ネアンデルタール人(読み)ネアンデルタールじん(英語表記)Neanderthals

精選版 日本国語大辞典 「ネアンデルタール人」の意味・読み・例文・類語

ネアンデルタール‐じん【ネアンデルタール人】

〘名〙 (ネアンデルタールはNeanderthal) 化石人類の一つ。一八五六年にドイツのデュッセルドルフ東方のネアンデルタール峡谷の石灰岩洞穴で初めて発見された。現生人類と同じホモサピエンスで、脳容量は現代人と同じないしは大きい値を示すが、頭高が低く、眼窩(がんか)上隆起が著しい。洪積世後期、ヨーロッパから西アジアにわたって居住。ホモサピエンス‐ネアンデルターレンシス。→旧人

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デジタル大辞泉 「ネアンデルタール人」の意味・読み・例文・類語

ネアンデルタール‐じん【ネアンデルタール人】

《〈ドイツ〉Neanderthal旧人に属する化石人類。1856年、ドイツのデュッセルドルフ近郊に位置するネアンデルタール石灰岩洞穴で初めて発見され、以後、アフリカ・ヨーロッパ・西アジアなどの各地で出土した。脳容量は現代人と変わらず約1500立方センチで、死者の埋葬を行うなど精神的発達が認められる。学名はホモ‐ネアンデルターレンシス。
[補説]近年の研究で、非アフリカ系の現代人のゲノムに、ネアンデルタール人に由来するDNAの断片が数パーセント含まれていることがわかり、約6万年前にアフリカを出たホモ‐サピエンスとネアンデルタール人などの間で交雑があった可能性が指摘されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ネアンデルタール人」の意味・わかりやすい解説

ネアンデルタール人
ねあんでるたーるじん
Neanderthals

旧人の地域集団の一つで、分布域はヨーロッパを中心とし、一時期、西・中央アジアから南シベリア方面まで広がっていた。その名は1856年にドイツのデュッセルドルフ近郊のネアンデル谷(タールは谷の意)で発見された1体の化石人骨に由来する。もっともよく知られた化石人類の一つだが、その理由は、学史上最初にみつかった化石人類であること、骨の保存条件がよい地中海周辺の石灰岩洞窟から、他の遺物とともに多数の化石が発見されていること、古くからヨーロッパの研究者によって詳しく研究されていることなどによる。同時代のアジアやアフリカには別の旧人集団がおり、「旧人=ネアンデルタール人」とするのは誤りである。ホモ・ネアンデルターレンシスという種名があるが、独立の種とみなすかどうかは研究者によって意見が異なる。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

形態特徴と代表的な化石

適度に発達した眼窩(がんか)上隆起や高さの低い脳頭蓋などの原始的特徴を示すほか、以下に例示するような独特の形態特徴をもつことが知られている。

(1)顔面の鼻から口元までの部分が前方に突き出ていること。

(2)下あごの歯列の後方に大きな空隙があること。

(3)脳は現代人と比べてもかなり大きめであること。

(4)脳頭蓋は後方からみると現代人のように角張らず丸みを帯びていること。

(5)上あごの第一大臼歯が特殊な形をしていること。

(6)背は高くないが非常にがっしりした体型をしていたこと。

 ヨーロッパでは、ネアンデルタール(ドイツ)のほか、スピーベルギー)、クラピナクロアチア)、ラ・シャペル・オ・サンおよびラ・フェラシー(フランス)など多数の地点から化石がみつかっている。西アジアでは、東京大学のチームが発掘したアムッドイスラエル)とデデリエシリア)、およびシャニダールイラク)などが代表的な遺跡である。南シベリアのアルタイ地方においては、オクラドニコフ記念洞穴を含む三つの洞窟からの化石が知られ、その多くはゲノム解析によってネアンデルタール人と同定された。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

起源・進化・絶滅

ヨーロッパでは、40万~30万年前以降にネアンデルタール的な特徴を示す化石が出現することが広く認められているが、どの時点からネアンデルタール人とするかについては専門家の意見がまとまっていない。2010年以降にネアンデルタール人のゲノム解読が完了したことにより、他の人類との系統関係がかなり明らかになってきた。ドイツの研究グループによる研究では、現代人の系統とは60万年ほど前に分岐し、その後、仮称として「デニソワ人」とよばれる別の旧人集団と40万年ほど前に分岐したと推定されている。ただしこれらの系統分岐がどこで生じたのかは不明で、分岐した当時の人類がどのような姿をしていたのかも、まだわかっていない。

 ネアンデルタール人は、5万年前以降に、アフリカ由来のホモ・サピエンスユーラシアへ大拡散していった時期に姿を消す。最新の年代測定結果によれば、それは4万年前ころのことであったようだが、最終的な絶滅がいつ起こったのかはまだよくわかっていない。古代ゲノム解析によれば、ユーラシアに広がったホモ・サピエンスはネアンデルタール人の一部集団から、交雑によってゲノムの一部を受け継いでおり、したがってその絶滅は完全なものではなかったと考える研究者もいる。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

