精選版 日本国語大辞典 「エーテル」の意味・読み・例文・類語
エーテル
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翻訳|ether
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炭素-酸素-炭素結合≡C-O-C≡(エーテル結合)を有する有機化合物の総称。狭義にはジエチルエーテルC2H5OC2H5の略称にも用いられる。エーテルの語はギリシア語の,天空にみなぎる霊気を意味するaithērに由来し,古くは光,熱などを伝える媒体として仮想的に考えられた媒質の名称に用いられた。
エーテルは一般式R-O-R′(R,R′はアルキル基またはアリール基)で表される。R=R′のものを対称エーテル(単一エーテル),R≠R′のものを非対称エーテル(混成エーテル)と呼ぶ。また,エーテル結合が環の一部となっているものを環状エーテルという。環状エーテルのうち,ひずみの大きな3員環エーテル(環を構成する原子数が3個のもの)はとくにエポキシドと呼ばれ,他のエーテルとくらべて特異な性質をもっている。R,R′がともにアルキル基のものは脂肪族エーテル,一方あるいは両方がアリール基のものは芳香族(フェノール)エーテルともいわれる。
一般にエーテルは,中性で快香を有する液体が多いが,高級のものには固体のものもある。低級エーテルは,揮発性で,かつ引火点も低いので,しばしば火災の原因となる。水に難溶で,化学的に安定,金属ナトリウムとも反応しない。アルカリに対しても大きな抵抗を有するが,酸,ことにヨウ化水素酸HIでは容易に分解する。
R-O-R′+HI─→R-OH+R′I
エーテル類はこうした特質のために溶剤として広く用いられている。ただし,ひずみの大きなエポキシドは反応性に富み,その反応性ゆえに有機合成の中間体としてさまざまな用途をもっている。なおジエチルエーテルは吸入麻酔薬としても1840年代から用いられていたが,引火性があるため最近の医療現場ではほとんど用いられない。
ジエチルエーテルは,エチルアルコールC2H5OHに濃硫酸を作用させて工業的に製造されている。
2C2H5OH+H2SO4─→C2H5OC2H5+H2O+H2SO4
その他の低級対称エーテルも同様に相当するアルコールから製造することができる。非対称エーテルは,ナトリウムアルコラートRONa(アルコールの水酸基OHの水素をナトリウムで置換したもの)にハロゲン化アルキルR′X(Xはハロゲン元素)を作用させるA.W.ウィリアムソンのエーテル合成法によってつくることができる。
RONa+R′X─→ROR′+NaX
執筆者:中井 武
元来はギリシアの自然学における概念。月より下の世界を構成する原質としての土,水,空気,火に対して,天体の世界を構成する原質が〈アイテルaithēr〉と呼ばれた。つまり,真空を認めないギリシア的自然観にあっては,天体の世界にはアイテル(エーテル)が充満していると考えられた。こうした着想は,コペルニクス,ガリレイ,ケプラーら近代初期の自然学者にまで受け継がれている。デモクリトスに発する原子論の系譜のみが,このエーテルの存在を否定していた。
エーテルが,形而上学的な概念から変化して,物理学的な実体を与えられたのは,ケプラーに始まる近代光学においてであった。とくにホイヘンスが〈光の波動説〉を説くにいたって,波動を支える媒質としてのエーテルという概念が浮かび上がる。例えばホイヘンスの波動説に対してまっこうから反対して〈光の粒子説〉を唱えたと言われるニュートンでさえ,屈折現象に関しては,エーテルに頼っている。他方,ガリレイ以降,運動の相対性は当然のこととして受け入れられつつも,なお,ニュートンの絶対空間の提案にも見られるように,力学において,すべての運動を定義するための〈絶対静止系〉を,宇宙空間そのものの上に重ねて理解しようとする傾向は根強く存在し,光波動の媒体として実体化されたエーテル系(光エーテル系と呼ばれる)を,絶対静止空間とみなす暗黙の了解が生まれた。T.ヤングやフレネルによる光の波動説の再確認(18世紀末から19世紀初頭)によって,この了解は公的なものとなったと言ってよい。
19世紀末近く,地球が光エーテル系に対してもつはずの速度の実際的測定を目指した〈マイケルソン=モーリーの実験〉は,意外にもまったく期待された結果を示さず,結果的には,光エーテル系の存在そのものの疑問ともなったが,H.A.ローレンツ,G.F.フィッツジェラルドらの数学的な提案を経て,アインシュタインの特殊相対性理論の提唱(1905)によって,この問題の解決は得られた。一方,19世紀後半,電磁現象の統一的解釈として提案されたJ.C.マクスウェルの電磁方程式は,新たな空間像としての〈場〉の概念の数学的な確立を告げるものであり,量子力学も今日その延長上に展開され,素粒子もまた,そうした空間(場)としての定義を受けるに及んでいる。これは古典的エーテル概念の新たな実体化とも見ることができる。
