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ボルネオ島 ボルネオとうBorneo

翻訳|Borneo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボルネオ島
ボルネオとう
Borneo

南シナ海の南端に位置する世界第3位の面積をもつ島。インドネシアではカリマンタン島 Kalimantanという。行政上は,北側をマレーシアサバ州サラワク州(20万km2),ブルネイ(5765km2)が,南側をインドネシア領カリマンタンバラット州カリマンタントゥンガ州カリマンタンスラタン州カリマンタンティムール州カリマンタンウタラ州(合計 54万km2)が占める。アジア大陸棚上に位置し,北東-南西に脊梁山脈が走る。最高点は北東部(サバ州)のキナバル山(4101m)。島央部を水源とする河川系が広がり,島内の主要交通路となっている。北西部のラジャン川,西のカプアス川,南のバリト川,東のマハカム川などが低湿地を形成。赤道がほぼ中央を通り,高温多湿で,熱帯雨林に覆われる。オランウータンの生息地。住民はおもにダヤク諸族マレー人,中国人など。ダヤク諸族は島の先住民で,南部のガジュ族,マーニャン族,西部のイバン族,カントゥ族,マロー族,中央部のカヤン族,クニャー族,ムラナウ族,北部のカダサン族,ムルット族などに分かれる。マレー人,中国人は沿岸都市およびその周辺に居住。海岸部は,古くから中国,インドの影響を受けてきた。15世紀以降,ブルネイ王国をはじめ諸王国がイスラム化。16世紀以降はヨーロッパ列強が侵入し,1841年にはイギリス人ジェームズ・ブルックサラワクに国家を樹立(→サラワク王国)。その間南半分にオランダが支配権を確立した。1941~42年日本が侵攻し 1945年まで占領下におかれた。1945年カリマンタンがほかのオランダ領インドネシアとともに独立を宣言し,1949年独立を達成。サバ,サラワクは 1963年にマレーシア連邦に参加。ブルネイは 1984年に独立した。木材をはじめとする森林資源や,金,ダイヤモンドなどの鉱物資源,石油,天然ガスなどの諸資源の宝庫でもある。総面積 74万6000km2。総人口 1230万5000(1990推計)。

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デジタル大辞泉の解説

ボルネオ‐とう〔‐タウ〕【ボルネオ島】

Borneoマレー諸島中の最大の島。インドネシア語名カリマンタン島。世界第三の大島で、面積約74万平方キロメートル。南部はもとオランダ領で、現在はインドネシア領カリマンタン4州。北部はもと英国領で、現在はマレーシア領サラワク州サバ州ブルネイ‐ダルサラーム国領。東南アジア有数の石油資源がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボルネオ島
ぼるねおとう
Borneo