行動と文化

ヨーロッパや西アジアは骨などの遺物の保存状態がよい遺跡の存在に恵まれ、ネアンデルタール人の行動についてもかなり多くのことがわかっている。たとえば、ネアンデルタール人は、火を日常的に制御し、中~大型の動物を捕える狩猟技術を有し、簡単な毛皮の加工を行い、アスファルトなどを使って道具の接着を行い、死者を埋葬するなど、かなり進歩的な技術と文化をもっていた。脳のサイズは現代人と大差なく、寒冷な氷期のヨーロッパで長期間存続したことからみても、そうであって不思議はない。末期のグループは装飾品をも製作していたようだが、それはホモ・サピエンスの文化の模倣であるとの見解もある。ネアンデルタール人の行動能力が、ホモ・サピエンスとどれだけ違っていたのかについては、研究者間で意見の違いがある。少なくとも非常に大きく違っていたととらえる見方は、最近では少数意見となってきている。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

遺伝的特徴

2010年にネアンデルタール人の全ゲノムドラフト配列が報告され、2014年には現生人類(ヒト)ゲノム参照配列と引けを取らない高精度の配列決定がなされた。これらの解析結果から、ネアンデルタール人とヒトは約60万年前に分岐したと推定された。そして、非アフリカ人のゲノム中、1~4%がネアンデルタール人由来であった。この結果は、ヒトが出アフリカ後、西アジアあたりにすでに住んでいたネアンデルタール人と交雑したことを示唆する。また、アルタイ山脈の洞窟から発見されたネアンデルタール人骨の高精度全ゲノム配列は、かなり近親婚が進んだ集団であったことを示した。

 さらに同じくアルタイ山脈のデニソワ洞窟から発掘された小さな指の骨から得られたDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列を解読した結果、それが「デニソワ人」とよばれる、別の旧人であったことが示されたが、ゲノム解析の結果は、これら旧人どうし、および旧人と新人(ホモ・サピエンス)との交雑が複数回起こっていたことを示している。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

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百科事典マイペディア 「ネアンデルタール人」の意味・わかりやすい解説

ネアンデルタール人【ネアンデルタールじん】

化石人類の一つで,約10万年前の第四間氷期に出現,主としてヨーロッパを中心に生活した。1856年ドイツのデュッセルドルフ近郊のネアンデルタールNeanderthalで発見された化石骨から命名。頭骨は前後に長いが,低い。歯は強大で顎骨も頑丈,頤(おとがい)はない。身長も低い。死体の埋葬や狩猟の呪術(じゅじゅつ)的儀式(熊祭)が行われ,一部に食人もあったとみられる。旧人の一つ。→アムッド人
→関連項目旧石器時代葛生人デデリエハイデルベルク人ムスティエ文化ローデシア人

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ネアンデルタール人」の意味・わかりやすい解説

ネアンデルタール人
ネアンデルタールじん
Neanderthal man

ヨーロッパから西アジアにかけて分布した更新世中期から後期の旧人類。成人の平均身長約 155cm。頭蓋が低く眼窩上隆起が発達している点や,のない顎など原人類に近い特徴をもつが,脳頭蓋容積は原人類よりかなり大きい。リス氷期からウルム氷期前半まで生息していたものと思われる。ドイツのネアンデル峡谷(タール)から初めて発見されたのでこの名がついた。

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知恵蔵 「ネアンデルタール人」の解説

ネアンデルタール人

狭義には、ドイツのデュッセルドルフ郊外のネアンデル谷にあるフェルトホッファー洞穴で1856年に発見された男性化石人骨。広義には、旧人の一種、ホモ・ネアンデルターレンシスの通称。約25万〜3万年前に欧州と西アジアに住んでいた。脳頭蓋は低くつぶれた形で長く、眼窩上隆起が出っぱり、額が傾き、後頭部が突出するなど、原人の特徴を残しているが、脳容積は1300〜1600立方センチもあり、新人と変わらない。顔は中央付近が前に突出している。男性で、身長は165cm程だが、体重は80kg以上と推定されている。欧州の寒い気候に適応した人々であり、中期旧石器時代の剥片(はくへん)石器製作技術により鋭い石の槍先(ムスティエ型など)を作った。

(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ネアンデルタール人」の解説

ネアンデルタール人(ネアンデルタールじん)
Neanderthal

ヨーロッパから西アジアにわたり200体分以上の化石から知られている化石人類。年代は約20万~3万年前,ホモ・サピエンスの亜種もしくは独自の種ホモ・ネアンデルターレンシスとされる。ドイツ,ネアンデルタールの谷で1856年に発見された部分骨格標本が名称の由来であり,いわゆる旧人として従来から広く知られてきた。今では,アフリカ起源の新人の拡散により,ほとんど交雑することなく絶滅したとする説が有力である。

