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サケ・マス漁業 サケマスぎょぎょう

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百科事典マイペディアの解説

サケ・マス漁業【サケマスぎょぎょう】

サケ・マス類の漁獲を目的とする漁業。5月から8月にかけて,オホーツク海ベーリング海アラスカ湾といった北太平洋(北洋)をおもな漁場として操業する。大規模な船団を組んで流し網漁を行う母船式サケ・マス漁業をはじめ,単独の船による流し網漁業,はえなわ釣りで漁獲するはえなわ漁業などの沖取りと,産卵のために川を遡(さかのぼ)ろうとするサケ・マスを沿岸部の通路に網を仕掛けて漁獲する定置網漁業がある。
→関連項目日米漁業交渉日露漁業交渉

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サケ・マス漁業
さけますぎょぎょう

サケ・マス類を漁獲する漁業をいう。日本のサケ・マス漁業発展の過程は、毎年秋から冬にかけて河川に遡上(そじょう)する成魚を河川、河口、沿岸で漁獲する沿岸漁業と、基地を遠く離れた洋上で魚群(成魚、未成魚を含む)を漁獲する沖取り漁業の二つに分けられる。北海道の河川に遡上するサケ・マス類は、古くからアイヌ民族の重要な食糧として捕獲されていた。江戸時代に松前藩が北海道の開拓に着手し、稲作のできない北海道独特の場所請負制によって漁業経営を行ったことから大規模な漁業の形をとった。その年代は寛文(かんぶん)年間(1661~1673)とも1752年(宝暦2)ともいわれているが明らかでない。[三島清吉]

初期の漁業

文化期(1804~1818)には建網(たてあみ)が考案され、河川、河口から沿岸水域でもサケ・マス類を漁獲できることがわかり、漁具や漁法の改良によって多くの漁場が開発され、明治時代の中期まで隆盛をみた。しかし、乱獲と河床の荒廃によって漁獲は下降線をたどった。一方、1870年代(明治初期)に樺太(からふと)(サハリン)へ進出した一部の漁業者が沿海州まで進出し、ニシン、タラとともにサケ・マス漁業を行った。これは日本人による外地漁業の始まりとされている。これらの漁業者は、その後も買魚方式を主とする漁業を続けたが、1907年(明治40)日露漁業条約が締結され、競売方式により露領漁区を借地して行ういわゆる露領漁業(沿岸漁業)が軌道にのった。最盛期には、オホーツク海を取り巻く沿岸、東カムチャツカ沿岸などあわせて308漁区を経営したが、絶えずロシアの圧迫のなかで操業した。1919年(大正8)の漁業条約改定にあたって、沖合い公海においてもサケ・マス類が漁獲できることを実証し、改定交渉を有利に導くことをねらいとしたことから母船式サケ・マス漁業が生まれた。1933年(昭和8)には着業母船19隻を数える最盛期を迎え、前年から創始された北千島を根拠地とする流し網漁業、ソ連領沿岸漁業とともに、サケ・マス漁業は北洋漁業の代表的なものとなった。しかし、第二次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)によって、母船式漁業は1943年に出漁中止となり、露領借地漁業は1945年わずか34漁区の経営に終わり、敗戦の結果ソ連領277漁区、工場その他の施設を没収され、北千島根拠漁業の壊滅などによって、40年間にわたるソ連領を中心とする北洋サケ・マス漁業の歴史はその幕を閉じた。[三島清吉]

第二次世界大戦後の漁業

戦後マッカーサー・ラインにより、北洋海域における日本漁船の漁業活動は制限されたが、1952年(昭和27)対日平和条約の発効によって、いわゆる「マ・ライン」が撤廃され、母船式、基地独航方式、在来の延縄(はえなわ)漁業などによるサケ・マス漁業が復活した。母船式漁業は戦前と異なり、過去の調査資料も不備なアリューシャン海域に試験出漁したが、予想以上の好成績をあげ、1954年から本格的出漁に踏み切った。また、合成繊維流し網(アミラン)を取り入れたことによって、漁獲効率は急激に高まり、再開5年目にして北太平洋、ベーリング海、オホーツク海域あわせて16船団の規模にまで拡大発展した。ところが、1956年、ソ連はブルガーニン・ラインを設定して操業海域規制を宣言し、漁獲量の規則、オホーツク海域への出漁禁止(1959)など相次いで厳しい規制を打ち出し、これによって船団数削減を余儀なくされるに至った。[三島清吉]

