重症例では再開通による脳浮腫の助長、出血性梗塞の誘発のおそれがあるので禁忌とされている。脳代謝賦活剤は発病当初より使われ、脳血管拡張剤は軽症例を除き、2~3週後に投与する。合併症である肺炎、尿路感染症、床ずれの治療には、2時間ごとの体位変換、早期発見、広域スペクトルの抗生物質を投与する。
[荒木五郎]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…片麻痺(左右どちらか半身の麻痺),失語,視力障害など,脳の病変によって起こると思われる症状が突然出るが,すぐによくなり,24時間以内にまったく元の状態にもどる発作をいう。この発作はほとんどの場合,ごく小さな脳梗塞(のうこうそく)によって起こると考えられている。このような梗塞は,内頸動脈や椎骨‐脳底動脈などに起きた動脈硬化の強い部分に血小板が付着し,しだいに大きくなって白色血栓となり,これがはがれて血流にのって末梢の脳動脈に達し,これを閉鎖してしまう血栓栓塞が多いとされている。…
…また,中風(ちゆうふう∥ちゆうぶう)または中気という言葉が脳卒中と同義に用いられることもあるが,一般には,卒中発作後,後遺症として半身不随(片麻痺)などの運動麻痺を残した状態をいうことが多い。
[原因疾患]
(1)脳出血(脳溢血(のういつけつ)),(2)脳梗塞(のうこうそく),(3)くも膜下出血,(4)高血圧性脳症などがある。脳出血は脳における急激な出血をいい,脳梗塞は脳動脈の狭窄や閉塞のために,その動脈に栄養される領域の脳組織が壊死におちいったものである。…
…したがって,大脳および顔面神経核の存在する橋(きよう)より上位の脳幹で錐体路が障害されると,顔面を含む反対側の半身麻痺を生じ,それ以下で頸髄より上の病変では,顔面を含まない反対側上下肢および体幹の半身麻痺を生ずることになる。 最も多いものは,脳出血や脳梗塞のために生じた大脳半球の内包の障害による反対側の半身麻痺である。内包には錐体路の繊維が集中しており,また出血や梗塞の好発部位であるためである。…
※「脳梗塞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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