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フランスの作曲家、教育家。南仏ビバレの貴族出身。幼くして両親を失って祖母に託され、音楽の手ほどきも受けた。1865年にラビニャックのもとで和声学を学び始め、ベルリオーズに傾倒して音楽家を志す。71年、フランス音楽復興のために創設された「国民音楽協会」の会員となり、パリ音楽院のフランクの下でオルガンを学んだ(1872~74)。76年、ワーグナーの『ニーベルングの指環(ゆびわ)』の初演を聴いてフランス独自の音楽の確立を決意。90年には国民音楽協会の会長となる一方、96年には宗教音楽復興のための「スコラ・カントルム」を創設するなど、近代フランス音楽黄金期の行動力ある推進役を務めた。作品はあらゆるジャンルにわたって多数あるが、セベンヌ地方の民謡を主題にした『フランスの山人(やまびと)の歌による交響曲』(1886)が有名。主著に『作曲法講義』全四巻(1903~50刊)がある。
[船山信子]
フランスの作曲家,音楽教育家。パリ音楽院でC.フランクに作曲とオルガンを学ぶ。国民音楽協会(1871設立)の主軸として,またスコラ・カントルム(1894宗教音楽団体として発足,96年音楽学校開設)の創設者として,第1次大戦前のフランス音楽界の中心的存在であった。ワーグナーに傾倒し,フランクの交響曲理念の信奉者であり,反ドビュッシー派の首領とも目された。代表作に民謡を素材とした《フランス山人の歌による交響曲》(1886)がある。
執筆者:片山 千佳子
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…一般に,男性の〈一分の隙もない身だしなみ〉〈伊達(だて)好み〉の気風や美意識を意味する語。ダンディズムの実践者はダンディdandyという。英語起源の言葉で,18世紀の終りころ新造語として登場,19世紀初頭から中葉にかけて広く普及し,ヨーロッパ諸国語においても用いられるに至った。…
…彼は自ら交響曲,協奏曲を書くとともに,声楽家R.ビュシーヌと語らって1871年〈国民音楽協会〉を設立,〈アルス・ガリカArs gallica(フランスの芸術)〉を旗印に掲げて多くの同志を集め,現存のフランス人作曲家による室内音楽と管弦楽曲の紹介に努めた。 国民音楽協会の主導権をサン・サーンスに代わってやがて握ったのが,フランクとその弟子たち(デュパルク,ショーソン,とりわけダンディ)である。フランクはJ.S.バッハと晩年のベートーベンから教訓を引き出した。…
※「ダンディ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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