キキョウ(読み)ききょう

改訂新版 世界大百科事典 「キキョウ」の意味・わかりやすい解説

キキョウ (桔梗)
Japanese bellflower
Platycodon grandiflorum(Jacq.)A.DC.

オミナエシなどとともに秋の山野草を代表する草花。キキョウ科の多年草で,山の乾いた草地にふつうに生える。山上憶良の詠んだ秋の七草の中の〈朝貌(あさがお)の花〉はキキョウであるといわれている。

 垂直にのびる太い根がある。茎は高さ20~100cm。葉は互生または対生し,ときに3枚が輪生,長卵形で柄はなく,裏面は白色をおび,ふちに細かい鋸歯がある。花は茎頂に単生するかまたは数個が総状につき,8月から9月にかけて横向きの大きな花を開く。学名のPlatycodon(広い鐘)の示すとおり,花冠は広い鐘形で裂片は反り返る。開花前の花は花冠が閉じてふくらんだ風船を思わせるので,英名をballoon-flowerともいう。果実は蒴果(さくか)で,萼裂片の内側が5片に胞背裂開する。キキョウは日本全国に自生するほか,朝鮮や中国にも分布する東アジア固有の1属1種の植物である。ツリガネニンジン属やホタルブクロ属の植物と花の形はよく似ているが,これらの果実は萼裂片の下側の側壁が裂開する点で区別される。

 古くから観賞用,食用,薬用などに用いられている。江戸時代には八重咲品種や白色,青色,まだらの品種など多くの品種がつくられた。キキョウ科には珍しい浅黄色の花色もあったと伝えられる。文学作品では,《枕草子》にも草花の代表格として紹介されており,朝鮮ではキキョウをトラジといい,《トラジ》は朝鮮における代表的な民謡の一つである。

 根や若芽は食べられる。根の主成分はイヌリンで,若干の有毒成分サポニンを含むが,ゆでたあと水にさらせば揚物や煮物や漬物になる。重要な救荒植物でもある。根はまた薬用にもされる。去痰・解毒作用があり,他の生薬と配合して風邪,炎症,充血,肺膿瘍などに用いられる。
執筆者:

キキョウは,古くから薬用とされ,とそ屠蘇)の材料にも使われている。《延喜式》には下総,山城,大和その他多くの国からの貢納品とされている。ことに下総では〈桔梗(ききよう)あれども花咲かず〉といわれる〈咲かずの桔梗〉の伝説が残っている。伝説の一つによると,平将門が桔梗前というめかけの讒言(ざんげん)によって滅ぼされたが,そのために殺された桔梗前の霊のたたりでキキョウがあっても咲かないとされており,土地によっては桔梗の紋や文様さえも忌む風がある。関東地方を中心に,この伝説と結びついた桔梗塚や桔梗ヶ原という地名や遺跡が分布しているが,かつて流血のあった古戦場や刑場跡である例が多い。民間宗教者たちが,非業の死をとげた怨霊と,はかなさを象徴するキキョウの花とを結びつけ,この伝説を語り歩いたものらしい。
執筆者:

双子葉植物,約70属2000種があり,熱帯から寒帯まで世界中に広く分布している。たいてい草本であるが,中にはハワイ産のクレルモンティアClermontiaのような大木もある。通常,乳液を有し,葉はふつう互生するがときに輪生し,単葉で托葉はない。花は5数性,花冠は合弁,萼および花冠の裂片は5枚,おしべは5本ある。めしべは1個,子房は下位で中軸胎座に多数の胚珠がつく。果実は蒴果または液果を結び,種子に胚乳がある。花冠が放射相称で葯が離生する群をキキョウ科,花冠が左右相称で葯が互いに合生して花柱をとり囲む群をミゾカクシ科Lobeliaceaeとして二分することも多い。キキョウ科は,青紫または赤紫色,あるいは白色の比較的大きな花をつけ,じょうぶで栽培が簡単なので,カンパニュラの仲間をはじめとして多くの種類が園芸植物として親しまれている。中には,キキョウのように薬用としても重要なものもあり,クレルモンティアのようにとりもちをとる種類もある。
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「キキョウ」の意味・わかりやすい解説

キキョウ
ききょう / 桔梗
[学] Platycodon grandiflorus A.DC.

キキョウ科(APG分類:キキョウ科)の多年草。秋の七草の一つにあてられているが、古くはアリノヒフキとよばれ、山上憶良(やまのうえのおくら)はアサガオを秋の野の花とするので、『万葉集』に5首詠まれるアサガオはキキョウのことであるといわれている。茎は直立し、高さ0.4~1メートル、円柱形で傷つけると白い液を出す。根は太く黄白色。葉は互生し、長卵形ないし広披針(こうひしん)形、長さ4~7センチメートル、先はとがり、縁(へり)に鋭い鋸歯(きょし)があり、ほとんど無柄、下面は白緑色。茎の上部で分枝し、8~9月に数個の青紫色花を頂生する。花径は4~5センチメートル、鐘形の花冠は5裂し、5本の雄しべは花冠裂片と互生し、雄蕊(ゆうずい)先熟である。1本の雌しべは花柱の先端が5裂し、柱頭はその内側に位置する。蒴果(さくか)は上端が5裂し、中に黒色の種子が多数ある。日当りのよい山地、原野に生え、日本、朝鮮、中国、ウスリー川流域に分布する。花が美しいので園芸植物となり、二重咲き、白色花などもつくられている。

[長沢元夫 2021年10月20日]

薬用

根を桔梗(ききょう)と称して薬用にする。サポニンが多量に含まれており、近代医学では去痰(きょたん)剤として流エキスの形で使用する。セネガ流エキスよりも毒性が少なく作用は強い。漢方ではこのほかに排膿(はいのう)、鎮痛作用があるとして各種の腫(は)れ物、化膿性炎症、咽喉(いんこう)痛、肺炎、中耳炎などの治療に用いる。

[長沢元夫 2021年10月20日]

文化史

中国では古代から根を薬用に使い、『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』(500ころ)に載る。日本では『出雲国風土記(いずものくにふどき)』に桔梗の名があがるのが最初の記録で、キキョウの名は漢名の桔梗から由来し、梗は呉音でキョウと発音されて、キチキョウ→キッキョウ→キキョウと変化したと推察される。江戸時代に品種が分化し、当時は八重咲き、薄ねずみ色、黄花の記録も残る。

[湯浅浩史 2021年10月20日]


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デジタル大辞泉プラス 「キキョウ」の解説

キキョウ

キキョウ科の多年草。根は去痰、鎮咳作用があり生薬として使用される。表記は「桔梗」とも。

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世界大百科事典(旧版)内のキキョウの言及

【トラジ】より

…朝鮮民謡の曲名。トラジは朝鮮語でキキョウ(桔梗)の花を意味する。朝鮮半島では北部の山野に比較的多く自生する多年草で,初秋に幅ひろい白の花びらをもった花が咲く。…

※「キキョウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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