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シドニー Sidney, Algernon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シドニー
Sidney, Algernon

[生]1622. ケント,ペンズハースト宮
[没]1683.12.7. ロンドン
イギリスの政治家。レスター伯ロバート・シドニーの孫。詩人 E.ウォラーに「サカリッサ」 Sacharissaとうたわれた美女ドロシー (サンダーランド伯妃〈1617~84〉) の弟。清教徒革命議会軍として参加し,マーストンムーアの戦いで負傷した。 1646年下院議員,47年アイルランド騎兵軍司令官,48~50年ドーバー総督。 52年国務会議の委員に選ばれたが,翌年成立の護国卿政権に反対して辞任。 59年護国卿体制崩壊時に再び国務会議委員となり,大使としてデンマークにおもむいたまま王政復古を迎え,大陸に残留。 77年帰国。当時フランス王ルイ 14世から年金を受けたともいわれる。共和主義に近い思想をもち,シャフツベリー伯 (初代) の逃亡後,ホイッグ党指導者の一人になったが,83年ライ・ハウス事件に加担したとの疑いで G.ジェフリズに裁かれ,証拠不十分のまま反逆罪で斬首された。

シドニー
Sidney, Sir Henry

[生]1529.7.20. ロンドン?
[没]1586.5.5. シュロップシャー,ルドロー
イギリスのアイルランド総督。ジェントリーの家系に生れ,1556年より3年間義兄サセックス (伯) のもとでアイルランドの大蔵副総裁。 65年義兄の後任としてアイルランド総督に就任。 67年策略によりゲール最大の族長 S.オニール打倒に成功。 71年解任されたのち,75年再任されたが,勝手な課税強制で恨みを買い,78年解職された。

シドニー
Sidney, Sir Philip

[生]1554.11.30. ケント,ペンズハースト
[没]1586.10.17. アルネム
イギリスの軍人,政治家,詩人,批評家。名門の出身でエリザベス1世の寵臣。オックスフォード大学に学び (1568~71) ,F.グレビルや W.カムデンと交遊。大陸各地を旅行 (72~75) 。帰国の翌年エセックス伯ウォルター・ドゥブルーの知遇を得,その娘ピネロピー (ソネットの「ステラ」) を知った。 1578年文学者グループ「アレオパガス」に加わって E.スペンサーと親交を結び,この頃から「ステラ」にあてたソネットを書きはじめ,81年頃には妹のペンブルック伯夫人のために小説『アーケイディア』 Arcadia (90刊) を書きはじめた。 83年フランセス・ウォルシンガムと結婚。 85年フリシンゲン (オランダ) の総督となり,翌年ズトフェン救援軍に志願,9月 22日致命傷を受けた。瀕死の兵士に自分の水を与えた話は有名で,当時の紳士の理想像,騎士道精神の典型として敬慕された。その死は全国民から惜しまれ,スペンサー作の『アストロフェル』をはじめ 200編に上る哀歌が捧げられた。著書は2編の詩を除いてすべて死後出版。作品に,上記のソネット連作『アストロフェルとステラ』 Astrophel and Stella (91盗版,98正式出版) ,『詩の弁護』 (95,An Apologie for Poetrieと The Defence of Poesieの2版で出版) など。

シドニー
Sydney

オーストラリア南東部,ニューサウスウェールズ州州都。州東岸に位置し,オーストラリア最古・最大の都市で,メルボルンと並ぶ経済,文化の中心。ポートジャクソン湾南岸の都心部を中心に南はボタニー湾南岸およびリバプール,キャンベルタウン,西はパラマッタを経てブルーマウンテンズ山麓のペンリス,北はホークスベリー川にかけて広がる。1788年にイギリス軍人アーサー・フィリップによってオーストラリア最初の流刑入植地として建設され,オーストラリアの歩みとともに発展。ニューサウスウェールズ州の人口,商業,金融,工業などが著しく集中し,人口は州の約 60%,工業生産額は大半を占め,機械,繊維,食品加工のほか,近年は石油精製が重要。都心部には官庁や企業のオフィス,商店街が集中し,シドニー・オペラハウスをはじめ植物園,博物館,美術館,図書館などの文化施設や,1840年代建造の教会,酒場をはじめ多くの歴史的建造物や総督公邸,中央郵便局,市庁舎,州議会議事堂などがある。オーストラリアで最古・最大のシドニー大学(1850)など二つの大学やボンダイビーチも近い。湾の北側はハーバーブリッジや連絡船で都心部とつながり,タロンガ動物園,大学,マンリービーチのほか住宅地が広がる。南のボタニー湾岸には国際空港,重化学工業地区があり,湾口にはジェームズ・クック上陸記念碑がある。都市圏面積 1万2406km2。市域面積 26.7km2。都市圏人口 442万9034。市域人口 16万9501(2011)。

シドニー
Sydney

カナダ,ノバスコシア州ケープブリトン島北東岸にある都市。 1783年,アメリカ合衆国の独立に反対したニューイングランドの人々 (王党派) の避難地として建設され,1820年ノバスコシアに合併されるまでケープブリトンの首都であった。 18世紀初めスコットランド高地地方からの移民で人口が増加し,さらに 19世紀から始った製鉄業および石炭採掘で一層発展した。カナダの四大製鉄業地の一つで,グレースベイ,ニューウォーターフォードとともにシドニー工業地帯を形成している。大陸横断のカナダ国有鉄道の東の起点。人口2万 6063 (1991) 。

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デジタル大辞泉の解説

シドニー(Philip Sidney)

[1554~1586]英国の詩人政治家・軍人。文武にすぐれ、ルネサンスの理想的人物像の典型とされた。小説「アルカディア」、ソネット集アストロフェルとステラ」、「詩の擁護」など。

