翻訳|crab
節足動物門甲殻綱十脚(じっきゃく)目に属する海産動物の一群。長尾類(エビ類)、異尾類(ヤドカリ類)に対応して短尾類Brachyuraとよばれる。これらは亜目としての分類段階であるが、十脚目の分類学上の細分に関しては遊泳類と歩行類とする意見もあり、その場合にはイセエビなどのいわゆる歩行型エビ類およびヤドカリ類とともにカニ類は歩行類に属する。カニ類は世界では約5000種、日本には約1000種が知られている。
[武田正倫]
カニ類は一般に甲幅1~5センチメートルであるが、歩脚が長い型と短い型がある。甲幅2ミリメートルほどの小形種が知られている反面、大きいほうの代表種は日本特産のタカアシガニで、甲幅30センチメートルに達し、雄がはさみ脚(あし)を広げると3メートルを超える。普通は雄が大きいが、寄生的な生活をするカクレガニ類などでは、雄は雌の3分の1から4分の1しかない。
すべてのカニ類は、頭胸部が1枚の甲で覆われており、円形、洋ナシ形、扇形、縦長あるいは横長の楕円(だえん)形または四角形など変化に富んでいる。甲面は滑らかで光沢のあるものから、多くの甲域に細分され、大小の顆粒(かりゅう)、突起、棘(とげ)、剛毛、羽状毛などで覆われていることが多い。また、額角(がっかく)(頭胸部甲皮から前方に突出する1個の三角状をした剣状突起)の発達状況もさまざまで、額(がく)が切断された形のオウギガニ類やワタリガニ類などから、甲長より長い額角をもつクモガニ類などまで多様である。
カニ類の頭部付属肢(し)は、第1・第2触角、大顎(おおあご)、第1・第2小顎(こあご)であって、後3対は口器として口部内にある。胸部付属肢は第1から第3顎脚(がっきゃく)、はさみ脚、第1から第4歩脚である。顎脚は口器となり、とくに第3顎脚は食物保持に重要な働きをする。はさみ脚は、捕食、採餌(さいじ)、闘争、防御などに用いられ、可動指と不動指には鋭い刀状あるいは三角形の歯または臼歯(きゅうし)など、習性に応じていろいろの形態が発達している。歩脚は単純な棒状肢であるが、アサヒガニ類などでは砂に潜る習性から歩脚が扁平(へんぺい)であり、また、ワタリガニ類は、最後の脚が遊泳に適した扁平になっている。そのほか、最後の1、2対の脚が物をつかんだりする目的のために変形していることがある。はさみ脚は一般に雄のほうが大きく、また左右不同のことが多いが、第二次性徴としてとくに巨大化することがある。雄の腹部は幅が狭く、種によっては数節が癒合しているが、雌では幅広く、つねに7節からなっている。腹肢は雄では2対あり、大部分の種では第1腹肢が長くて交尾器となり、第2腹肢はごく短くて補助器として働く。雌の腹肢は4対で、いずれも内枝と外枝に分かれている。
[武田正倫]
カニ類は、淡水域、汽水域、潮間帯、浅海から水深4000メートルの深海まで生息域が広い。水平分布も広く、温帯から熱帯にかけての潮間帯、サンゴ礁、大陸棚にすむ種がとくに多い。一般に単独生活であるが、干潟に群生する種もあり、そのなかには求愛行動の発達した種もある。大部分は自由生活であるが、カクレガニ類などは、二枚貝類をはじめ多くの動物に取り付いて生活している。自由生活をする種にも、生息場所や生活方法、およびそれらと形態との関連において興味深いものが多い。たとえば、動きの遅い種はなんらかの方法で身を守らなければならないが、ヘイケガニ類は縮小した後2対の脚で二枚貝の殻を、カイカムリ類はカイメンや群体ボヤを背負っている。