アブラハム(Karl Abraham)(読み)あぶらはむ(英語表記)Karl Abraham

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

アブラハム(Karl Abraham)
あぶらはむ
Karl Abraham
(1877―1925)

ドイツ精神分析家、精神科医ブレーメンに生まれる。初めベルリンで、のちにチューリヒのオイゲン・ブロイラーカール・グスタフ・ユングのもとで精神医学を修める。ブロイラーの精神科教室のあったチューリヒのブルクヘルツリー療養所でフロイトの著作に親しみ、1907年にベルリンで精神分析家として開業し、翌1908年ベルリン精神分析協会を創立、1910年にはベルリン精神分析研究所を創設した。第一次世界大戦中は精神科医療班の医長として動員される。1918年および1925年には国際精神分析協会(IPA:International Psychoanalytical Association)の会長を務めた。精神分析の第二世代(フロイト自身の分析を受けた第一世代に対して、第一世代の分析家による分析を受けた世代をさす)の中心的な教育分析家(分析家を養成するための分析を行う分析家)であり、彼の教育分析を受けた分析家には、ヘレーネ・ドイッチュHelene Deutsch(1884―1982)、エドワード・グローバーEdward Glover(1888―1972)、カレン・ホーナイ、メラニー・クライン、テオドール・ライクTheodor Reik(1888―1969)らがいる。さらに精神分析の歴史のなかでは、アブラハムは、フロイトが直近の弟子たちを集めた「秘密委員会」のメンバーであったことや、彼を中心として成立したベルリンのグループが分析家の養成制度の確立に重要な役割を果たしたことが知られている。

 アブラハムの精神分析理論におけるおもな貢献としては、「リビドー発達の前性器期最早期の検討」Untersuchungenüber die früheste prägenitale Entwicklungsstufe der Libido(1916)を中心とした早期リビドー発達論がまずあげられる。彼は幼児期におけるリビドー(性欲)の存在を主張しその発達段階を区別するフロイトのリビドー発達論を踏まえつつ、その最初期の段階を特徴づける口唇を介した対象との関係が、吸うことと噛(か)むことという二面性を持つことを指摘し、そこから発する体内化と破壊という両価的関係(アンビバレンツ)に基づいてメランコリーの病因を考えた(「精神障害の精神分析に基づくリビドー発達史の素描」Versuch einer Entwicklungsgeschichte der Libido auf Grund der Psychoanalyse seelischer Störungen(1924))。こうした発達の初期における対象との関係をめぐる議論は、クラインを介して、母子関係に注目するイギリスの対象関係論により継承・発展させられた。精神分析の精神病への応用の分野では、リビドー論的な観点から、対象愛以前の自体愛の段階における発達の制止により早発性痴呆を特徴づけた「ヒステリーと早発性痴呆の性=心理的差異」Die psychosexuelle Differenz der Hysterie und der Dementia Präcox(1908)がある。また応召時の経験に基づく戦争神経症の研究のほか、応用精神分析の領域では、フロイトの手法を集合的表象としての神話や民話の理解に活用した『夢と神話』Traum und Mythus(1909)がある。

[原 和之]

『下坂幸三他訳『アーブラハム論文集――抑うつ・強迫・去勢の精神分析』(1993・岩崎学術出版社)』『Traum und Mythus; eine Studie z. Volkerpsychologie(1909, Deuticke, Wien)』

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