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スイス文学 スイスぶんがくSwiss literature

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スイス文学
スイスぶんがく
Swiss literature

厳密にいえば,スイス固有の言語であるロマンシュ語 (レト・ロマンス諸語の一方言) で書かれた作品をさすが,広義では,スイスで使用されるドイツ語,フランス語,イタリア語や,この3言語それぞれのスイス方言を使って,スイス人によって書かれた作品を含む。したがってこの国の文学は,それぞれ隣接する同一言語圏の文学と密接な関係にあるが,同時にスイスの風土と人間に結びついた独自の文学を生み出した。 13世紀にハプスブルク家の支配に対抗して,「原初三州」の農民共同体から出発したスイスは,美しい自然に恵まれてはいるものの,平野と地下資源に乏しく,周囲の列強のなかで小さな国を維持するには,いきおい現実的にならざるをえない。スイスに写実主義が栄えて,ロマン主義は開花せず,すぐれた小説家や劇作家はいても,抒情詩人はまれであるということは,スイスの歴史的政治的背景に由来する。
スイスで生れた最初期の文学はラテン語で書かれたが,人口の約7割を占めるドイツ語による文学が,スイスにおいて最も重要なものといえる。 A.フォン・ハラーの『アルプス』 (1732) は,自然の美というより,それが人に及ぼす道義的影響,山間に住む人々の純朴さをたたえており,こうした傾向は,田園を背景に教育小説を書いた J.H.ペスタロッチ,教訓的な農民小説を書いた J.ゴットヘルフへとつながる。郷土愛とスイス建国の精神は,文学者に民衆教育者の役割を果させたが,同時にこれはスイスの小国民性,小市民性への辛辣な批判ともなった。 19世紀の G.ケラー,C.F.マイアー,20世紀の C.シュピッテラー,M.フリッシュ,F.デュレンマットらの時代に対する現実感覚は,15世紀にパロディ的な農民叙事詩『指輪』を書いた H.ウィッテンワイラー,13~14世紀宮廷抒情詩に対し庶民の生活を取上げたミンネジンガーの S.フォン・クリンゲナウや J.ハートラウプらの写実性にさかのぼるものであろう。スイスは地理上また言語上,ヨーロッパの各種文化の媒介者的位置を占めており,客観的な,視野の広い評論家,学者,随筆家が輩出したが,18世紀の J.J.ボドマー,J.J.ブライティンガー,19世紀の J.ブルクハルト,20世紀の M.リュヒナー,C.J.ブルクハルトらはその代表的存在である。フランス語系では,農民作家 C.F.ラミューズ,イタリア語系では,ティチーノの F.キエーザの名があげられる。ロマンシュ語による文学は中世に始り,そのほとんどは宗教関係のものであった。 1560年には新約聖書が翻訳され,政治的な種類のさまざまな歌謡も登場した。ロマンシュ語はグラウビュンデンのごく限られた地域でしか使用されていないため,ロマンシュ語による文学は当然ながら土着的であったが,19世紀に入ると,ロマンシュ語とロマンシュ語文学の擁護と振興を目指す運動が興り,20世紀には P.ランセル,A.カフリシュらが,地方的な名声以上のものを獲得した。
方言を大切にするこの国では,豊かな方言文学が存在する。社会での地位や教育程度にかかわりなく,方言を日常的に使用しているドイツ語圏において特に盛んで,それぞれの地方独特の慣用句の多さが,方言文学の多様性を一層広げている。一部の詩人は,高地ドイツ語と彼ら自身の方言の両方で創作した。 A.フライはアールガウ方言で詩集を出し,M.リーネルトはシュウィーツ方言で詩を書いた。 20世紀には R.フォン・ターウェルがベルン方言ですぐれた小説を書いた。シャフハウゼンでは A.ベヒトルト,ゾロトゥルンでは J.ラインハルトが方言を駆使して創作した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スイス文学
すいすぶんがく

スイスは多言語の国で、東部と北部と中部ではドイツ語、西部ではフランス語、南部ではイタリア語、南東部ではレト・ロマン語(レト・ロマンス語)が用いられている。したがって一つの言語に基づくスイス文学というものはなく、文学史的には、ドイツ、フランス、イタリアの各国文学史の一部として扱われることが多い。ドイツ語圏の文学は、ザンクト・ガレン修道院のノートカーによるラテン語文章の古高ドイツ語への翻訳にまでさかのぼることができるが、フランス語圏の文学は17、18世紀、イタリア語圏、レト・ロマン語圏の文学は、19あるいは20世紀になってようやく活発になる。[岩村行雄]

