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ビエンチャン ビエンチャンVientiane

翻訳|Vientiane

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビエンチャン
Vientiane

ラオス首都。ラオス中部西寄りにあり,タイとの国境をなすメコン川に臨む。古くからラオ族中心地の一つで,14世紀半ば以降ラーンサーン王国の版図に入り,1563年北のルアンプラバンに代わってラーンサーン王国の首都となった。1707年ラーンサーン王国がルアンプラバン王国とビエンチャン王国に分裂してからは,ビエンチャン王国の首都として繁栄したが,のちタイの支配下に置かれ,1828年にはタイの侵攻により大きく破壊された。1899年ラオスがフランス領インドシナに編入されるとともに,その行政府が市に置かれた。1953年のフランス=ラオス条約によりラオス王国の完全独立が認められると,ルアンプラバンの王都に対して,市は行政首都となり,1975年ラオス人民民主共和国の成立後単独の首都となった。ラオス最大の都市で,商工業の中心地。農産物,木材,シェラック(天然樹脂の一種),絹織物,家畜,皮革などを集散する。商業活動はこれまでおもにインド系,中国系,ベトナム系の住民によって担われてきた。近代工業が未発達のラオスにおいて,実質的に唯一の工業中心地で,市内外にはたばこ,プラスチック製袋,ゴムサンダル,精米,製材,煉瓦,タイル,織物などの工場がある。市内には仏教寺院が多く,文化中心地として国立博物館,パーリ・サンスクリット研究所などがあり,シサバンボン大学など高等教育機関が集まる。ルアンプラバンやベトナムの首都ハノイなどと道路で結ばれるが,内外の都市との連絡は空路に大きく依存する。メコン川対岸のノーンカーイとフェリーで結ばれ,タイの鉄道・道路網と連絡する。人口 19万4200(2003推計)。

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デジタル大辞泉の解説

ビエンチャン(Vientiane)

ラオス人民民主共和国の首都。タイとの国境となるメコン川中流の北岸にある河港都市。稲作が行われる。1560年、ランサン王朝のセーターティラート王の時代にルアンパバンより遷都。以降、タイによる征服やフランス統治時代を通じて首都が置かれた。黄金の仏塔タートルアン、パリのエトワール凱旋門を模したパトゥーサイなどがある。人口、都市圏53万(1995)。

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百科事典マイペディアの解説

ビエンチャン

ラオスの首都。同国西部,タイ国境に近く,メコン川左岸の河港都市。木材,ゴム,ラック,絹織物,皮革などの取引が盛んで銀細工が行われる。旧王宮,考古博物館,医大がある。
→関連項目真臘タウングー朝ラオス

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世界大百科事典 第2版の解説

ビエンチャン【Vientiane】

ラオスの首都で,同名省の省都。人口52万8000(1995)。メコン川中流域の河岸平野の中央部,河口から1584kmさかのぼった左岸に位置し,対岸はタイ領で,橋で結ばれている。河川および道路により国内各地へ通じ,政治,文化の中心地となっている。ラオ族のほかに華僑ベトナム人が多い。この地は早くから開け,碑文などの史料によれば,12世紀には大きな集落があったという。16世紀半ばに中国やベトナムの史書万象国の名で記されているランサン王国の首都となり,同王国が1707年に分裂してからはビエンチャン王国の首都となった。

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大辞林 第三版の解説

ビエンチャン【Vientiane】

ラオス人民民主共和国の首都。メコン川北岸にある。ビエンチャン王国の古都。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビエンチャン
びえんちゃん
Vientiane

ラオスの首都。メコン川の河口から1584キロメートル上流の左岸、タイとの国境の標高300メートルに位置する。ビエンチャンとは「ビャクダンの都」の意。人口67万2400(2003推計)。古くからこの地方にあったラオ王朝の都の一つで、1827年にタイに占領され破壊されたが、20世紀に入ってフランス領ラオスの中心地として再建された。1953年の独立後は行政上の首都、75年の王政廃止後、名実ともに首都となった。住民はラオ人のほかに中国人、ベトナム人が多い。市街はメコン川に注ぐ支流のナムバサック川によって東西に分かれている。独立後ことに東部が開け、中央政庁をはじめ近代的な建物が多く国営市場もある。かつては寺院が80もあったといわれるが、19世紀にタイ人に破壊され、現在は20余を残すのみである。釈迦(しゃか)の髪が納められているというタート・ルアン、考古博物館のあるワット・プラケオ、ワット・シーサゲットなどが有名である。周辺はラオス最大の沖積平野であるビエンチャン平野が広がり、水田や疎林があり、米、野菜のほかサトウキビ、タバコ、岩塩が産出される。市の北方約30キロメートルには奇岩で知られるダンスオンの奇勝地やプーカオクワイの避暑地がある。[菊池一雅]

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