人類進化を便宜的に4段階に分けた場合、その3番目の段階に位置する人類。ネアンデルタール人および古代型サピエンスがこれに相当する。旧人以前の人類が猿人と原人で、以後が新人である。身体的諸特徴ばかりでなく、時代や文化についても、旧人は次のような中間的段階を示す。
脳容積は1450立方センチメートル前後で現生人類(新人)と同程度、あるいはそれより大きめのものもある。このことから「脳容積に関する限り人類は旧人以後進化していない」とさえいわれる。しかし脳頭蓋(とうがい)は低く、前頭部の傾斜が著しい。また顔面頭蓋が大きく、ほとんどそしゃく器官となっている。これらは原人から直接受け継いでいる特徴である。眉(まゆ)に相当する部分に眼窩(がんか)上隆起が発達し、外後頭(こうとう)隆起が後方に突出して、ときには髷(まげ)のような高まりを形成する。頭骨と同様に上下顎骨(がくこつ)も頑丈で、そのため新人にみられる犬歯窩や頤(おとがい)はみられない。体格はがっしりしている。
旧人は第三間氷期およびビュルム氷期の第一亜氷期、年代的には約15万~3万5000年前に生存した。1859年ドイツのネアンデルタールで発見されて以来、数多くの遺骨がヨーロッパから出土したが、その後アフリカ、中近東、中国、ジャワなどアフロ・ユーラシアの旧世界の各地からも発掘されている。ヨーロッパ出土のものは、相当部分が、氷河地域に近い寒い地方に生存していた。これらには独特の誇張された特徴をもつものが多く、特殊化したものであろうと解釈されている。これが、いわゆる典型的ネアンデルタール人である。ヨーロッパでは一時期、これらの骨から旧人が醜い姿として復原されたが、今日では訂正され、さらに、旧人も新人と同種のホモ・サピエンスであるとみなされるに至った。
旧人は中期旧石器文化を担った。その代表的なものはムスティエ文化とよばれる。旧人が一見、原始的な形態であるため、その文化も低かったようにみなされがちであるが、石器の種類は豊富であり、道具のかなり細かい使い分けをしたと考えられる。その製作法も複数の工程からなり、石質に応じて計画的に加工されていることが明らかになっているが、次の段階の人類、クロマニョン人のような繊細な芸術的作品はみられない。また、ヨーロッパ、西アジアの各地から埋葬跡が発見されている。フランスのラ・フェラシー遺跡からは人為的に埋葬されたと思われる6体の人骨が発掘されたが、そのおそらくは父母であろう成人2体と子供4体のすべてが東西の方向に寝かされていた。ル・ムスティエ遺跡では、遺体の傍らに副葬品と思われるいくつかの石器と動物の骨が置かれていた。またイラクのシャニダール遺跡では、人骨の下の土壌から、今日でも洞穴周辺に咲く野の花の花粉が検出された。おそらく花を飾って死者を野辺送りしたものであろう。このように、旧人は他界観を有していたと思われるが、さらにシャニダール遺跡では40歳くらいまで生きた片腕の不自由な身体障害者の骨が発見されており、弱者扶助の精神があったことを思わせる。スイスのドラッヒェンロッホではクマの頭骨と四肢骨を組み合せた跡がみつかっているが、クマの霊を祭ったものと考えられる。
イギリスのスウォンズクームやフランスのフォンテシュバードなど、より古い地層からも新人的特徴をもつ骨が出土しており、これらはプレ・サピエンスまたは古代型サピエンスとよばれるが、むしろ旧人の段階に入るものだろう。
[香原志勢]
人類の進化段階を人為的に四つに分けた場合の3番目の区分に属する人類。かつて,古代型ホモarchaic Homo,あるいは古代型新人archaic humansとも呼ばれたが,その呼称は今ではほとんど使われない。アフリカとユーラシアの熱帯から亜寒帯にまで分布した60万~3万年前のヒト属の総称で,ホモ・ハイデルベルゲンシスHomo heidelbergensisとホモ・ネアンデルタレンシスHomo neanderthalensis(ネアンデルタール人)を含む。旧人は,原人の頑丈さを残しながら,頭蓋腔容積(脳容積より10%ほど大きい)は大きく(1200~1600ml),歯は小さくなり,現代人に近づいている。頭は低いが,脳容積の増加により丸みを帯びている。眼窩上隆起や後頭隆起はまだ発達するが,大きさには著しい変異がある。旧人は,顔面は大きいが,歯列の突出は弱く,新人と大きくは違わない印象を与える。鼻骨はかなり隆起するので,外鼻の状態は現代人と同様であったと思われる。旧人の中では,ホモ・ネアンデルタレンシスは鼻骨が極めて高く隆起するので,巨大な鼻をもっていたと推定される。