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ホイサラ朝 ホイサラちょう Hoysaḷa

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホイサラ朝
ホイサラちょう
Hoysaḷa

インドカルナータカ地方を 11~14世紀まで支配した王朝。都はドーラサムドラ。後期チャールキヤ朝のもとで南のチョーラ朝との戦いに活躍して次第に勢力を伸ばし,チャールキヤ朝の衰退とともに,12世紀中頃トゥンガバドラ川とハガリ川の上流地方を征服した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ホイサラちょう【ホイサラ朝 Hoysaḷa】

南インド諸王国分立時代に約250年間マイソール地方に勢力を誇った王朝。1106‐1342年。その出自は本来マイソール地方のガンガバーディGangavādi北西部の山岳地帯を拠点とする支配者であり,山賊行為を経済の基盤としていたといわれる。チャールキヤ,チョーラ両朝の対立に乗じて平原部へと進出し,チャールキヤ王国の封臣として台頭する。ホイサラ王朝を実質的に創始したのは1106年に即位したビッティガBiṭṭigaであり,首都をドーラサムドラDvārasamudra(現,マイソール近くのハレービード)に置き,自らビシュヌバルダーナと称した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ホイサラ朝
ほいさらちょう
Hoysala

南インドの王朝。ドバーラサムドラ(現ハレービード)を首都に、12世紀前半から14世紀前半にかけてカルナータカ州南部地方を支配した。初めはカリヤーニのチャールキヤ朝の封臣であったが、12世紀前半のビシュヌバルダナが勢力を拡大し、12世紀末バッラーラ2世の治世にチャールキヤ朝を滅ぼして独立した。13世紀には南方のチョーラ朝の地深くに進出し、その結果ホイサラ朝は事実上二分して内戦に発展し、北からはヤーダバ朝、南からはパーンディヤ朝に侵攻され危機を招来したが、13世紀末にバッラーラ3世がふたたび王国を統一して勢力を回復した。しかし、14世紀初頭デリー・サルタナットの遠征軍に敗れ、その後マドゥライに成立したムスリム政権との争いによってついに滅亡した。この王朝のもとでは、星型の基壇をもち、壁面に細かなフリーズ彫刻の施されたホイサラ様式とよばれるヒンドゥー寺院が建造され、その代表的なものが、ハレービード、ソームナートプルなどに残っている。[辛島 昇]

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