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フゴッペ洞窟 フゴッペどうくつ

4件 の用語解説(フゴッペ洞窟の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

フゴッペ洞窟【フゴッペどうくつ】

北海道余市町にある洞窟(史跡)。奥行5m,幅4m,高さ5m。壁面に原始的な図像の彫刻がある。洞窟内に厚さ約7mの遺物包含層があり,続縄文時代後北式土器が出土。
→関連項目手宮洞窟

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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世界大百科事典 第2版の解説

フゴッペどうくつ【フゴッペ洞窟】

北海道余市郡余市町栄町にあり,壁面に続縄文時代の彫刻がある洞窟。JR蘭島駅の西方1.5kmに位置する。洞窟は砂質凝灰岩が海食により形成されたもので,1950年に高校生によって発見された。調査は,50‐53年と,71年に行われ,洞窟内の厚さ7mにおよぶ堆積層には炉跡を含み,貝層,灰層など約75層が識別された。それを除去した壁面には200個以上の,本来は赤く着色されていた彫刻が見いだされた。後北式を中心とする土器と石器,骨角器,装身具などの人工遺物のほか,鳥獣魚貝類,クルミなどの自然遺物が多量に出土している。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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国指定史跡ガイドの解説

フゴッペどうくつ【フゴッペ洞窟】


北海道余市郡余市町栄町の、海岸まで200mの小さな丘陵にある岩陰遺跡。およそ1500~2000年前の続縄文時代に属すると見られ、洞窟遺跡としての価値は高く、とくに壁面の各部分に多数の図像が彫りこまれているのは稀有の例であり、北方古代文化を知るうえで重要な資料となっている。洞窟は、問口約4m、高さ約5m、奥行き約5mで、内壁のあちこちに、舟、魚、海獣、4本足の動物と思われるもの、また、角や翼で仮装した人と考えられる絵などが200点以上陰刻されている。ほかに列点などの図像もあり、呪術的な性質を持つものと推定されている。洞窟内には厚さ約7mの遺物を含む地層があり、薄手式の土器、石器、骨角器等が出土している。この遺跡の第一発見者は、札幌から海水浴に来た中学生であったといわれる。郷土研究部に所属していた高校生の兄に知らせ、知られるところとなった。1951年(昭和26)と1953年(昭和28)に正式な発掘調査が行われ、同年、国指定史跡となった。1972年(昭和47)から壁面彫刻は、カプセル方式の施設によって保護・展示され、一般に公開されている。JR函館本線余市駅から中央バス「フゴッペ洞窟前」下車、徒歩すぐ。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フゴッペ洞窟
ふごっぺどうくつ

北海道後志(しりべし)総合振興局管内の余市(よいち)町丸山に所在し、内部の広さは約42平方メートルの洞窟遺跡。1950年(昭和25)に奥壁に彫刻があることが発見され、1951年と1953年に調査が行われた。洞窟の形成年代は後北(こうほく)式土器時代(約1000~1500年前)であるといわれており、岩壁画は洞窟に遺跡と遺物を残した「後北式土器人」によって彫刻されたといわれている。なお岩壁画については、「象徴的に表現された文字以前の記号に類した原始絵画であって、未開社会の漁・狩猟生活や呪術(じゅじゅつ)に関係がある」とされ、彫刻は人像、動物の仮装した人像、その他経済生活あるいは呪術的演技と関係あるものなどに区分されている。1953年、国の史跡に指定された。[大場利夫]
『名取武光著『フゴッペ洞窟』(1970・ニュー・サイエンス社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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