改訂新版 世界大百科事典 の解説
フランコ・カンタブリア美術 (フランコカンタブリアびじゅつ)
Franco-Cantabrian art
ヨーロッパの後期旧石器時代美術の別称。この時代の遺跡の多くが,フランス南西部とスペイン北部カンタブリア地方で見いだされることから,この名がある。とくに洞窟美術(洞窟の奥の岩壁に描かれ刻まれた彩画や刻画)や岩陰美術(露天の岩陰壁面に彫られた浮彫)の遺跡のほとんどが,この地域に集中している。それらは地域によって次の三つのグループに大別できる。(1)フランスのドルドーニュ地方とシャラント地方に分布するもので,とくにレゼジー・ド・タヤク・シルイユLes Eyzies-de-Tayac-Sireuilを中心とするベゼールVézère川河畔に多い。この地方の洞窟は比較的小さく,石灰岩の岩盤は細孔が多くて軟らかい。したがって浮彫や彫りの深い線刻画が発達した。著名な遺跡はラスコー,レ・コンバレル,フォン・ド・ゴーム,ローセル,ル・ロック・ド・セールなど。(2)フランスのピレネー山中とスペインのカンタブリア地方のグループで,前者にはニオー,レ・トロア・フレール,チュク・ドードゥベールTuc d'Audoubertなどの重要な諸洞窟が属し,スペイン領にはアルタミラ,エル・カスティリョEl Castilloなどがある。この地域の岩盤はジュラ紀層のひじょうに硬い緻密な石灰岩なので,浮彫はつくられず,線刻画の彫りも浅い。また,洞窟の規模は(1)に比べるときわめて大きい。なお,ペシュ・メルルなどのロート地方の洞窟は(2)に分類できる。(3)フランスのガール,アルデーシュ,エロー,オードの各地方に分布する洞窟で,(1)(2)に比べて数は少ない。著名な洞窟にエブーやル・シャボがある。
動産美術が出土する遺跡は,洞窟壁画や岩陰浮彫よりも広い地域に分布し,フランス南西部とスペイン北部を中心に,中部ヨーロッパから東ヨーロッパにまで及んでいる。
洞窟彩画・刻画の主題は牛,馬,バイソン,シカ,ヤギなどの野生の動物で,人物はきわめてまれである。これらの壁画は,動物の身代りとして呪術的な効果を与えることを目的としたため,その様式はいきおい写実的になり,また身重の雌や,矢ないし槍を身にうけた動物像が好んで描かれた。岩陰浮彫には動物像のほかに,女性裸像があらわされる。乳房,腹部,臀部が著しく強調された女性裸像は繁殖の呪術にまつわるもので,〈ビーナス像〉と呼ばれる。動産美術にも,石,角,骨などでつくられた丸彫の女性裸像があるが,岩陰浮彫と同じように女性の身体的特徴が著しく誇張される。そして時代の経過にともなって形式化するようになる。丸彫の動物像には,石や骨製のほかに,テラコッタ製のものがチェコスロバキアから出土する。石,角,骨などにほどこされた彩画,刻画,浮彫の動物像や,指揮棒(呪術用具)や投槍器などに表された動物像は,いずれも動物の姿態が自然主義的にとらえられている。
→先史美術 →洞窟美術 →動産美術
執筆者:木村 重信
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報