また、クモガニ類の甲面には鉤(かぎ)形の毛が生えており、これに海藻やカイメン、ごみなどをつけてカムフラージュするが、なかにはコノハガニなどのように付近の海藻に似た色や形をし、保護色や擬態といえるような例もある。オウギガニ類も小石のような色や形をしているが、取り上げると、はさみ脚や歩脚を縮めて擬死をする。コシマガニなどのように歩脚や甲に数個のイソギンチャクをつけていることもあり、キンチャクガニ類は両方のはさみにイソギンチャクを挟んでいて、外敵に対して振り上げる。サンゴ礁にすむカニ類とサンゴとの関係は複雑で、イシサンゴの根元のすきまを隠れ場所とするだけでなく、サンゴガニ類などは生きているイシサンゴの樹間にすみつく。さらにサンゴヤドリガニ類は樹状のイシサンゴにこぶをつくらせて内部にすみつき、あるいは塊状のイシサンゴに穴をあけてすむ。
カニ類中でもっとも視覚が鋭く、運動もすばやいのはスナガニ類で、典型的な横ばいである。歩脚が幅広く、各節が一面で関節しているために動きが一方向で、さらに各歩脚が前後に接近しているため、左右への運動が自然である。しかし、体壁へ関節する部分だけはやや自由がきき、したがって前や斜め前方へも歩くことができる。クモガニ類やコブシガニ類など歩脚が管状の種類では、ゆっくりではあるが、前や斜めの歩きが自然である。
[武田正倫]
カニ類は、ノープリウス期を卵内で過ごし、ゾエア幼生として孵化(ふか)する。典型的なゾエア幼生は1本ずつの額棘(がっきょく)と背棘、左右に1本ずつの側棘をもっており、走光性を示しながら、顎脚の遊泳毛と腹部の働きによって活発に運動する。一般に約1か月間に2~5回の脱皮をしてカニ型のメガロパ幼生となり、続く脱皮で稚ガニとなって底生生活に移る。淡水産のサワガニ類は直接発生で、幼生期をもたない。
カニ類の成長は脱皮によるが、成長しても、小形種で1年に2、3回、大形種で1回ほど脱皮をする。また、事故で失った付属肢も脱皮の過程で再生してくる。
[武田正倫]
漁獲されるカニ類で、種名がわかっているのは漁獲量の約半分である。アメリカの大西洋岸、メキシコ湾を主漁場とするブルークラブ(アオガニ)がもっとも多く、この種が属するワタリガニ科のカニ類だけで世界の漁獲量の半分ぐらいを超えると推測される。それに次いで、ズワイガニ属、タラバガニ属(カニ形のヤドカリ類)、イチョウガニ属の順に多い。ワタリガニ科が暖水性であるのに対し、後記の3属のカニ類は冷水性であり、主漁場はズワイガニ属がアラスカ西岸沖、カナダ北・東沖、ベーリング海西部、オホーツク海、日本海で、漁場の水深は30メートルからベニズワイガニのように1500メートルに達する種もある。タラバガニ属はアラスカ西方、カムチャツカ半島西方、ベーリング海西部の各大陸棚が、イチョウガニ属はアラスカ太平洋岸、イギリスとフランス付近水域がそれぞれ主漁場である。
日本では、ベニズワイガニ、ズワイガニ、ガザミ、ケガニ、ハナサキガニ(カニ形のヤドカリ類)の順に漁獲量が多く、ほかにオオズワイガニ、キタイバラガニ(カニ形のヤドカリ類)、オオエンコウガニ(マルズワイガニ)を海外漁場で漁獲している。1921年(大正10)以来伝統的な日本の母船式タラバガニ漁業は、米ソ両国の規制により1975年(昭和50)に壊滅した。主漁具には、餌(えさ)を中へ入れて落とし込む籠(かご)、海底を袋状の網で引く底引網、網でからめとる刺網がある。籠はもっとも広く使われ、カニ資源の再生産力を有効に利用することもできる。美味で高価であるため、乱獲されがちなカニ資源回復の対策として、人工種苗を育成して稚ガニを放流したり、漁業が制限されている種も多い。また、ワタリガニ科の種類には成長が早いことから、養殖されている種もある。
