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ドミチウス・アヘノバルブス ドミチウス・アヘノバルブス Domitius Ahenobarbus,Gnaeus

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドミチウス・アヘノバルブス
ドミチウス・アヘノバルブス
Domitius Ahenobarbus,Gnaeus

[生]?
[没]前104
古代ローマの軍人,政治家。プレプス (平民) の有力氏族 (ゲンス ) の出身。前 121年ガリア・キサルピナプロコンスルとしてガリア諸族を破り,アルベルニ人の王を捕えて凱旋した。イタリアローヌ川地方 (南フランス) およびスペインを結ぶ道路の建設に着手し,その道をドミチア道と名づけ,ナルボに守備隊をおいた。

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ドミチウス・アヘノバルブス
ドミチウス・アヘノバルブス
Domitius Ahenobarbus, Gnaeus

[生]?
[没]前92以後
古代ローマの政治家。プレプス (平民) の有力氏族 (ゲンス ) の出身。 G.ドミチウス・アヘノバルブスの子。ナルボの植民市建設に参加。前 104年護民官 (トリブヌス・プレビス ) ,次いで大神官,執政官 (コンスル,前 96) ,戸口総監 (ケンソル,前 92) を歴任。

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ドミチウス・アヘノバルブス
ドミチウス・アヘノバルブス
Domitius Ahenobarbus, Lucius

[生]?
[没]前48
古代ローマの政治家。プレプス (平民) の有力氏族 (ゲンス ) の出身。前 54年執政官 (→コンスル ) 。内乱期にあって第1次三頭政治に激しく反対,元老院の命でガリアに進撃,ユリウスカエサルと対立しポンペイウス (大ポンペイウス) 側についたが,コルフィニウムで敗れ (前 49) ,のちファルサロスで降伏した。

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ドミチウス・アヘノバルブス
ドミチウス・アヘノバルブス
Domitius Ahenobarbus, Gnaeus

[生]?
[没]前31
古代ローマの政治家。プレプス (平民) の有力氏族 (ゲンス ) の出身。 L.ドミチウス・アヘノバルブスの子。父とともにコルフィニウムで敗れたがカエサルに許された。カエサル死後,前 44年 M.ブルーツスに伴われマケドニアにおもむく。

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ドミチウス・アヘノバルブス
ドミチウス・アヘノバルブス
Domitius Ahenobarbus, Lucius

[生]?
[没]25
古代ローマの政治家。プレプス (平民) の有力氏族 (ゲンス ) の出身。 G.ドミチウス・アヘノバルブスの子。前 16年執政官 (→コンスル ) 。アントニウスオクタウィア (アウグスツスの姉) の娘アントニアの夫。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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