シドニー(Sydney)

オーストラリア南東部の商工業・港湾都市。ニューサウスウェールズ州の州都で、同国最大・最古の都市。石炭・肉類・羊毛などを輸出。人口、行政区440万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

シドニー

英国の政治家,共和主義者。第2代レスター伯の次男。ピューリタン革命に際して議会軍に参加,1644年マーストン・ムーアの戦で負傷し,翌年から議会の議員となる。国王処刑後の共和政期には国務会議の議員として共和政の確保につとめたが,1653年のクロムウェルの護国卿就任に反対して辞職し,故郷に隠棲。

シドニー

英国の詩人,軍人。エリザベス朝の典型的人物で文武ともにすぐれ,衆望を集めた。スペイン軍との戦いで戦死したが,臨終のとき部下にコップの水を譲った挿話は有名。ロマンス《アルカディア》(1590年),ソネット集《アストロフェルとステラ》(1591年)などがあり,《詩の弁護》(1595年)は詩論の古典。
→関連項目エセックス伯スペンサーディー

シドニー

オーストラリア南東部,ニュー・サウス・ウェールズ州の州都。ポート・ジャクソン湾に臨むオーストラリア最大の港湾都市。商工業,文化の中心。機械,化学,造船,織物,製糖,製粉などの各種の工業が集中し,羊毛,石炭,小麦,木材などの輸出港。
→関連項目サーキュラー・キーシドニーオリンピック(2000年)

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デジタル大辞泉プラスの解説

シドニー

《Sydney》オーストラリア海軍の航空母艦。建造中断となっていたイギリス海軍のマジェスティック級航空母艦「テリブル」をオーストラリアが買い取り、竣工させたもの。1948年就役。1950年代には国連軍に所属し朝鮮戦争に参加。1960年代には輸送艦としてベトナム戦争を支援。1973年退役。

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世界大百科事典 第2版の解説

シドニー【Sydney】

オーストラリア南東部,ニュー・サウス・ウェールズ州の州都で,同国最古・最大の都市。人口377万(1995)。平均気温は最暖月(1月)21.9℃,最寒月(7月)12.3℃,年降水量は1205mm。市街地はポート・ジャクソン湾の南岸に位置する都心部を中心に38の地方自治体にまたがって広がり,市街地面積は東京特別区部の約2.4倍に達する。シドニーの歴史は1788年同国最初の入植地として始まり,当時のイギリス内務大臣にちなんで命名された。

シドニー【Algernon Sidney】

1622‐83
イギリスの政治家。第2代レスター伯の次男。ピューリタン革命中は議会軍に参加し,共和制を支持して1652年国務会議の議員となったが,クロムウェルが護国卿に就任するとこれと対立,クロムウェルの死後スウェーデン公使となる。王政復古後亡命,77年帰国を許され,反国王活動を展開したが,83年ライハウス陰謀に荷担したとして処刑された。死後1698年に出版された主著《統治論》は民主主義政治論の古典のひとつである。

シドニー【Philip Sidney】

1554‐86
イギリスの詩人,作家。名門貴族の家柄に生まれ,深い古典の素養を積み,かたわら,ヨーロッパ各地の宮廷で新しい文芸や言語の知識にみがきをかけた。帰国後はエリザベス女王宮廷の華とうたわれる。政治面ではプロテスタント政策の推進者となり,文芸面ではルネサンス人文主義のイギリスにおける開花をうながした。詩人エドマンド・スペンサーや,哲学者ジョルダーノ・ブルーノと親交を結んだのもこのころである。ほかの文人たちにとっても強力な理解者であり保護者であった。

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大辞林 第三版の解説

シドニー【Philip Sidney】

1554~1586) イギリスの詩人・政治家・軍人。文武両道に秀で、世人の敬愛を集めた。詩集「アストロフェルとステラ」、散文「アーケイディア」、詩論「詩の弁護」など。

シドニー【Sydney】

オーストラリア南東部の港湾都市。ニューサウスウェールズ州の州都で、同国最大の商工業都市。羊毛・小麦・石炭などを輸出。世界三大美港の一。 〔「雪特尼」とも当てた〕

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世界大百科事典内のシドニーの言及

【オーストラリア】より

…西斜面はとくにゆるやかで,中央低地に連続する。東部高地の古生層にも西部台地の先カンブリア層に次いで金属鉱床の発達が見られ,またクイーンズランド中部およびニュー・サウス・ウェールズ中部の堆積層には主として古生代末期(二畳紀)に形成されたボーエン炭層およびシドニー炭層が見られる。さらにビクトリア東部の第三紀層では褐炭の埋蔵が知られている。…

【ニュー・サウス・ウェールズ[州]】より

…面積80万1600km2,人口617万(1996)。州都はシドニー。年降水量は海岸部(1000mm以上)から北西部の内陸(200mm以下)へと順次減少する。…

【エリザベス時代】より

… 散文の分野では,おびただしい量の宗教的著作と歴史編纂,航海記録と並んで,ホメロス,プルタルコスなど古典の翻訳が盛んにおこなわれる一方,現実社会の諸相を風刺的に描くパンフレットや,自然と人生の諸問題を哲学的に省察する文章も,多くものされた。また,華麗な文体で書かれたジョン・リリーの恋愛物語《ユーフュイーズ》やフィリップ・シドニーの牧歌的ロマンス《アーケイディア》はイギリス最初の小説として,1611年に公刊された《欽定訳聖書》とともに,文学史上特記さるべき地位を保っている。詩の分野では,絵画的描写と音楽美にあふれたエドマンド・スペンサーの長大な寓意叙事詩《神仙女王》が名高いが,ソネットをはじめとするさまざまな詩形の短い抒情詩も流行した。…

※「シドニー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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