200海里時代の漁業

年々の漁業交渉では、操業海域、漁期、漁具などの制限のほか、漁獲量の減少を強いられ、とくに1977年(昭和52)には、200海里漁業専管水域の設定ならびにサケ・マス類の母川国主義が唱えられるようになり、アメリカ、カナダ、ソ連3国による規制がいっそう厳しくなった。1978年以降は4船団(独航船172隻)にまで縮小され、基地独航方式流し網の減船、延縄漁業の禁止、多額の漁業協力金の支払いなど、北洋公海サケ・マス漁業は重大な危機にたたされ、母船式も1989年(平成1)を最後に幕を閉じた。1991年には国連で大規模な公海流し網の停止が採択、また1993年に北太平洋のサケ・マス類の保存に関する新たな条約が発効したことに伴い、公海におけるサケ・マス漁業は消滅した。現在は、日本とロシア間の協議に基づいてロシアおよび日本200海里水域においてサケ・マス流し網漁業が行われている。[三島清吉・小倉未基]

人工種苗放流

一方、北海道や東北地方の諸河川に回帰する日本起源のサケ・マス類は、年々回帰量の増大傾向がみられ、北洋漁場の低調さとは逆に、明るい見通しの資源として注目されるようになった。これは1877年(明治10)アメリカより導入した人工孵化(ふか)技術のたゆまぬ研究努力が結実したものとみられるが、1975年に史上初の大回帰量(1760万尾)を記録して以来、日本起源のサケ・マス類の、資源見直しの契機となった。1979年以降は年々2000万尾を超す来遊量を示し、1981年には2980万尾(10.9万トン)と記録を伸ばし、北洋海域許容漁獲量(4万2500トン)の2.5倍に及ぶ回帰状況を示すようになった。1990年代に入ると、さらに来遊量が増加、1996年(平成8)には8879万尾(26.6万トン)という史上最高量を記録した。2011年(平成23)の日本沿岸での漁獲量は4344万尾(13.1万トン)で、最近10年間の漁獲量は4344~7665万尾(13.1~25.6万トン)となっている。1985年以降ほぼ4000万尾以上の来遊が維持されているが、これは、親魚量の確保、孵化放流技術の革新、放流尾数の増加に加え、海洋生活期の環境条件などの複合した効果の現れといえよう。稚魚が降海し、親魚が遡上する河川および河口や沿岸水域の環境の保全、従来のシロザケ主体の放流実態から、カラフトマス、サクラマスをはじめ、そのほかのサケ属を含めた資源増大の方向への切り換えなど種々の漁業努力、研究、政策の効果といえよう。しかし、地球温暖化傾向下での放流適期の検討や遺伝的多様性の維持等、新たな課題もあがってきている。[三島清吉・小倉未基]

養殖

サケ・マス類は淡水および海面での養殖も長い歴史をもっている。1980年代以降は、ギンザケ・ニジマス・大西洋サケの海面養殖が日本、北欧、南米を中心に急増し、とくに大西洋サケの世界の養殖量は2010年には142万トンに至っている。日本の海面養殖はギンザケが中心であり、1991年には2.6万トンのピークがみられたが、海外養殖物との競合もあり、2010年は1.5万トン程度の生産となった。2011年には東日本大震災の影響で中心生産地(岩手・宮城県)の施設が大きな被害を受け統計収集も不十分で正確な数値は得られなかったが、2012年には1万トン近くに復旧した。内水面養殖はニジマスが中心であり、1990年代前半まで2万トン近い生産があったが徐々に減少し、2008年以降1万トンを切っている。[小倉未基]
『北洋漁業総覧編集委員会編『北洋漁業総覧』(1959・農林経済研究所) ▽日鮭連記念誌編纂委員会編『さけ・ます独航船のあゆみ』(1965・日本鮭鱒漁業協同組合連合会) ▽田口喜三郎著『太平洋産サケ・マス資源とその漁業』(1966・恒星社厚生閣) ▽谷川健一責任編集『日本民俗文化資料集成19 鮭・鱒の民俗』(1996・三一書房) ▽佐野蘊著『北洋サケ・マス沖取り漁業の軌跡』(1998・成山堂書店) ▽井田斉・奥山文弥著『サケ・マス魚類のわかる本』(2000・山と渓谷社) ▽前川光司編『サケ・マスの生態と進化』(2004・文一総合出版) ▽赤羽正春著『ものと人間の文化史 鮭・鱒 1、2』(2006・法政大学出版局) ▽小林哲夫著『日本サケ・マス増殖史』(2009・北海道大学出版会)』

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世界大百科事典内のサケ・マス漁業の言及

【日米加漁業条約】より

…また,〈抑止〉の対象となっていない魚種で2またはそれ以上の締約国が実質的に漁獲している魚種については,ある締約国の要請に基づき委員会が研究し,必要な保存措置を決定して勧告することとなった。その結果,日本のサケ・マス漁業は西経175度線以西に限定され,また,アラスカ湾における日本漁船によるオヒョウ(当初はアラスカ湾内ニシンも)の漁獲が禁止された。ところが,1977年2月にアメリカから200海里法(〈漁業専管水域〉の項参照)との不一致を理由に条約の終了が通告され,さらに条約の改正が提案された。…

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