[笹川康雄・三浦汀介]
カニは貝とともに、比較的捕獲しやすい生物であり、味もよく、調理も簡単であるので、食用についてはおそらく古代から行われていたと思われる。しかし、カニを食べた記録は、貝や動物の骨のように貝塚などに残らないため、はっきりした証拠はない。文書にみられる記録としては、平安時代に書かれた『和名抄(わみょうしょう)』にカニの名前が登場する。
カニ類は特有のうま味をもっている。これは、アルギニン、グリシン、グルタミン酸などのアミノ酸およびベタイン、ホマリンのようなエキス分が多いためと考えられる。カニはゆでると赤くなるが、これはアスタキサンチンという赤い色素のためである。アスタキサンチンはカニが生きているときは、タンパク質と結び付いて青黒い色をしているが、加熱するとその結合が切れ、赤色になる。肉は雄のほうが味がよいが、雌も卵をもっている時期にはうま味が増す。なまのものはいたみが早いので、塩ゆで、冷凍などにして売られていることが多い。生きているものは動くことにより急速に味が落ちるので、買うときは足をきっちりとくくったものがよい。塩ゆでは、カニを水に入れ、塩を加え、落し蓋(ぶた)をしてゆでる。普通、動物性食品をゆでる場合、熱湯に入れるが、カニの場合は暴れて足が落ちるので水から入れる。冷凍品は熱湯でゆでる。
カニは塩ゆでしたものを二杯酢で食べると味がよい。このほか、鍋物(なべもの)、サラダ、グラタン、炒飯(チャーハン)、芙蓉蟹(フーヨーハイ)などの料理に幅広く用いられる。甲らの中の臓物も濃厚で特有の味がする。甲らに熱燗(あつかん)の酒を注いで甲ら酒にする。また、肉を甲らに詰め、コキール風に蒸したものを甲ら蒸しという。サワガニは丸ごとから揚げにする。がにまきは淡水産のモクズガニを使った福島県の郷土料理で、甲ら、足など全体をよくすりつぶし、みそを加えてどろどろにしたものを熱湯の中にすこしずつ落とし、ネギや豆腐を入れ、酒としょうゆで味つけをする。加工品としては缶詰のほかかにうに(カニの甲らをなまのままはがし、卵のみを集めて10%程度の食塩を混ぜ、練りうにのように調理したもので、兵庫県丹後(たんご)の名産品)、がんづけ(シオマネキを殻付きのまますりつぶし、塩、唐辛子で調味してみそのように加工したもので佐賀県の名産品)などがある。また、加工品のカニみそには、カニの内臓を調味したものと、カニ肉を加えた練りみそタイプとがある。
[河野友美・大滝 緑]
『古語拾遺(こごしゅうい)』に、豊玉姫(とよたまひめ)が皇子を産んだとき、産屋(うぶや)にいたカニを箒(ほうき)で掃いたことから宮中の清掃作業にあたる職を蟹守(かにもり)といい、掃部と書いてカニモリ(カモン)と読むようになったとある。また、赤子が生後初めてする糞(ふん)を蟹屎(かにくそ)(カニババ)、貴人の産衣(うぶぎ)を蟹取(かにとり)というが、沖縄や奄美(あまみ)大島では、生後3日目の命名式に赤子の顔の上を布で覆ってカニをはわせ、成長を祈る風習がある。これは、カニが脱皮するので、再生するという信仰と結び付いているものと思われる。長野県小県(ちいさがた)郡などには「蟹の年取」という正月行事があり、サワガニを串(くし)に刺して戸口に挟んだり、「蟹」の字や絵を張って流行病除(はやりやまいよ)けなどにするが、このほか各地で鬼面(きめん)蟹、平家蟹、武文(たけぶん)蟹、島村蟹などとよばれて戸口の魔除けとされ、伝説も多い。『日本霊異記(にほんりょういき)』や『今昔物語』には、助けたカニがヘビから救ってくれるという話があり、京都府木津川(きづがわ)市山城町綺田(やましろちょうかばた)の蟹満寺(かにまんじ)の縁起にもなっている。また昔話の「猿蟹合戦」は室町時代末期に成立したものであるが、類話はアジア、ヨーロッパに広く分布している。
