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ネアンデルタール人 ネアンデルタールじん Neanderthal man

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネアンデルタール人
ネアンデルタールじん
Neanderthal man

ヨーロッパから西アジアにかけて分布した更新世中期から後期の旧人類。成人の平均身長約 155cm。頭蓋が低く眼窩上隆起が発達している点や,のない顎など原人類に近い特徴をもつが,脳頭蓋容積は原人類よりかなり大きい。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵2015の解説

ネアンデルタール人

狭義には、ドイツデュッセルドルフ郊外のネアンデル谷にあるフェルトホッファー洞穴で1856年に発見された男性化石人骨。広義には、旧人の一種、ホモ・ネアンデルターレンシスの通称。約25万〜3万年前に欧州と西アジアに住んでいた。脳頭蓋は低くつぶれた形で長く、眼窩上隆起が出っぱり、額が傾き、後頭部が突出するなど、原人の特徴を残しているが、脳容積は1300〜1600立方センチもあり、新人と変わらない。顔は中央付近が前に突出している。男性で、身長は165cm程だが、体重は80kg以上と推定されている。欧州の寒い気候に適応した人々であり、中期旧石器時代の剥片(はくへん)石器製作技術により鋭い石の槍先(ムスティエ型など)を作った。

(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

ネアンデルタール‐じん【ネアンデルタール人】

《〈ドイツ〉Neanderthal旧人に属する化石人類。1856年、ドイツのデュッセルドルフ近郊に位置するネアンデルタール石灰岩洞穴で初めて発見され、以後、アフリカヨーロッパ・西アジアなどの各地で出土した。脳容量は現代人と変わらず約1500立方センチで、死者の埋葬を行うなど精神的発達が認められる。学名はホモ‐ネアンデルターレンシス。
[補説]近年の研究で、非アフリカ系の現代人のゲノムに、ネアンデルタール人に由来するDNAの断片が数パーセント含まれていることがわかり、約6万年前にアフリカを出たホモ‐サピエンスネアンデルタール人などの間で交雑があった可能性が指摘されている。

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百科事典マイペディアの解説

ネアンデルタール人【ネアンデルタールじん】

化石人類の一つで,約10万年前の第四間氷期に出現,主としてヨーロッパを中心に生活した。1856年ドイツのデュッセルドルフ近郊のネアンデルタールNeanderthalで発見された化石骨から命名。
→関連項目旧石器時代葛生人デデリエハイデルベルク人ムスティエ文化ローデシア人

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世界大百科事典 第2版の解説

ネアンデルタールじん【ネアンデルタール人 Neanderthal man】

ドイツ,デュッセルドルフ近郊の石灰岩洞窟から1856年に発見され,フールロットにより与えられた旧人の呼称である。その後,ヨーロッパ各地から同類の人類が発見されるに及んで,この種の人類の狭義の名称として用いられるようになったが,さらにアジア,アフリカの類似の人骨に対しても拡大して,人類進化の段階を示す用語ともなっている。狭義のネアンデルタール人類はヨーロッパにおける第4氷期(ウルム氷期)の初期に由来する人類で,前記ドイツのもののほか,ラ・シャペル・オー・サン人(フランス),スピー人(ベルギー),モンテチルツェオ人(イタリア)などがあり,発見地が違うにもかかわらず,画一的な形質をもつ。

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大辞林 第三版の解説

ネアンデルタールじん【ネアンデルタール人】

1856年ドイツのデュッセルドルフ近郊のネアンデルタールで最初に発見された化石人類。以後、ヨーロッパ、西アジアの各地で出土。脳容積は現代人と変わらず、かなり進んだ旧石器を使用し、埋葬の風習を有したとされる。旧人。ホモ-サピエンス。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネアンデルタール人
ねあんでるたーるじん
Neanderthals

