ギリシア神話で,地下の冥府の王。その名は〈見えざる者〉の意。地中に埋蔵される金銀などの富の所有者としてプルトンPloutōn(〈富者〉)とも呼ばれたところから,ローマ神話ではプルトPluto,またはそのラテン訳のディスDisが彼の呼称となっている。ティタン神族のクロノスの子として生まれ,兄弟のゼウス,ポセイドンと力を合わせて,当時,世界の覇者であった父神とティタン神族を10年にわたる戦いで征服し,ゼウスが天,ポセイドンが海の王となったとき,ハデスは冥界の支配権を得た。のち,みずからの姉妹にあたる女神デメテルの娘ペルセフォネを地上からさらって后とした(図)。
古代ギリシア人の考えによれば,死者の亡霊はまずヘルメスによって冥界の入口にまで導かれ,ついで生者と死者の国の境の川ステュクスまたはアケロンを渡し守の老人カロンに渡されたあと,三つ頭の猛犬ケルベロスの番するハデスの館で,ミノス,ラダマンテュス,アイアコスの3判官に生前の所業について裁きを受ける。その結果,多くの亡霊はアスフォデロス(不凋花)の咲きみだれる野にさまようことになるが,神々の恩寵めでたき英雄や正義の人士はエリュシオンの野(古い伝承では,はるか西方の地の果て,のちに冥界の一部と考えられた)に送られて至福の生を営む一方,シシュフォスやタンタロスのごとき極悪人は地下にある冥界タルタロスの奈落へ押しこめられ,そこで永遠の責め苦にあうものと想像された。
執筆者:水谷 智洋
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ギリシア神話の死者の国を支配する神。クロノスとレアの子で、ゼウスとポセイドンの兄弟にあたる。プルトンPluton(富める者の意)ともよばれるが、これは万物を生み育てる大地のもつ富の力を表し、地下の神としてその地下の富を所有することからハデスの別名となった。またローマ神話では、プルトPluto、ディースDis(富の意)などともよばれ、いずれもプルトンに由来する。ハデスにはこのほかにもいくつかの別名があるが、多くの場合、その恐ろしい本名を直接口にするのを避けて婉曲(えんきょく)に暗示するため、これらの別名が用いられた。ハデス(またはアイデス)とは、「目に見えない」の意味と解釈されている。
ティタン族との戦いでは、有名な隠れ帽子を用いて活躍し、ゼウスが天を、ポセイドンが海を領分にしたように、彼は冥界(めいかい)を獲得した。そして妃(きさき)のペルセフォネとともにミノス、ラダマンティス、アイアコスの3人の判官の補佐を受けて、正義にもとることなく死者の国を支配した。冥府のことを「ハデスの館(やかた)」とか、簡単に「ハデス」ともいうが、その館にはケルベロスという猛犬がいつも番をしており、館の周りにはスティクス、アケロン、コキトス、レテ、ピリプレゲトンの五つの川が流れている。なお、彼には、ペルセフォネを誘拐して妻とする物語のほかには神話らしいものがない。
[伊藤照夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ウラノスの呪いとともに天界の主権は子クロノスに移る。彼は姉レアを妻としてヘラを含む3人の女神と3男神ハデス,ポセイドン,ゼウスを生む。彼らはいずれもオリュンポス十二神に数えられる。…
…たとえばコリントスの邪悪な王であったシシュフォスが堕(お)ちた世界がそれで,彼は石を山頂まで転がしていく作業を永久に続けなければならなかった。ギリシアではこのような地獄を一般にハデスとよび,神名ともなっているが,のちにキリスト教において発達をみた地獄は,ゲヘナである。また新約聖書にはゲヘナのほかにギリシア以来のハデスの語も用いられているが,これはもっぱら死者の霊の赴くところとされ,ゲヘナが悪しき者に永遠の刑罰を加える場所とされているのと好対照をなしている。…
…ゼウスは打ち負かしたティタン神族をここに閉じ込めた。冥界としてはハデスの観念が有力になるにつれ,その最奥の一部とされたり,これと同一視されるにいたった。【辻村 誠三】。…
※「ハデス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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