[矢野憲一]
東南アジアではカニは大地の神話に登場し、カニが海水や大地を支配するという観念がある。たとえば、インドシナ半島のバナル人にはカニが水をよんで洪水を起こしたという神話があり、マレー人は、大海の中央にある大木の根元に住むカニが穴の外へ出ると干潮、戻ると満潮になると伝える。フィリピンのマンダヤ人では、地中のカニがウナギを挟むと、ウナギが暴れ、地震が起こるという。
カニは死の起源神話ともかかわっている。スマトラ西岸のニアス島に伝わる創世神話では、月からきた最初の人間がカニを食べずにバナナを食べたため、人間は植物のように死ぬという。脱皮して生まれ変わるカニに、生命の永遠性を感じた信仰である。このほか、南太平洋の島々にはカニを神の姿とし、あるいは禁食する信仰も広く分布している。また、カニがお産の神であるという信仰はアイヌにもあり、これは日本の蟹守信仰と共通している。
[小島瓔]
『武田正倫著『カニの生態と観察』(1978・ニュー・サイエンス社)』▽『酒井恒著『蟹・その生態の神秘』(1980・講談社)』▽『日本水産学会編『かご漁業』(1981・恒星社厚生閣)』▽『武田正倫著『エビ・カニの繁殖戦略』(1995・平凡社)』▽『『カニ百科――生態・種類・飼い方・標本の作り方・料理』(1995・成美堂出版)』▽『小野勇一著『干潟のカニの自然誌』(1995・平凡社)』▽『橘高二郎・隆島史夫・金沢昭夫編『エビ・カニ類の増養殖――基礎科学と生産技術』(1996・恒星社厚生閣)』▽『『サライ』編集部編、本多由紀子著『カニ食大図鑑』(1998・小学館)』▽『朝倉彰編著『甲殻類学――エビ・カニとその仲間の世界』(2003・東海大学出版会)』▽『大富潤・渡辺精一編、日本水産学会監修『エビ・カニ類資源の多様性』(2003・恒星社厚生閣)』
甲殻綱十脚目短尾亜目Brachyuraに属する節足動物の通称。長尾類(エビ類),異尾類(ヤドカリ類)に対応して短尾類と呼ばれる。十脚目の細分に関しては研究者の間で異論があり,エビ類の多くを遊泳亜目,エビ類のうちのイセエビ類やザリガニ類およびヤドカリ類とカニ類をまとめて歩行亜目とする分け方もある。これに従えば,エビ,ヤドカリ,カニという分け方は単に便宜的なものにすぎない。しかし,一般には受け入れられやすく,遊泳類,歩行類という分け方では,いわゆるエビ類が二つに分けられてしまうため感覚的に抵抗感がある。比較形態学的な考え方に立てば,例えば下等なカニ類とされるアサヒガニやカイカムリ類では雌の生殖孔がヤドカリ類やエビ類と同様に第2歩脚の底節に開口し,胸甲に開口する真のカニ類とは明らかに異なる。言い換えれば,“カニ類”という一つの群は一般的な外形からはまとまりがあるが,系統学的には受け入れがたい面がある。
カニ類は十脚目の中で形態,生態とももっとも変化に富んでいる。頭胸甲は1枚の甲で覆われているが,その形態は造形的に可能なあらゆる変異が見られるといっても過言ではない。甲面は完全に滑らかで光沢のあるものから,多くの甲域に細分され,大小の粒,とげ,棘毛(きよくもう),羽状毛などに覆われるものまで著しく変化に富む。甲域は内臓諸器官の位置を示しており,胃域,心域,腸域,鰓域(さいいき)などと呼ばれるが,その形状は分類学上のとくに重要な特徴である。