原人と比べると,咀嚼筋や顎関節の発達は弱い。しかし,身体の骨は太く頑丈である。身長はアフリカと西アジアとヨーロッパの一部では180cmを超えるほどだが,ヨーロッパの大部分やアジアの北部では160cmほどと,変異がある。言葉をしゃべったかどうかは,議論がある。ホモ・ネアンデルタレンシスは頭蓋底が長く平坦なので,喉頭が下降しておらず,しゃべれなかったという説が流布したが,現在では疑問視されている。脳容積は充分に大きいので,喉頭が下降していれば,しゃべれた可能性が高い。石器は,初めはアシュール型のハンド・アックスだが,後にはムスティエ型など用途別に分かれた多様な薄片石器を使った。
→化石人類 →ホモ・ネアンデルタレンシス →ホモ・ハイデルベルゲンシス
執筆者:馬場 悠男
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古型ホモ・サピエンスとも。人類進化の段階のうち原人と新人との中間の段階をさす。時代はおよそ20万年前から3万5000年前まで。脳容積は現代人に匹敵する1500cc前後だが,眼窩(がんか)上隆起が発達し,脳頭蓋が低く,下顎に頤(おとがい)が形成されていないなど,部分的に原人に似た形態をもつ。ヨーロッパのネアンデルタール人やラシャペルオサン人,アフリカのカブウェ人やンガロバ人,西アジアのシャニダール人やアムッド人,中国の大茘(だいれい)人や馬(ばは)人,インドネシアのソロ人などがこれに属する。鋭い刃をもつ剥片(はくへん)石器をつくり,死者の埋葬も行っていたが,壁画や装身具は残していない。
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ネアンデルタール人とそれと同等の進化段階にあるとされる化石人類の一般名称。かつては,アフリカとユーラシア大陸広範にわたって原人から旧人をへて新人が生じたとする説が有力であり,アフリカのローデシア人やジャワのソロ人なども旧人段階のものとされていた。近年ではヨーロッパ以外のこうした化石人類とネアンデルタール人とは系統も形態も異なることが認識され,おのおのを個別に扱うことが多い。
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(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)
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…更新世およびそれ以前の化石骨によって知られる人類,すなわち猿人,原人,旧人,新人の総称。化石人類として最初に認められたのは,ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル谷の石灰岩洞窟で1856年に発見されたネアンデルタール人である。…
…初期の人類は身長120cm前後と体が小さく,武器も貧弱で,狩猟の獲物は小型の動物にかぎられていたが,のちには体も大型化し,ゾウ,スイギュウ,サイ,カバなどの大型獣を倒すほどに,狩猟技術も進歩していった。 およそ10万年前以降の中期旧石器時代になると,人類は旧人(ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス)段階に進化し,生活技術はさらに向上した。生活圏は寒冷な高緯度地域にまで拡大し,石器製作の技術も進歩して用途に応じた多種類の道具が作られるようになった。…
…しかし,全体としてみると,第三紀鮮新世から現在に至る約400万年の間,地球上に生息した人類には,ほぼ連続的な形態変化が認められる。鮮新世と第四紀更新世(洪積世)の古人類は,時代順にアウストラロピテクス群,ピテカントロプス・シナントロプス群,ネアンデルタール群,ホモ・サピエンス群に分けられるが,これらはそれぞれ猿人,原人,旧人,新人と呼ばれる人類の進化段階を代表するもので,彼らの文化は狩猟採集を基盤とする旧石器文化であった。
【人類の起源】
道具の製作や使用が人類のみが享有する能力ではないことが,野生チンパンジーについての観察によって明らかにされた現在でも,道具製作が人類の条件として重視されていることに変りない。…
※「旧人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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