→場
執筆者:村上 陽一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
【Ⅰ】ジエチルエーテルの略称.溶媒などとしてもっとも広く用いられる.[CAS 60-29-7]【Ⅱ】酸素原子に2個の炭化水素基R,R′が結合した有機化合物R-O-R′の総称.R = R′のものを単一エーテル,R≠R′のものを混成エーテルという.R,R′の種類により脂肪族エーテル,芳香族エーテルともよばれる.慣用名では炭化水素基名にエーテルをつけて,単一エーテルはメチルエーテル,エチルエーテルなど,混成エーテルはエチルメチルエーテル,メチルフェニルエーテルなどとよばれる.エーテル中のC-O-C結合はエーテル結合という.環内にエーテル結合をもつ複素環式化合物を環式エーテルとよぶこともある.IUPAC命名法では,RO-原子団を“アルコキシ”とよび,エーテルはその誘導体とみなし,“エチルメチルエーテル”のかわりに“メトキシエタン”と命名する.フェノールエーテルは植物界に広く存在し,香料として利用されるものが多い.低位の脂肪族エーテルはアルコールに濃硫酸を作用させてつくる.とくにフェニルエーテル類は,フェノキシドにハロゲン化アルキルや硫酸メチルを作用させるか(ウィリアムソンのエーテル合成),あるいはフェノールとジアゾメタンから合成される.エーテルは,一般に中性の快香のある揮発性液体である.水に難溶,有機溶媒に易溶.化学的には安定で,金属ナトリウムも反応しないが,ヨウ化水素,五塩化リンなどで分解して,アルコールやハロゲン化物を生成する.
ROAr + HI → ArOH + RI
ROR′ + PCl5 → RCl + R′Cl + POCl3
エーテルは,ハロゲン化水素,フッ化ホウ素,グリニャール試薬などと分子化合物をつくる.例:R2O・HX,R2O・BF3,R2O・R′MgI.[別用語参照]クラウンエーテル,ポリエーテル
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…炭素‐酸素‐炭素結合≡C-O-C≡(エーテル結合)を有する有機化合物の総称。狭義にはジエチルエーテルC2H5OC2H5の略称にも用いられる。エーテルの語はギリシア語の,天空にみなぎる霊気を意味するaithērに由来し,古くは光,熱などを伝える媒体として仮想的に考えられた媒質の名称に用いられた。
[分類]
エーテルは一般式R-O-R′(R,R′はアルキル基またはアリール基)で表される。R=R′のものを対称エーテル(単一エーテル),R≠R′のものを非対称エーテル(混成エーテル)とよぶ。…
…すなわち(1)~(3)式はガリレイ変換に対して不変である。一方電磁気学の場の概念の確立に伴い,場の担い手つまり媒質としてエーテルの存在が当然のこととして信じられるようになった。このエーテルは,恒星に対して固定した座標系で静止しており,物体がその中を運動してもそれにひきずられることなく,光はその中をc=2.99×108m/sの速度で伝わるとして多くの事実が説明できることがわかった。…
…サンスクリットのアーカーシャākāśaの漢訳で,一般に大空,空間,間隙などを意味するが,古来インド哲学では万物が存在する空間,あるいは世界を構成する要素,実体として重要な概念の一つである。地・水・火・風の〈四大〉に虚空を加えて五元素ともいわれ,これに五感(香・味・色・触・声)を関連づけるサーンキヤ学派やバイシェーシカ学派の思想のもとでは虚空が聴覚と結びつき,音声は虚空の属性とされた(西洋哲学の〈エーテル〉の概念に相当)。仏教では〈六界〉の一つ(空界)とする一方,実在論的な部派では不生不滅の常住な存在(無為法)に高めた。…
…これらコカインおよびコカイン代用薬が狭義の局所麻酔薬であり,真性局所麻酔薬とも呼ばれるが,次のようなものも広義には局所麻酔薬に含まれる。すなわち,(1)エーテル,クロロホルムなど本来は全身麻酔薬であるが局所麻酔作用を有するもの,(2)疼痛性麻酔薬 石炭酸(フェノール),メントール,キニーネなど局所に投与すると,初めは知覚神経刺激による疼痛を生ずるが,後に麻痺を起こすもの,(3)寒冷麻酔薬 沸点の低いエーテル,クロロホルム,クロルメチルなど気化熱を奪うことによって局部凍結をきたし知覚を鈍化させるもの,などである。麻酔【福田 英臣】。…
※「エーテル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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