付属肢は他の甲殻類と同様で,頭部付属肢は第1,2触角,大顎(だいがく),第1,2小顎であるが,エビ類などと違って第2触角の退化傾向が著しく,単なる短いひげとして残っているにすぎず,触角本来の働きはしない。大顎,第1,2小顎は口器の一部になっている。胸部付属肢は口器に加わる第1~3顎脚(がつきやく),はさみ脚,第1~4歩脚の8対である。口器の形態は先方にとがっている場合と四角形の場合があり,口を閉じる第3顎脚の形態は系統学的にも重要な意味をもっている。はさみ脚は捕食,採餌,闘争,防御などに使われる。はさみの形態は食性などと密接な関係があり,ワタリガニ類のように鋭い歯をもつ捕食型から,多くのスナガニ類のようにスプーン状にへこんでいるものまで多様である。一般的に雄のはさみ脚が大きく,そのうえ,左右の大きさを異にすることも多いが,シオマネキ類の雄のように極端に大きさが異なるのは例外的である。テナガコブシガニ,タカアシガニ,エンコウガニなどでは,雄の二次性徴としてはさみ脚が異常に巨大化するが,これは雄としての単なる象徴ではなく,交尾の際に雌を抱きかかえるのに有効である。4対の歩脚は一般に単純な棒状であるが,最後の1~2対が泳ぐためや砂に潜るため,あるいは他の目的のために変形していることも少なくない。腹部の筋肉は退化していて,体の下側に折りたたまれており,エビ類のような運動器官としての用はなさない。雄の腹部は幅が狭く,種によっては数節が融合しているが,雌の場合はほとんど例外なく7節からなり幅広い。腹肢は雄では2対あり,大部分の種では第1腹肢が長くて交尾器となり,第2腹肢は短くて補助器官として働くが,少数の種では第2腹肢が糸状に長い。交尾器は変異が少なく,とくに第1腹肢は重要な分類の目安になる。雌には腹肢が4対あり,いずれも内肢と外肢に枝分かれし,内肢の毛に卵が付着する。雄の生殖孔は第4歩脚の底節に開口するが,雌の生殖孔は真のカニ類では第2歩脚のある胸甲に開口する。
世界で約5000種,そのうち日本からは1000種あまりが記録されている。分類学的にはアサヒガニ群(アサヒガニ類),カイカムリ群(カイカムリ類),ホモラ群(ミズヒキガニ,ホモラ類),尖口群(カラッパ,コブシガニ,ヘイケガニ類),尖頭群(クモガニ,ヒシガニ類),ヒゲガニ群(イチョウガニ,ヒゲガニ類),方頭群(オウギガニ,ワタリガニ,イワガニ,スナガニ類),サンゴヤドリガニ群(サンゴヤドリガニ類)に分けられる。多くの種は一般に甲幅1~5cmであるが,歩脚が長いクモガニ型と短いオウギガニ型がある。最小の種は日本産のマメガニダマシで,甲幅2.8mm,はさみ脚を広げても1cmほどであるが,最大の種は日本特産のタカアシガニで,甲幅30cm,雄がはさみ脚を広げると3mを超える。なお甲幅だけではオーストラリアオオガニが60cmで最大。
カニ類は一般に温帯から熱帯にかけての潮間帯,サンゴ礁,大陸棚に多いが,河口やその付近の湿地,淡水域,深海にすむ種もかなりの数にのぼる。多くは単独生活者であるが,他の動物と共生,寄生関係にある種も少なくなく,その場合はむしろカニ類が他の動物を利用するものであるが,寄生を受ける例もかなりある。動きのにぶい種は岩の割れ目に潜り込むだけでなく,カイメンや群体ボヤを背負ったり,海藻を積極的につけてカムフラージュしたり,イソギンチャクをつけて防御したりする。また,体の形態そのものが周囲の岩や海藻の擬態となっていることも多く,そのうえ,擬死などの習性をもつものもある。
