翻訳|ketone
有機カルボニル化合物の一種で、二つの炭化水素基と結合したカルボニル基をもつ化合物の総称。一般式R-CO-R'で表される。
[廣田 穰・末沢裕子]
RとR'がともにアルキル基またはアルケニル基などの鎖式の炭化水素基である場合に脂肪族ケトンといい、RとR'のうち一方または両方が芳香族基である場合には芳香族ケトンとよばれる。アセトンやメチルビニルケトンは脂肪族ケトンで、アセトフェノンやベンゾフェノンは芳香族ケトンである。このほかに、シクロアルカンの環を構成する炭素原子が、ケトンのカルボニル基になっている環式ケトンがあり、その代表はナイロンの原料として多量に使われているシクロヘキサノンである。アルデヒドとケトンは、ともにカルボニル基=Oをもつ点で類似しているので多くの共通した性質がみられる。 におもなケトンの性質と用途を示す。
[廣田 穰・末沢裕子]
ケトンは、基官能命名法とIUPAC命名法の2通りの方法で命名されている。基官能命名法では、R-C(=O)-R'の一般式で表されるケトンの名前は、R基の名前とR'基の名前を並べたあとに「ケトン」をつけて命名する。CH3-C(=O)-CH2-CH2-CH3の場合には、Rが-CH3(メチル)で、R'が-CH2-CH2-CH3(プロピル)であるので、「メチルプロピルケトン」と名づけられる。
IUPAC命名法では、ケトンのカルボニル基の酸素Oを置換基とみなして名前をつける。カルボニル酸素=Oを水素H2で置き換えた炭化水素の名前を基本として、語尾に「オン(-one)」をつけるのが原則である。カルボニル基の位置は、それが末端の炭素から何番目にあるかを表す数字で示す。たとえば、CH3-C(=O)-CH2-CH2-CH3では、カルボニル酸素を水素で置き換えた炭化水素はCH3-CH2-CH2-CH2-CH3、すなわち「ペンタン(pentane)」であり、カルボニル酸素は端から2番目の炭素についているので、名前は「2-ペンタノン(pentanone)」(「ペンタン」+「オン」を続けてペンタノン。英語ではpentaneの語尾の「e」をとってoneをつける)になる。
なお、古くから知られているアセトン、アセトフェノンなどいくつかのケトンは構造に由来しない固有の慣用名をもっている。
[廣田 穰・末沢裕子]
(1)カルボン酸塩の熱分解による製法 古くから知られているケトンの製法であり、木材の乾留により得られた木酢液から酢酸カルシウムをつくり、それを加熱、乾留する方法によりアセトンを得ている。
この反応には2価の金属であるカルシウム、バリウムなどの塩を用いるのがよく、ナトリウム塩ではメタンが生成し、アセトンは得られない。この合成法は環式ケトンにも応用することができ、アジピン酸と水酸化バリウムとの混合物を290℃ぐらいに加熱すると、シクロペンタノンが得られる( )。このほかのシクロアルノカンの合成にもこの反応が使える。
(2)第二アルコールの酸化 ケトンの製法として重要であり、通常の酸化剤を用いる方法、銅触媒を用いて脱水素を行う方法、およびアルミニウムtert-ブトキシドを用いるオッペナウワーOppenauer反応がこの部類に属する。
第二アルコールを酸化してケトンにするには、重クロム酸カリウム、過マンガン酸カリウムなど、多くの酸化剤を用いることができる。ケトンは酸化に対して抵抗性があるので、この酸化の反応はケトンの段階で止まる。第二アルコールの蒸気を銅または銅‐クロム酸化物触媒上を通すと、脱水素反応がおこり、ケトンができる。これは、アルコールから1分子の水素がとれる反応で、200~300℃で進行する。この反応は、工業的にシクロヘキサノールからシクロヘキサノンをつくるのに利用されていて、シクロヘキサンを酸化してナイロンの原料であるシクロヘキサノンを製造する工程の一部として組み入れられている。
(3)フリーデル‐クラフツ反応(アシル化)による芳香族ケトンの合成 芳香環の水素をアセチル基などのアシル基で置換する反応は、フリーデル‐クラフツ反応の名で知られていて、芳香族ケトンの便利な合成法として利用できる。
