カンペン
Kampen
オランダ中部,オーフェルアイセル州の都市。人口3万0353(1980)。アイセル川の河口左岸にあり,かつてはゾイデル海(現,アイセル湖)に面した商業都市として栄えた。近年はアイセル湖を干拓してできた大干拓地(北東ポルダー,フレーボラント)と内陸を結ぶ交通の要衝となっており,金属工業,造船業,印刷業,食品加工業などの工業都市でもある。都市としての成立は13世紀前半で,14世紀半ば以降ハンザ同盟の一員となり,おもにバルト海地方との貿易で発展した。1495年ドイツ皇帝マクシミリアンの時代に,帝国自由都市となった。中世にはアイセル川はゾイデル海とライン川を結ぶ最良の交通路であり,その河口に位置する市は商業都市として発展したが,16世紀半ば以降河口が土砂で埋まり,商業都市としての機能を失っていった。市内には公設秤量所など,史跡も多い。
執筆者:佐藤 弘幸
カンペン
Jakob van Kampen(Campen)
生没年:1595-1657
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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カンペン
Kampen(Campen), Jakob van
[生]1595.2.2. ハールレム
[没]1657.9.13. ランデンブルーク
オランダの建築家,画家。富裕な地主の子として生れ,初め画家となり,1615~21年イタリアに遊び,A.パラディオと V.スカモッツィの建築に親しんだ。ハーグのマウリッツハイス (現美術館,1633~35) は,パラディオらのバロック建築の影響を示し,17世紀オランダの最も重要な建造物とみなされている。ハールレムの新聖堂 (セント・アン聖堂,45~49) も独創的で,イギリスのレンに影響を与えた。次いでアムステルダム市庁舎 (現王宮) を建て,オランダ古典主義建築の代表的建築家となった。
カンペン
Kampen
オランダ東部,オーフェルアイセル州の都市。ライン川の分流アイセル川の河口付近に位置する。かつてのハンザ同盟都市であり,16世紀にアムステルダムが勃興するまで北西ヨーロッパの貿易の中心地の一つであった。現在は葉巻たばこ,エナメル製品,鉄鋼製品,コンクリート建材などの生産を主産業とする。 14世紀および 16世紀の聖堂など歴史的建築物が多い。人口3万 2643 (1992推計) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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普及版 字通
「カンペン」の読み・字形・画数・意味
【
辺】かんぺん
【姦
】かんぺん
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のカンペンの言及
【ハーグ】より
…財務省の建物の一部は,オルデンバルネフェルトが1612年以降住んでいた邸宅である。マウリッツハイス美術館やアウデ・ホフ(旧城)はアムステルダムの現王宮を設計した有名なヤコプ・ファン・カンペンJacob van Kampen(1595?‐1657)の手になるものである。また首相官邸は17世紀の有名な政治家で詩人のヤコプ・カッツの邸宅であったものである。…
【ハーグ】より
…財務省の建物の一部は,オルデンバルネフェルトが1612年以降住んでいた邸宅である。マウリッツハイス美術館やアウデ・ホフ(旧城)はアムステルダムの現王宮を設計した有名なヤコプ・ファン・カンペンJacob van Kampen(1595?‐1657)の手になるものである。また首相官邸は17世紀の有名な政治家で詩人のヤコプ・カッツの邸宅であったものである。…
※「カンペン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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