中国,北宋時代に再興された新儒教。この〈道〉は老荘思想でいう道ではなく,先王や聖人によって定められ,歴代伝達されてきたとされる人倫の道をいう。《宋史》道学伝に名をとどめる道学者たちは,熱烈な理想主義,真摯(しんし)な内省主義,潔癖な倫理主義などを信条として,宇宙と人間ととを貫く理法やあるべき人間社会のあり方を追求した。道学者の一人である張載(横渠(おうきよ))の次の言葉は,この派の性格をよく表現しえている。〈天地のために心を立て,生民のために道を立て,去聖のために絶学を継ぎ,万世のために太平を開かん〉(《近思録》為学大要篇)。北宋の道学は,二程子(程明道,程伊川),楊時(亀山),羅従彦(予章),李侗(りとう)(延平)をリレーして南宋の朱熹(しゆき)(子)に受けつがれ,朱子学として大成された。しかし道学者は,その厳格主義によって〈非人情〉というそしりを受け,また一般には一種エキセントリックな人間とみなされていたのも事実であって,のちに〈道学者先生〉は,世間知らずで融通がきかず,修身道徳の権化のような人間の代名詞になった。
執筆者:三浦 国雄
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學の、其の傳を失はんことを憂へて、作れるなり。字通「道」の項目を見る。
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…中国,南宋の朱熹(しゆき)(子)によって集大成された思想体系。朱熹自身は自己の教義を〈道学〉〈理学〉〈聖学〉〈実学〉〈義理の学〉などと呼んだ。これらは本来,北宋時代に興った新儒教の一派の自称であって,朱熹はその教義のもっとも正統な後継者をもって自任していたのである。…
※「道学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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