スイス文学の展開とその特徴

1648年、スイスは神聖ローマ帝国を離脱した。これはスイス文学の独自性を生み出す契機となった。しかしスイス文学の特徴である市民的モチーフや農民的モチーフは、ドイツ語圏では、すでにシュタインマルSteinmar(生没年不明、13世紀)やハートラウプJohannes Hadlaub(生没年不明、14世紀)のミンネザング(恋愛叙情詩)に現れ、中世末期のハインリヒ・ウィッテンウィーラーHeinrich Wittenwiler(生没年不明、14―15世紀)にも認められる。一方、ツウィングリやカルバンの影響を受けて、文学が宗教や政治と結び付き、宗教的・社会的機能を果たす伝統が形成された。18世紀、アルプスの詩人ハラー、批評家ボードマー、あるいはルソーらが活躍し始めるとともに、各言語間の枠を越えた統一的なスイス文学を求める声が盛んになった。その際、複数の言語と民族を統合する要素として、国家に帰属する市民の意識が強調された。ここに中世以来の諸要素が結合し、文学と社会、文学者と市民精神の問題がスイス文学の基本的な枠組みとなって今日に至っている。18世紀の教育家で小説も書いたペスタロッチから農民や市民を写実的に描いた19世紀のゴットヘルフやケラーに至るまで、作品は、この背景から生まれている。この逆の方向には、19世紀の市民社会から離れて自己の文学の完成を図った詩人・小説家C・F・マイヤー、孤高の人物を描く叙事詩人シュピッテラーらがいる。
 20世紀にはいってもこの傾向は認められ、イングリーンは前者に属し、一方傷ついた知識人を表現するツォリンガーや社会からの逃亡のなかに文学を実現するワルザーは後者に属する。ながくケラー文学がスイス文学の規範ともなっていたが、近年社会批判意識の先鋭化に伴ってむしろワルザーに未来の文学の可能性をみる見方が強まっている。
 ルソーや19世紀の小説家コンスタンHenry Benjamin Constant(1767―1830)、あるいは自己を凝視したアミエルらをもつフランス語圏では、20世紀に郷土スイスを意識した小説家ラミュが現れる。その一方では前衛的な小説家サンドラールやヌーボー・ロマンの創始者の一人パンジェが国境を越えて活躍した。
 スイス文学の一つの特質としてあげられるのは、ドイツ文学のシュトゥルム・ウント・ドラング、ロマン主義、表現主義などの運動を受け入れなかったことである。スイス人特有の現実感覚に基づくものと考えられるが、これはかならずしも閉鎖的であることを意味しない。文学間の活発な媒介者の機能を果たすことにもスイス文学の特質があり、18世紀のボードマー、スタール夫人以来の伝統であり、20世紀では批評家ベガンがその例である。[岩村行雄]

第二次世界大戦後の文学

ドイツ語圏の戦後の文学は、現代社会と対決する小説家・劇作家フリッシュと劇作家デュレンマットによって代表され、フリッシュの批判意識、アイデンティティの問題は次の世代に大きな影響を与えた。社会批判は1980年代には環境問題へと転換していくが、1960年代以降ムシュク、ワルターOtto F.Walter(1928―94)、ディッゲルマンWalter Matthias Diggelmann(1927―79)、ニツォンPaul Nizon(1929― )、ビクセルPeter Bichsel(1935― )、フェーダーシュピールJrg Federspiel(1931― )、レッチャーHugo Loetscher(1929― )らはそれぞれに批判の文学を構築し、その後にはE・Y・マイヤーE.Y.Meyer(1946― )、シュタイナーJrg Steiner(1930― )、ホーラーFranz Hohler(1943― )が続いている。これとならんで70年代には個人的テーマが浮上し、さらに死や病気がテーマとなる。ブルガーHermann Burger(1942―89)、ツォルンFritz Zorn(1944―76)らの問題である。これはシュテファンVerena Stefan(1947― )をはじめとする女性作家にも共通する問題で、女性文学が初めて展開をみせる。なかでもロイテンエッガーGertrud Leutenegger(1948― )は多様な手法を駆使して独自の文学空間を開いた。また詩の領域では、具体詩のゴムリンガーEugen Gomringer(1925― )、自然抒情(じょじょう)詩のブルカルトErika Burkart(1922― )が著名であるが、さらにマルティKurt Marti(1921― )らが外に開かれた方言文学を創造する運動を展開している。
 フランス語圏では、ゼルマッタンMaurice Zermatten(1910― )がラミュ以後の文学を代表し、シェセックスJacques Chessex(1943― )やサン・テリエMonique Saint-Hlier(1895―1955)が心理分析的な小説の伝統を受け継いでいる。内面性に傾く詩の流れを示すのはボアザールAlexandre Voisard(1930― )やジャコテPhilippe Jaccottet(1925― )である。またスタロビンスキーJean Starobinski(1920― )は批評の一つの到達点を示す業績をあげている。[岩村行雄]
『フィリッシュ著、中野孝次訳『ぼくではない』(1959・新潮社) ▽ヴィッテンヴァイラー著、スイス文学研究会編、田中泰三訳『指輪』(1977・早稲田大学出版部) ▽スイス文学研究会編、中村浩三他訳『スイス二十世紀短篇集』(1977・早稲田大学出版部) ▽スイス文学研究会編、堀内明他訳『スイス十九世紀短篇集』(1978・早稲田大学出版部) ▽スイス文学研究会編、田中泰三他訳『スイス詩集』(1980・早稲田大学出版部) ▽デュレンマット著、スイス文学研究会編、岩村行雄他訳『物理学者たち』(1984・早稲田大学出版部) ▽サンドラール著、生田耕作訳『世界の果てまで連れてって』(1989・白水社) ▽ヴァルザー著、飯吉光夫訳『ヴァルザーの小さな世界』(1989・筑摩書房) ▽スイス文学研究会編、杉本正哉他訳『スイス民話集成』(1990・早稲田大学出版部) ▽ヴァルザー他著、白崎嘉昭他訳『現代スイス文学三人集』(1998・行路社) ▽加太宏邦他訳『ラミュ短篇集』(1998・夢書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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