カニ類中でもっとも視覚が鋭いといわれるのがスナガニ類で,その運動法は典型的な横ばいである。歩脚の幅が広く,各節は一平面での屈伸だけが可能で,そのうえ,各歩脚が前後に接近しているため,左右への動きがもっとも自然なのである。水中を活発に泳ぐワタリガニ類においても,遊泳脚の構造は歩脚と基本的に同様であるため“横泳ぎ”である。歩脚の体壁への関節はわずかながら回転運動が可能で,前後あるいは斜めにも少しは歩くことができる。歩脚の断面が丸いクモガニ類やコブシガニ類は前にも斜めにも歩くことができるが,いずれも動きが遅い。アサヒガニやキンセンガニ類の歩脚もワタリガニ類の遊泳脚のように平板状であるが,これらはむしろ後ずさりして砂に潜るのに使われる。
カニ類はノープリウス幼生期を卵内で過ごし,ゾエア幼生で孵化(ふか)するのが一般的であるが,淡水生活に適応しているサワガニ類のみは稚ガニが孵化する直接発生である。ゾエア幼生は1本ずつの額棘(がつきよく)と背棘,左右に1本ずつの側棘を備えるのが典型的体制であるが,それぞれの有無は種によって異なる。ゾエア幼生は走光性を示しながら,顎脚の遊泳毛と腹部の屈伸運動によって活発に遊泳する。種ごとにほぼ一定の2~5回の脱皮の後にカニ型のメガロパ幼生となり,続く脱皮によって稚ガニに変態して底生生活に移る。直接発生のサワガニ類は卵が大きく,そのかわり50個内外であるが,海産の大型カニ類では100万個にのぼる。雌ガニは卵を約1ヵ月間抱き,とくに河口域にすむアカテガニなどは月の周期(満月か新月の日没と満潮が重なる時刻)に合わせて放卵する。
成長は脱皮によって行われるが,幼時には数週間の間隔で,成長すると小型種で年に2~3回,大型種で1回程度である。甲の後端と腹部の間の縫合線が破れ,新しい軟らかい体が後方に抜け出る。水分を吸収して大きくなるが,体の部分によって硬化する速さが異なる。イワガニなどでは完全に元の硬さに戻るのに約1ヵ月かかる。この間がカニ類にとって外敵に襲われやすい危険な時期で,脱皮のときに,自切したはさみ脚や歩脚が再生する。
石などが落ちて脚が傷つけられたりすると,付け根近くの基節と底節の間にある特定の脱落面で脚を切り落として体液の流出を防ぐ。これは防護自切と呼ばれるが,一方,外敵に脚をつかまれたときに切り落として逃げるのが逃避自切である。いずれにしても,脱落面に再生芽ができ,数回の脱皮の後に原形に復する。成体ではさみ脚の大きさが異なる場合,大きいほうを失うと反対側が代償的に大きくなるが,シオマネキ類の雄の場合は別で,再生によって左右の大小が逆転することはない。
日本で産業的に漁獲対象とされているのはズワイガニ(ベニズワイガニを含む),ケガニ,ガザミだけであるが,地方的に食用とされる種は数多い。ガザミは養殖が試みられているが,稚ガニが共食いするため,クルマエビのような完全養殖は産業的には成立しがたく,現在では放流によって天然種苗を補っている。
執筆者:武田 正倫
縄文時代から日本人がカニを食べていたのはいうまでもない。《古事記》には応神天皇の食膳に〈角鹿(つぬが)(敦賀)のカニ〉が供されたことが見え,《万葉集》にはこれも天皇に進めるため,ニレの樹皮をつきこんだ塩汁をぬってカニを干物にするという歌がある。こうした塩干品と塩辛が多かったのではないかと思われるが,《延喜式》に摂津の贄(にえ)として見える擁劔は,あるいはゆでただけのものであったかもしれない。擁劔は〈かざめ〉で,いまのガザミである。《和名抄》では擁劔は〈亀貝類〉に分類されており,そこにはほかに蟹,石蟹などのほか,寄居子と書いて〈かみな〉と読むものが見られる。これは〈がうな〉ともいい,ヤドカリである。ヤドカリは室町末期までは貴人の食膳にのぼっていたのだが,どういうものか江戸時代に入るとまったく姿を見せない。理由はまだわからないが,食品として忌避されるようになったようである。
