コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 サンタマリアデルフィオーレだいせいどうSanta Maria del Fiore

世界大百科事典 第2版の解説

サンタマリアデルフィオーレだいせいどう【サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 Santa Maria del Fiore】

イタリア,フィレンツェの大聖堂。その巨大な円蓋は同市とそのルネサンス文化のシンボルとされる。聖堂の名(命名1412年)は〈花の聖母〉を意味し,中世の市名フィオレンツァ(花の町)に由来する。1296年,アルノルフォ・ディ・カンビオの計画にもとづき,サンタ・レパラータ旧大聖堂を取り壊して起工された。ラテン十字形平面をもつ3廊式教会堂であるが,八角形の大交差部を囲む方形祭室によって内陣と翼廊同形とした集中的構成はゴシック教会堂として前例のない斬新さを示す。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の言及

【アルノルフォ・ディ・カンビオ】より

…代表的彫刻作品は,オルビエトのサン・ドメニコ聖堂内の枢機卿デ・ブライエの墓所(1282ころ),およびローマのサン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ聖堂内の天蓋付き祭壇(1285)である。教会堂を飾る彫像と装飾の制作を通じて晩年には建築の設計に親しみ,招請されて移り住んだフィレンツェで,サンタ・クローチェ聖堂,サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の設計と工事を行った。ゴシック聖堂の垂直性を水平方向の広がりによって調和的に抑制した構成は,彫刻作品とも通じる特色である。…

【ジョット】より

…構図は古典的均衡を得,色彩は明るい光の下に微妙な諧調を作り,また調和に対する感覚が画面の隅々にまで配慮され,聖人たちのエピソードが穏やかに告げられている。晩年ナポリ王ロベール・ダンジューに招かれて遇され,34年にはフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂造堂主任建築家に選ばれている。〈バロンチェリの祭壇画〉をはじめ数点の祭壇画がこの期の彼の作に帰されているが,弟子や工房の手が相当に加わっている。…

【ドーム】より

…教会堂建築においてドームが帯びた天空の象徴としての意義は大きく,とくに東方教会では全宇宙の統治者キリストの座所の象徴性が重視され,燦然と輝くモザイク装飾とドームを中心とした教会堂の集中的構成によって,それが視覚化された。ブルネレスキによるフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドーム(15世紀,最大内径45m)は八角形のドラム(鼓胴部)に支えられる二重殻構造をとり,大小24本のリブの支持力とそれらを連結する水平アーチのアーチ作用を利用して仮枠を用いることなく建設された。ローマのサン・ピエトロ大聖堂のドーム(16世紀,設計ミケランジェロ,建設ジャコモ・デラ・ポルタ)もリブ式二重殻構造をとる。…

【ブルネレスキ】より

…初期ルネサンスを代表するイタリアの建築家。フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂中央ドームの建設者。公証人の息子としてフィレンツェに生まれ,絹織物業組合登録の金細工師として修業したのち彫刻家となる。…

※「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の関連キーワードサン・ジョバンニ洗礼堂[フィレンツェ]ミケロッツォ・ディ・バルトロメオアルノルフォ・ディ・カンビオドメニコ・ディ・ミケリーノルネサンス史(年表)フィレンツェ歴史地区パッツィ家の陰謀ルネサンス建築カンパニーレカントーリアブルネレスキギベルティジョットドゥオモバシリカロッビアドーム

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android