(4)β(ベータ)-ケトカルボン酸エステルの加水分解 β-ケト酸エステルの加水分解は、薄い酸または薄いアルカリを用いて行う場合と、濃い水酸化アルカリを用いる場合とでは生成物が異なり、前者ではケトンを生成するので「ケトン分解」、後者ではカルボン酸を生成するので「酸分解」とよばれている。
薄い酸または薄いアルカリによる加水分解では、まず、エステル基-COORの加水分解がおこり、β-ケトカルボン酸ができるが、この化合物は不安定で、すぐに脱カルボキシル化をおこして二酸化炭素が脱離してケトンになる。(ケトン分解)
濃い水酸化ナトリウムによる加水分解では、水酸化物イオンOH-はエステルとケトンの両方のカルボニル基を攻撃して、2分子のカルボン酸(RCOOH、CH3COOH)と1分子のアルコールR'OHに加水分解される。ケトンは生成しない。(酸分解)
(5)工業的に重要な合成法 ナイロンの原料として大量に生産されているシクロヘキサノンのほかに、工業的に製造されているおもなケトンは、アセトン、エチルメチルケトン、イソブチルメチルケトンの3種である。そのうちでは、アセトンがもっとも重要であり、工業的にはイソプロピルアルコールの脱水素、クメン法によるフェノール合成の副産物、プロピレンからグリセリンを合成する際の副産物、プロピレンの直接酸化などの方法により合成している。エチルメチルケトンは1-ブテンに水を付加させたのちに、得られた2-ブタノールを脱水素して合成する。
[廣田 穰・末沢裕子]
アセトン、エチルメチルケトンなどの低位の脂肪族ケトンは、特有なにおいをもつ液体で、水、アルコール、エーテルによく溶ける。しかし、鎖が長くなるにしたがって水溶性は減り、ジエチルケトンでは水100グラム中に4.16グラムしか溶けなくなり、ジプロピルケトンは水にほとんど溶けなくなる。高位の脂肪族ケトンは固体のものが多い。多くの芳香族ケトンは比較的融点が低い固体である。
[廣田 穰・末沢裕子]
ケトンはカルボニル基をもっているので、アルデヒドと同じようにカルボニル基への付加、隣接する活性メチレン基への反応などを行う。しかし、アルデヒド基-CHO(ホルミル基ともいう)をもたないので、アルデヒドのような還元性は示さない。
(1)酸化と還元 ケトンは酸化を受けにくく、過マンガン酸カリウムなどの普通の酸化剤では酸化されない。したがって、アルデヒドにみられたような銀鏡反応やフェーリング液の還元などの反応は示さない。ケトンを酸化してカルボン酸にする反応として重要なのは、水酸化アルカリとハロゲンを用いて、ケトンをハロホルム(一般式CHX3)とカルボン酸にするハロホルム反応である。
ケトンのカルボニル基の還元はいろいろな還元剤を用いて行うことができ、大きく分けると、ピナコール、第二アルコール、炭化水素の3種類の生成物が得られる( )。
ピナコールを生成する還元反応は、2分子還元とよばれるもので、アセトンの例について述べれば、ベンゼン中で乾燥したアセトンにマグネシウム(アマルガム化したもの)を作用させると、還元に伴い2分子が結合して、ピナコール(CH3)2C(OH)-C(OH)(CH3)2を生成する。
ケトンを第二アルコールに還元する反応は、ニッケルまたは白金を触媒とした水素添加、水素化アルミニウムリチウムなどの金属水素化物による還元など、いろいろな還元剤を用いて行うことができる。
ケトンのカルボニル基=Oを完全にメチレン基H2に還元して炭化水素にする方法としては、クレメンゼン還元とウォルフ‐キシュナー還元と二つの反応が知られている。前者は、亜鉛と塩酸によりケトンを還元する反応で、後者は、ケトンをヒドラジンと反応させて、ヒドラゾンとして水酸化カリウムなどのアルカリとともに180℃以上に加熱して分解する方法である。
(2)カルボニル基に対する付加 カルボニル基は、炭素が正電荷、酸素が負電荷をもつように分極しているので、いろいろなイオン性付加反応を受ける。これらの付加反応は、ケトンではアルデヒドに比べておこりにくくなっている。
ケトンに対するグリニャール試薬の付加は、第三アルコールの合成法として役だっている(