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旺文社世界史事典 三訂版 「ネアンデルタール人」の解説

ネアンデルタール人
ネアンデルタールじん
Homo Neanderthalensis

1856年にドイツのデュッセルドルフ近郊のネアンデルタールで発見された旧人の一種
この種の人類は地質時代の第四紀第3間氷期から第4氷期,すなわち旧石器時代の後期にアメリカ・オーストラリアを除く全旧大陸に分布していた。身長は160㎝くらいで,死者の埋葬風習から宗教心の芽ばえが知られ,旧人は絶滅したという説と,ホモ−サピエンスの祖先とする説とがある。同程度の進化段階の人類には,アフリカのローデシア人,ジャワのソロ人などがある。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「ネアンデルタール人」の解説

ネアンデルタール人
ネアンデルタールじん

狭義には,ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル谷の洞窟で1856年に発見された旧人の化石をさす。発見当時はダーウィンの進化論の発表以前であったため,更新世人類としてなかなか認められなかった。しかしその後ヨーロッパや西アジアの各地で同類の化石人類が多数発見されるようになり,現在ではこの地域の旧人の総称としても用いる。

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改訂新版 世界大百科事典 「ネアンデルタール人」の意味・わかりやすい解説

ネアンデルタール人 (ネアンデルタールじん)
Neanderthals

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世界大百科事典(旧版)内のネアンデルタール人の言及

【化石人類】より

…更新世およびそれ以前の化石骨によって知られる人類,すなわち猿人,原人,旧人,新人の総称。化石人類として最初に認められたのは,ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル谷の石灰岩洞窟で1856年に発見されたネアンデルタール人である。この人骨は,頭蓋冠が低く,眼窩上隆起が強い点で原始的であったが,頭蓋腔容積は現代人に勝るとも劣らない大きさをもっていた。…

【旧人】より

…一口に旧人といっても生存期間が長いだけに早期の人類と晩期のものでは骨の形がちがっている。ヨーロッパの旧人でウルム氷期に由来するものを古典的ネアンデルタールまたは単にネアンデルタール人類といい,それより以前の人類を早期ネアンデルタールまたはプレネアンデルタール人類,さらにヨーロッパ以外の旧人(ソロ人,馬壩人,ローデシア人など)をネアンデルターロイドと呼ぶ。
[古典的ネアンデルタール人類]
 最後の氷期であるウルム氷期の初期に限ってヨーロッパに生活していた人類で,いわゆるネアンデルタール人類として引き合いに出される有名なものはこの群に属している。…

【旧石器時代】より

…一方,ハンド・アックス文化はアフリカからヨーロッパ,中近東からインド南部にかけて広大な分布圏を形成した。
[中期旧石器時代]
 約8万年前から約3万5000年前まで続いた旧人(ネアンデルタール人)の時代であり,地質学上では最終氷期の前半に相当する。ヨーロッパにはネアンデルタール人によって残されたムスティエ文化の遺跡が広く分布している。…

【人類】より

…原人,旧人,新人の系統的関係,すなわち現生人類の出現に関しては,プレ・サピエンス説,プレ・ネアンデルタール説,ネアンデルタール説が提唱されているが,すべての旧人もしくはその一部の絶滅を前提とする前の2説よりも,原人から旧人をへて新人へ移行したとするネアンデルタール説が有力である。旧人の文化は,剝片石器を主体とする中期旧石器文化であるが,ヨーロッパ全域,西アジア,北アフリカでムスティエ文化を発達させた旧人の一群を,とくにネアンデルタール人と呼ぶ。彼らはヨーロッパが亜北極的気候にあったウルム第1亜氷期においてもその地にとどまり,過酷な自然環境に身体的・文化的適応をとげた結果,他地域の同時代人とは異なる独自の形態特徴を獲得するにいたった。…

【チルチェオ[山]】より

…オデュッセウスの従者を豚に変えた魔女キルケ(チルチェ)の神話で知られ,海の浸食によってできた洞穴のひとつにもその名が冠せられている。それらの洞穴ではしばしば先史時代の人間の居住の形跡が見つかり,1939年にネアンデルタール人の骨が発見された。【萩原 愛一】。…

【ムスティエ文化】より

…西アジアでは,ルバロア技法を指標として従来ルバロア文化とされたものが,文化の実体が明確にされなかったので,今日ではルバロア・ムスティエ文化と総称される。ムスティエ文化はネアンデルタール人によるものである。骨角器はほとんど認められないが,木器は多く用いられたと想像される。…

※「ネアンデルタール人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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