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ゴヤ ゴヤGoya y Lucientes, Francisco José de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゴヤ
Goya y Lucientes, Francisco José de

[生]1746.3.30. サラゴサ近郊フエンデトードス
[没]1828.4.16. ボルドー
スペインの画家,版画家。 1766年マドリードに出て宮廷画家 F.バイユーのもとで修業。 73年その妹と結婚してマドリードに定住。王立タペストリー工場のために制作した多くの下絵によって認められ,89年にはカルロス4世宮廷画家となる。 95年アカデミア総裁,99年首席王室画家となり,着衣および裸体の『マハ』 (マドリード,プラド美術館) をはじめ『カルロス4世とその家族』 (1800,同) など多くの傑作を制作。他方 1814年頃,反ナポレオン戦争中に主題を得た『5月2日の蜂起』や『5月3日の処刑』 (同) なども描いている。またすでに版画の連作『ロス・カプリチョス』 (1799) ,『戦争の惨禍』 (1863初刊) などによって,風刺的,幻想的傾向を強めていた彼は,「聾者の家」に隠棲していわゆる「黒い絵」の連作を描いた。その後弾圧を避けて 24年にフランスボルドーに亡命し,闘牛その他を描く。鮮明な色彩感,光の描写,鋭い現実直視と幻視性の結合などは,近代絵画への道を開いたものとされる。

ゴヤ
Goya

アルゼンチン北東部,コリエンテス州南西部の都市。州都コリエンテス南南西約 190km,パラナ川左岸に位置する河港都市。周辺の農業地帯の商工業中心地で,製材,製粉,なめし皮,食肉,乳製品などの工場がある。港からは柑橘類タバコ,綿花,米,アマ,家畜などを積出す。人口約3万。

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デジタル大辞泉の解説

ゴヤ(Francisco José de Goya y Lucientes)

[1746~1828]スペインの画家。宮廷画家として鋭い洞察力に基づく肖像画・宗教画・風俗画を描く一方、幻想的な作風をも示した。銅版画にもすぐれ、ナポレオン軍の侵入を描いたシリーズなどがある。

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百科事典マイペディアの解説

ゴヤ

スペインの画家,版画家。サラゴサに近いフエンデトードス生れ。初めマドリードでタピスリーの下絵を描いていたが,メングスに認められ1789年カルロス4世の宮廷画家となる。
→関連項目オランピアカリカチュアグラナドススロアーガプラド美術館ボードレールロマン主義

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世界大百科事典 第2版の解説

ゴヤ【Francisco de Goya y Lucientes】

1746‐1828
スペインの画家。サラゴサに近い寒村フエンデトードスに鍍金師の次男として生まれ,14歳ころからサラゴサで後期バロックの画家に教育された。独力でイタリアに留学(1769‐71)し,サラゴサでフレスコ画家として活躍した後,1773年に同郷の宮廷画家バイェウFrancisco Bayeu(1734‐95)の妹と結婚,以後マドリードに出て,義兄の助力で王室用タピスリーのための原画(カルトン)制作にたずさわった。

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大辞林 第三版の解説

ゴヤ【Francisco José de Goya y Lucientes】

1746~1828) スペインの画家。性格描写に優れた肖像画や、戦争の残忍さを告発する多くの作品を描く。光と影の巧みな描写はのちの印象派に影響を与えた。代表作に「裸のマハ」「五月三日の処刑」など。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のゴヤの言及

【スペイン独立戦争】より

…そして,1810年からカディスに召集された議会(コルテス)は,12年に自由主義の原則に基づくカディス憲法を作成・制定した。なおゴヤによって描かれた《戦争の惨禍》という一連のエッチングや,《5月2日》と《5月3日》の2点の絵は,この戦争中に示されたスペイン国民の愛国主義を不朽のものとした。【フアン・ソペーニャ】。…

【スペイン美術】より

…しかもスペインの場合,異なった文化原理は,ほとんどの場合に支配勢力の交代によってもたらされた。したがって新しい原理への交換は強烈であり,ゴヤが代表的な例であるように予想外の創造力を誘発することもある。またスペイン美術が,この国の歴史のように断続的なリズムを刻み,他のヨーロッパ諸国に例を見ないほど政治的・イデオロギー的な制約を受ける理由もそこにある。…

【銅版画】より

…風俗版画にA.ファン・オスターデ,風景にロイスダールJacob van Ruisdael(1628か29‐82),イタリア風の風景にブレーンベルフBartholomäus Breenbergh(1599‐1659以前),ボトJan Both(1610‐52),ベルヘムNicolaes Berchem(1620‐83),デュジャルダンKarel Dujardin(1622‐78),スバネフェルトHerman van Swanevelt(1600ころ‐55ころ),海景にド・フリーヘルSimon Jacobsz.de Vlieger(1600ころ‐53),ゼーマンReynier Zeeman(1623ころ‐67ころ)ら極盛期の観を呈する。スペインでは黄金時代の画家たちも余技程度にしか制作しないが,18世紀末にゴヤがアクアティントを併用しながら4種の大連作をつくり,19,20世紀に強い影響を与えた。各種の本の挿絵としても銅版画が用いられ,それらがエングレービングの体裁をとる場合にもしばしばエッチングによって版のおおよそをつくることが多かった。…

【風刺画】より

…これによって戯画とは気ままで放縦な遊びの絵画であり,真の芸術ではないと表明した。スペインの画家ゴヤは版画集《ロス・カプリーチョス(気まぐれ)》(1799)の中で,カリカチュアとそれによらない風刺画を組み合わせているが,全体として人間の無知,それに発する迷信,偏見,種々の悪徳,誤った教育,上流階級の傲慢さなどを鋭く暴露している。さらに死後発表された版画集《戦争の惨禍》で,ゴヤは単にナポレオン軍のスペイン侵略の記録というだけでなく,政治的迫害や腐敗した政府の破局への激昂を風刺版画に吐露した。…

【風俗画】より

…他方,シャルダンは《市場帰り》(1739)などで,ロココの貴族的な風俗画に背を向け,中産階級の地味な生活感情を謳歌した。スペインではゴヤが,1770~80年代に王立タピスリー工場のために精力的に下絵(カルトン)を制作したが,《瀬戸物売り》《凧上げ》《洗濯女たち》など,主として民衆の生活や娯楽に題材を求めた。 19世紀,とくにマネ,ドガ,ルノアールを中心とする印象主義の画家たちは,日本の浮世絵版画の描写する庶民の日常的動作から新鮮な刺激をうけた(喜多川歌麿の《山姥と金時》とドガの《髪を梳く女》など)。…

※「ゴヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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