改訂新版 世界大百科事典 「カワセミ」の意味・わかりやすい解説
カワセミ (翡翠)
ブッポウソウ目カワセミ科の鳥の1種,広義には同科の鳥の総称。カワセミAlcedo atthis(英名common kingfisher)は全長約16cm。美しい水辺の鳥で,古くからよく親しまれている。背面は暗緑青色,下背以下はとくに鮮やかな緑青色で,眼先,耳羽,腹は栗色である。カワセミ科の鳥の中ではもっとも分布域が広く,亜寒帯以南のユーラシア大陸,アフリカの大部分,東はソロモン諸島まで分布している。日本でも全国の河川,湖沼,池などに留鳥,または漂鳥としてすんでいるが,水域の汚染と都市化が進んだためその数は最近急激に少なくなっている。食物は小魚を主とし,水生昆虫などもかなり食べている。捕食するときは,止り場からぱっと急降下して餌をとり,すぐもとの止り場に戻って食べる。巣は土手に1m前後の横穴を掘り,4~6月に1腹5~7個の卵を産む。
カワセミ科Alcedinidae(英名kingfisher)の鳥は全長11~48cm。ヤマセミ亜科,カワセミ亜科,ショウビン亜科の3亜科約90種からなる。くちばしは一般に大きく,脚は短く,前3趾(し)は基部の約1/3ないし1/2程度が互いに癒合している。この科の鳥の大部分は暖帯から熱帯に生息し,とくにアフリカからオーストラリアにかけて多くの種が分布している。日本にはヤマセミ,カワセミ,アカショウビンの3種が繁殖し,ヤマショウビンHalcyon pileataとナンヨウショウビンH.chlorisが迷鳥として渡来する。ヤマセミ亜科とカワセミ亜科の鳥は水辺に近いところに生息し,水中に頭から突入して魚,水生昆虫,エビ類などをとって生活している。ショウビン亜科の鳥は水辺に近い森林やマングローブ林に生息している種も多いが,水から離れた草原や深い森林内に生息している種も少なくない。この亜科の鳥は水中に突入して獲物をとらず,地上にいる昆虫,サワガニ類,カエル,トカゲ,ヘビなど小型の両生類・爬虫類などをとっている。水辺に生息する種は,水辺に近い土手に横穴を掘りその奥に産卵し,草原や森林に生息する種は朽木,草ぶきの屋根,樹洞,熱帯降雨林内にあるシロアリ類のアリ塚などに巣を掘って営巣する。羽色は,ワライカワセミのように全体に灰色っぽく,じみなものも数種あるが,大部分の種は白色,緑色,青色,紫色,赤褐色などの羽色をもち美しい。
執筆者:安部 直哉
神話,伝承
ギリシアではハルキュオネHalkyonē(またはアルキュオネAlkyonē)の伝説がカワセミとの関係で広く知られていた。夫ケユクスKēyxが海難に遭い,死体となって彼女のもとに流れついた。ハルキュオネは鳥に姿を変えて夫のそばへ飛んでいったが,夫もまた神の慈悲により同じ鳥に変じたという。この鳥はハルキュオンと呼ばれ,カワセミと同一視された。彼らの祖父アイオロスAiolosが風神であることから,カワセミが巣をつくるときは海が穏やかになるとの伝承が出た。以上の伝説をふまえて,大プリニウスの《博物誌》には〈カワセミの日〉と呼ばれる冬至前後の一定期間に関する記述がある。シチリア付近では,真冬になりカワセミが巣づくりを始め卵を産むと,冬の海が一時静かになって船が航行できる状態となる。カワセミが安全を守る7日または14日のこの期間が〈カワセミの日〉である。このように,カワセミがしばしば川や海に関係づけられるのは,おそらく水を思わせる青色の羽によるものだろう。中国ではその美しさを賛美して翡翠(ひすい)(翡は雄,翠は雌のカワセミを指す)と呼び,漢の武帝が建てた昭陽舎の壁帯には,カワセミの羽が装飾としてはりつけられたという。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報