旧人段階の化石人類。他の例に漏れず、化石人類としてのネアンデルタール人の位置が確定するまでには紆余(うよ)曲折があった。1856年、ドイツ、デュッセルドルフ近郊のネアンデル谷(タールは谷の意)の石灰岩洞穴より、1体の人骨が偶然に発見され、その異様な形態から、かつてヨーロッパに住んでいた原始人類の遺骨として発表された。これに対して、人類学界の一大権威であったドイツの病理学者ウィルヒョー(フィルヒョウ)G. Virchowが、その原始的特徴を病理的なものであると判断したため、この人骨は当時の人々から無視された。一方イギリスでは、地質学者A・キングがこれを絶滅種の人類であると考え、1864年に「ホモ・ネアンデルターレンシス」と命名した。1901年、ドイツの人類学者シュワルベが、この骨と、1886年にベルギーで発見されたスピー人骨とを比較するに及んで、これらが原始的な人類であることが確かなものとなった。
 そのほか同類の人骨が、クロアチアのクラピナ(1899~1905)、フランスのラ・シャペル・オ・サン(1908)、ル・ムスティエ(1908)などヨーロッパ各地から発見されている。さらにヨーロッパ以外でも、イスラエルのカルメル山からタブーン人(1931~1934)、アフリカではカブウェ人(ローデシア人)(1921)、イラクではシャニダール人(1953~1960)など、ネアンデルタール人の遺跡は広く散在している。
 これらの人骨の頭蓋(とうがい)容量は1300~1600立方センチメートルと現生人類なみか、ときにはそれを超えるほど大きいが、頭高はかなり低く、とくに前頭部の発達は悪い。眼窩(がんか)上隆起は著しく、強い突顎(とつがく)を示し、顔面部は大きい。身長は低く、成人男子で平均約155センチメートルと推定され、体格は頑丈である。中期旧石器文化であるムステリアン型石器が伴出する。第三間氷期およびビュルム氷期第一期、年代としては15万~3万5000年前に生存していたと考えられる。
 ネアンデルタール人は、長い間、現生人類とは類を異にする独立種とみなされていた。しかし、埋葬を行うなど、高い精神性を示す証拠が発見されたこと、また現生人類への移行形の人骨が発掘されていることなどを考慮して、今日では現生人類と同種のホモ・サピエンスのなかに入れられている。シャニダール遺跡の洞窟(どうくつ)に埋葬されていた人骨の下の土壌からは、今日でもその周辺に咲く花の花粉が出土し、「最初に花を愛(め)でた人々」とみなされるようになった。なお、一部の学者は、ヨーロッパ出土の人骨のみをネアンデルタール人とし、他をネアンデルターロイド(類ネアンデルタール人)とよんでいる。[香原志勢]

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世界大百科事典内のネアンデルタール人の言及

【化石人類】より

…更新世およびそれ以前の化石骨によって知られる人類,すなわち猿人,原人,旧人,新人の総称。化石人類として最初に認められたのは,ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル谷の石灰岩洞窟で1856年に発見されたネアンデルタール人である。この人骨は,頭蓋冠が低く,眼窩上隆起が強い点で原始的であったが,頭蓋腔容積は現代人に勝るとも劣らない大きさをもっていた。…

【旧人】より

…一口に旧人といっても生存期間が長いだけに早期の人類と晩期のものでは骨の形がちがっている。ヨーロッパの旧人でウルム氷期に由来するものを古典的ネアンデルタールまたは単にネアンデルタール人類といい,それより以前の人類を早期ネアンデルタールまたはプレネアンデルタール人類,さらにヨーロッパ以外の旧人(ソロ人,馬壩人,ローデシア人など)をネアンデルターロイドと呼ぶ。
[古典的ネアンデルタール人類]
 最後の氷期であるウルム氷期の初期に限ってヨーロッパに生活していた人類で,いわゆるネアンデルタール人類として引き合いに出される有名なものはこの群に属している。…

【旧石器時代】より

…一方,ハンド・アックス文化はアフリカからヨーロッパ,中近東からインド南部にかけて広大な分布圏を形成した。
[中期旧石器時代]
 約8万年前から約3万5000年前まで続いた旧人(ネアンデルタール人)の時代であり,地質学上では最終氷期の前半に相当する。ヨーロッパにはネアンデルタール人によって残されたムスティエ文化の遺跡が広く分布している。…

【人類】より

…原人,旧人,新人の系統的関係,すなわち現生人類の出現に関しては,プレ・サピエンス説,プレ・ネアンデルタール説,ネアンデルタール説が提唱されているが,すべての旧人もしくはその一部の絶滅を前提とする前の2説よりも,原人から旧人をへて新人へ移行したとするネアンデルタール説が有力である。旧人の文化は,剝片石器を主体とする中期旧石器文化であるが,ヨーロッパ全域,西アジア,北アフリカでムスティエ文化を発達させた旧人の一群を,とくにネアンデルタール人と呼ぶ。彼らはヨーロッパが亜北極的気候にあったウルム第1亜氷期においてもその地にとどまり,過酷な自然環境に身体的・文化的適応をとげた結果,他地域の同時代人とは異なる独自の形態特徴を獲得するにいたった。…

【チルチェオ[山]】より

…オデュッセウスの従者を豚に変えた魔女キルケ(チルチェ)の神話で知られ,海の浸食によってできた洞穴のひとつにもその名が冠せられている。それらの洞穴ではしばしば先史時代の人間の居住の形跡が見つかり,1939年にネアンデルタール人の骨が発見された。【萩原 愛一】。…

【ムスティエ文化】より

…西アジアでは,ルバロア技法を指標として従来ルバロア文化とされたものが,文化の実体が明確にされなかったので,今日ではルバロア・ムスティエ文化と総称される。ムスティエ文化はネアンデルタール人によるものである。骨角器はほとんど認められないが,木器は多く用いられたと想像される。…

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