東南アジア、マレー諸島の大スンダ列島中の一島。同諸島最大、世界第3位の大島である。面積は74万6300平方キロメートルで、日本の約2倍に相当する。カリマンタンKalimantan島ともいう。島の北3分の1はマレーシア領のサバ州、サラワク州とブルネイで、南3分の2はインドネシア領カリマンタン4州から構成される。周囲はスル海、南シナ海、ジャワ海、マカッサル海峡、セレベス海に面している。
 構造的にはフィリピン群島からマレー半島に向かって延びる第三紀の褶曲(しゅうきょく)山脈を骨子とし、島の中央部を北東から南西方向にイラン、ミュラー、シュワネルの一連の脊梁(せきりょう)山脈が走っている。北東端に最高峰のキナバル山(4094メートル)がそびえる。同山脈は地形学上壮年期の後期にあたるため全体的には標高2000メートル前後で、周辺には広大な丘陵地帯が展開する。山脈と丘陵地からは西にカプアス川、ラジャン川、南にバリト川、南東にマハカム川などが流出する。これらの河川は膨大な土砂を運んで海岸には広大な沖積平野を形成し、また不便な奥地への主要な交通路の役割を果たしている。同島がスンダ陸棚上にあるため、海岸は北東部の沈降海岸以外は遠浅で、マングローブ林やサンゴ礁が発達し、海岸線は単調である。
 気候はカリマンタン中央部を赤道が通過しているため、高山を除いては典型的な熱帯雨林型である。年平均気温は25~27℃、年降水量は東岸地方で2000ミリメートル、中部では4000ミリメートル以上を記録している。このため密林や湿原に覆われる所が多く、居住地は著しく限られている。
 資源面では農林水産物、鉱産物のいずれにも恵まれている。農産物は陸稲、トウモロコシ、キャッサバなどが焼畑耕作によって栽培されるほか、灌漑(かんがい)による水田耕作も行われ、コーヒー、天然ゴム、ココア、コショウ、マニラ麻などのプランテーションも発達している。林産物は原生林のラワン材の硬木を主として、ダマル、トウなどを産する。奥地への交通が不便であることから未開発地が大部分を占めるが、北東部の海岸地帯では近年外国企業と結び付いて開発が著しい。鉱産物は金、水銀、ダイヤモンドなどが古くから知られていたが、近年は石油、石炭、鉄鉱などの開発も飛躍的に進められている。とくに石油は、東南アジア有数の油脈がカリマンタン東岸地域に多く分布し、ブニュー、タラカン、サンガッタ、スンブラク、バリクパパン、タンジュンなどに油田がある。うちバリクパパンには巨大な製油所がある。またブルネイも石油資源が豊富で、スリアが基地である。主要な都市はマレーシアのクチン、コタ・キナバル、ブルネイのバンダル・スリ・ブガワン、カリマンタンのバンジャルマシン、ポンティアナックなどで、すべて沿岸部にある。[上野福男]

歴史・文化

ボルネオからはインドネシア地域最古のサンスクリット碑文が発見されている(東カリマンタン、マハカム川下流のクテイからで5世紀初頭のもの)。このことからわかるように、ボルネオの沿岸地域には海洋交易を基礎とする土侯国が歴史的に古くから存在したが、14、15世紀からのち、これらの土侯国は次々にイスラム化した。こうしたイスラム土侯国としてはブルネイ、ポンティアナック、バンジャルマシンなどが有力であり、ブルネイはイギリスの保護国を経て1984年初に完全独立した。他の侯国は1860年にオランダ植民地政府によって廃絶されるまで存続した。バンジャルマシンは現在、インドネシアのなかでもっともイスラム勢力の強い地域の一つである。
 北西部ボルネオは19世紀中葉以降イギリスの影響下に入ったが、サラワクはイギリス人ブルック一族の支配のもとに第二次世界大戦後まで形式的に自治を保った。かつてのボルネオ会社領北ボルネオ(サバ)とサラワクは1963年マレーシア連邦内の東部2州として完全独立を達成した。
 ボルネオの住民は華僑(かきょう)系を除けば、沿岸部に住むマレー人と内陸丘陵部に住む原マレー系の諸民族に大きく二分される。後者はしばしばダヤクという総称でよばれることもあるが、言語・文化的には多様な集団である。彼らの多くは焼畑による陸稲栽培民であるが、一部にはサゴヤシ栽培を主要な活動とするものもあり、また北部山間部では水田耕作もみられる。狩猟採集民のプナンは普通ダヤクとは区別されるが、言語的には近隣の農耕民と大差はない。マレー人と原マレー系住民との境界は社会的に流動的である。ボルネオではマレー人の定義は多く宗教的な帰属によるものであり、イスラム教に改宗することによって社会的にマレー人と自他ともに認められるという現象が広くみられる。この現象はマレー人の形成を考えるうえで重要である。[内堀基光]
『安間繁樹著『ボルネオ島最奥地をゆく』(1995・晶文社) ▽安間繁樹著『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(2002・文一総合出版)』

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