)。(3)いろいろなカルボニル試薬との縮合 ケトンのカルボニル基は、いろいろなアミン誘導体と縮合反応をおこして固体の誘導体を生成する。この反応は、アルデヒドやケトンのカルボニル基に特有なもので、カルボン酸やエステルはカルボニル基をもっていてもこの反応をおこさない。アルデヒドやケトンは、常温で液体の化合物が多いので、カルボニル試薬との反応により固体の誘導体をつくり、これをアルデヒドやケトンの定性分析や定量分析に利用している。アセトンを例にとって種々のカルボニル試薬との縮合生成物を
に示す。これらの生成物は固体であるので、融点により確認できる。(4)カルボニル基の隣の炭素原子上の水素の反応 アルデヒド、ケトン、カルボン酸、エステルなどのカルボニル基の隣の炭素原子(α(アルファ)-炭素とよぶ)についた水素は、カルボニル基が電子を引き寄せる性質をもっているので、その影響を受けていくぶん酸性である。水素の酸性は、β-ジケトンやβ-ケト酸エステルの二つのカルボニル基に挟まれたメチレン基では、さらに強くなる。代表的なβ-ジケトンであるアセチルアセトンでは、酸性が強くなっているので、ナトリウムエトキシドとの反応により容易に塩をつくり、この塩とハロゲン化アルキルとの反応やこの塩とアルデヒドとの縮合反応を利用して種々の誘導体を合成できる。
[廣田 穰・末沢裕子]
同じ分子内に二つのケトンのカルボニル基をもつ化合物をジケトンという。
ジアセチルおよびベンジルのように二つのカルボニル基が隣接するジケトンをα-ジケトン(または1,2-ジケトン)とよぶ。この種のジケトンでは二つのカルボニル基が共役の位置にあるので黄色い色をもっている。α-ジケトンは多くの場合正常なケトンの反応を示す。α-ジケトンに特有な反応としては、過酸化水素水により二つのカルボニル基を結ぶC-C結合が切断されて2分子のカルボン酸を生成する反応(次式)がある。
二つのカルボニル基の間に一つの炭素原子-CH2-をもつケトンをβ-ジケトン(1,3-ジケトン)という。β-ジケトンでは二つのカルボニル基の間に共役の効果はみられず無色である。β-ジケトンの代表はアセチルアセトンで、この化合物の中央(3-の位置)のメチレン基の水素は速やかにカルボニル基の酸素上に移動することができるので、ケト形とエノール形の両方の形(互変異性体)で存在することが可能で、両者の間には平衡が存在している( )。エノール形ではケトンのC=O基とエノールのC=C結合は共役できる位置にある。エノール形が実際に存在することは塩化鉄(Ⅲ)による発色反応で証明できる。
二つ以上の炭素原子に隔てられた二つのカルボニル基をもつジケトンでは、それぞれのカルボニル基は独立に正常のケトンとしての反応を示すことが多い。
[廣田 穰・末沢裕子]
食品では、乳製品の香り成分にメチルケトン、ジアセチルなどのケトン類が含まれ、チーズや加熱した乳製品のフレーバー(風味)に関係している。また、合成着香料のなかにもケトン類のものがある。
[山口米子]
人体では脂質の分解物としてアセトンなどのケトン体があり、絶食時や糖質の利用が低下した糖尿病患者ではエネルギー源になる。また、血液にケトン体が多くなった状態をアシドーシス(酸血症)といい、ケトン尿症が一つの症状として現れる。
[山口米子]
『塩田三千夫著『基礎化学選書4 官能基の化学』(1982・裳華房)』▽『日本化学会編『実験化学講座21 有機合成3 アルデヒド・ケトン・キノン』第4版(1999・丸善)』▽『日本化学会編『実験化学講座15 有機化合物の合成3 アルデヒド・ケトン・キノン』第5版(2003・丸善)』▽『Saul PataiThe chemistry of the carbonyl group(1966, Interscience Publishers, London and New York)』