執筆者:鈴木 晋一 食物としてエビと並称され美味であるが縁起物として祝膳に上ることはない。甲羅を脱いで再生することから奄美・沖縄地方には出産時にこれをはわせて幼児の成育を願う習俗があり,またその甲羅の模様が人の顔に似ていることから怨念ある死者の再来とも説明された。平家蟹が水没した平氏の霊の生まれかわりとされ,武文蟹も同じくこの名の死者の姿と説かれる。正月にサワガニを門口にかけて守とする風習も強力な霊によって悪疫や災魔の侵入を防ぐ意味と見られる。さらに,《日本霊異記》や《今昔物語集》に見える蟹満寺の伝説はカニに恵みを与えた女性が蛇におそわれ死に瀕(ひん)したとき,恩を受けたカニが集まって蛇の身体をはさみ,これをたおしたというもので,カニを霊ある動物と考え,また悪を避けるものと見ていた。しかし,他方で海浜の農民は田のあぜに穴をあけ作物を害するのでこれをきらっている。
執筆者:千葉 徳爾
西欧の占星術には〈巨蟹宮〉としてカニが登場する。その属性は水,支配星は月であるため,女性的性格,あるいは女性の生理の象徴とされる。同じく水を属性とするサソリ(天蝎宮)と対比されたため,太陽が巨蟹宮を通過するとカニはサソリに変身するとか,カニは蛇やサソリのかみ傷をなおすなどの俗信が生じた。太陽が巨蟹宮に入ると夏至になることから,カニは夏の到来,さらにこれ以後日が短くなるために〈死〉を暗示するイメージを伴うようにもなった。なお,癌を英語でキャンサーcancer(カニの意)と呼ぶのは,その患部がゴツゴツとしてカニの甲を思わせるためであろう。ギリシア神話では,ヘラクレスと闘う水蛇ヒュドラ(干ばつの象徴)に加勢し,英雄のかかとを挟んだ動物カルキノスKarkinosとして登場する。このカニは英雄に殺されるが,ヘラクレスを憎むヘラにより天に運ばれかに座とされたといわれる。
執筆者:荒俣 宏
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出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…金毘羅神には,魚介類に関する禁忌がある。カニを金毘羅神の使者として,信者は食べないという伝えは広い。カニを水の神の使者とする信仰の変化したものであるが,権現でも,カニを食べたあと50日は参詣してはならないという厳しい規定があった。…
…五大お伽噺の一つ。猿とカニまたはヒキガエルの間に起こる食物分配の不公平をめぐる物語と,優位者の猿を栗,針,ハチ,みそ,牛糞,臼などが,共同の力で懲らしめる物語から成る。カニが丹精して作った柿を一人占めにした猿を,懲らしめる話は,童話化して広く知られる。…
…輸入額が輸出額を超えたのは高度成長時の1971年である。所得増加を背景にした水産物需要の増加は,日本での漁獲高が少ないエビ,カニ,魚卵,マグロ等にも向かいはじめ最大の水産物輸入国であったアメリカを78年に追いぬいた。輸入品目としては,冷凍エビをトップ(輸入額の20%強)に近年伸びてきたマグロ(10%),サケ・マス(6%),イカ・タコ(6%)などとなっている(いずれも1995)。…
※「かに」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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