演劇において舞台で俳優がいうことば、およびそのために台本に書き記されたことば。前者には「科白」「白」、後者には「台詞」の文字があてられることが多い。話しことばとしてのせりふは演劇の始源から劇内容をつくりだすもっとも重要な基本的要素の一つであったが、それが文字に書かれることによって創作されるに至ったのは、ヨーロッパではほぼギリシア悲劇、日本では能からとされている。台本のない劇は口立て芝居とか即興劇などとよばれ、せりふのない劇は黙劇(パントマイム)とよばれる。
文学的に完結した台本は戯曲とよばれるが、その内容をなす話しことばには、人物相互の話し掛けと問い詰めによって発展する「対話」、1人だけの心情や意見を述べる「独白」、また他の登場人物には聞こえないこととして観客に語りかける「傍白」がある。なお、台本にないことばを俳優が即興で挟むいわゆるアド・リブがあり、日本の歌舞伎(かぶき)では「捨てぜりふ」がほぼこれにあたるが、古来俳優の上手下手を計る指標とされてきた。
日本語のせりふは「競り合う」からきたとの説があるほどだが、各人物が交互に自分の心情を高揚させて言い募り合うことが多く、ヨーロッパの意味における「対話」というよりは「独白」の集積に近い場合が少なくない。言語行動の対立的発展としての「対話」の不成立は、明治以後近代文学としての戯曲が志向されても容易に変質することがなかった日本のせりふの特質といってよい。
日本の代表的演劇とされる歌舞伎においては、せりふは三味線音楽にのせて歌うものから市井の生活そのままの写実的ないい方までさまざまな様式があり、形式にも、荒事(あらごと)などにおける極端に誇張した言い回しをする「長ぜりふ」や、数人が一続きのせりふを分担していう「割りぜりふ」、各人物が独自に語りながらそれらが組み合わされて一つの情景を描き出す「渡りぜりふ」など多くの種類がある。これらを言い分けるには朗々たる声と高度に鍛練された抑揚、呼吸、リズム、間(ま)などの自在な技術が必要である。ために、古来「一声二振三男(いちこえにふりさんおとこ)」と称し、演技術の第一はせりふの芸に置かれてきた。
ヨーロッパ近代劇を継承する新劇やそれを演技術のおもな基底とする映画、テレビ、ラジオなどのせりふの基本は、日常生活のリアルな物言いであるが、戯曲のせりふを単なる生活言語の模写を超えて文学としての文体を確立しようとする努力は、第二次世界大戦後に至ってようやくいちおうの結実をみる。せりふのいい方にも、翻訳戯曲の長いせりふを一気にしゃべり抜く「新劇調」や、生活感重視の「リアリズム調」、さらに日本語の音韻美尊重と雑多な方向が混在したが、1960年代以降、表現素材を絶叫やうめき声などにまで拡大しつつ、多くの前衛的実験が試みられるなかで、統一と新たな発展とが探られている。
[竹内敏晴]
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