カルボニル基C=Oをもつ化合物の総称。一般式RCOR′(R,R′はアルキル基,アリール基あるいは不飽和炭化水素基)。RとR′が同じときには単一ケトン,違うときには混成ケトンという。ケトンのIUPAC命名法では,対応するアルコールの語尾〈ル〉を〈ン〉にかえて呼ぶ。たとえば3-ペンタノールCH3CH2CHOHCH2CH3に対応するケトンCH3CH2COCH2CH3を3-ペンタノンと呼ぶ。慣用名では,カルボニル基に結合している2個の基を置換基とし,その後にケトンという語をつけて命名する。たとえば,3-ペンタノンはRがエチル基C2H5-であるのでジエチルケトンという。ケトンはカルボニル基の極性によって,分子量が類似した炭化水素より沸点が高くなる。またカルボニル基の酸素原子は水と水素結合を形成するため親水性を示し,低分子量のケトン(たとえばアセトン)は水によく溶ける。代表的なケトンには表に示すようなものがあるが,このほか天然にも香料として知られるムスコン,ジャスモンや,ステロイドホルモンであるエストロン,アンドロステロンがあり,また抗生物質,テルペンなどにも多く存在する。
ケトンのカルボニル基は,反応性に富み,グリニャール試薬と反応し第三アルコールとなる。
また還元されると第二アルコールを生成する。
ヒドロキシルアミンとはオキシムRR′CNOHを,また第二アミンとはエナミンRCHC(NH2)R′を生じる。このようなカルボニル基への反応のみならず,カルボニル基に隣接する炭素上の水素原子(α-水素)は,強い塩基により引きぬかれ,エノラートを生じる。
このエノラートは,アシル化剤,アルキル化剤,アルデヒドなどと容易に反応する。このようにケトンは重要な合成原料となるばかりでなく,アセトンなどの低級ケトンは溶剤として利用されている。ケトンとアルデヒドはともにカルボニル基をもち,互いに類似した点が多い。しかし,ケトンのカルボニル基の反応性は,アルデヒドと比べてやや低く,たとえばケトンは還元性を示さず,したがって弱い酸化剤に対しては安定である。しかし強い酸化剤では鎖が切れる。また一般に塩基によってアルデヒドのように重合物を与えることはない。低級ケトンでは2分子あるいは3分子で縮合する。
ケトンの一般的製法は,対応する第二アルコールの酸化,アシル化合物RCO-Xとグリニャール試薬などの有機金属試薬R′Mとの反応などが用いられる。
また芳香族ケトンは,塩化アルミニウムを触媒とするフリーデル=クラフツ反応によって,酸塩化物と芳香族化合物から合成される。
最も簡単なケトンであるアセトンは,プロピレンを塩化パラジウム触媒のもとで空気酸化することによって,工業的に製造されている。
執筆者:奈良坂 紘一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
カルボニル基が2個の炭素と結合したRCOR′の一般式で表される化合物をいう.RとR′とが同一の基である場合を単一ケトン,RとR′とが異なる場合を混成ケトンという.製法には,次の四つがある.
(1)第二級アルコールの酸化:
(2)カルボン酸カルシウムの乾留:
(RCOO)2Ca → R2CO + CaCO3
(3)酸塩化物,酸アミド,ニトリルなどとグリニャール試薬との反応:
(4)芳香族ケトンは,塩化アルミニウムの存在下で炭化水素に酸塩化物を作用させて合成される(フリーデル-クラフツ反応).
一般に芳香をもち,脂肪族ケトンは低位のものは水溶性の液体で,炭素数の増加とともに水に溶けにくくなり,高位のものは固体となる.芳香族ケトンは,一般に固体である.酸化剤に対しては安定であるが,硝酸などで強く酸化するとアルキル基とカルボニル基との間の結合が切れて,カルボニル基はカルボキシル基になる.還元すれば第二級アルコールとなる.芳香族ケトンは亜鉛アマルガムと塩酸で還元すれば炭化水素になる(クレメンセン還元).
カルボニル基に対して,グリニャール試薬やシアン化水素など求核試薬の付加が起こる.
R2CO + HCN → R2C(OH)CN
各種のカルボニル試薬と反応して結晶性の誘導体を生成する.たとえば,フェニルヒドラジンと縮合してフェニルヒドラゾンを与える.カルボニル基の隣りの炭素原子に結合する水素は活性で,ハロゲンなどで置換される.
RCOCH2R′ + Br2 → RCOCHBrR′ + HBr
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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