ポアンカレ(英語表記)Poincaré, (Jules-) Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ポアンカレ
Poincaré, (Jules-) Henri

[生]1854.4.29. ナンシー
[没]1912.7.17. パリ
フランスの数学者,科学哲学者。エコール・ポリテクニクを卒業 (1875) 後,鉱山学校に入り鉱山技師になる。 1879年,微分方程式研究で学位を取り,カーン大学講師 (79) 。パリ大学に移り (81) ,パリ大学教授 (85) 。 87年よりパリ科学アカデミー会員。純粋数学と応用数学のほとんどあらゆる領域にわたってすぐれた業績を残した。数学の分野では,F.クラインとは独立に保形関数 (フックス関数) の存在を示し,非ユークリッド幾何学のモデルと関係があることを示唆した。また,95年から始めた位置解析の研究は,20世紀の代数的位相幾何学 (→代数的位相数学 ) の始りとなった。数学の基礎に関して論理主義と形式主義を批判した。さらに,天体力学の領域で三体問題の研究に重要な貢献をしたほか,電子の力学,相対性理論電磁気など,物理学に関する研究も多い。彼はまたすぐれた科学思想家でもあり,美しい散文で知られる多作な著述家でもあった。彼の科学論は『科学と仮説』『科学の価値』『科学と方法』に述べられている。

ポアンカレ
Poincaré, Raymond Nicolas Landry

[生]1860.8.20. バルルデュク
[没]1934.10.15. パリ
フランスの政治家,弁護士。数学者 J.-H.ポアンカレの従弟。 1887~1903年下院議員。その間教育相,蔵相などを歴任。 03~12年上院議員をつとめ,06年蔵相,12年首相として「対ドイツ復讐」政策を希求する国内世論の高揚のうちに,ドイツ包囲体制,イギリス,ソ連との軍事的提携強化に努めた。 13~20年第三共和政第9代大統領。第1次世界大戦下「神聖連合」の挙国一致体制を成立させ,フランスに勝利をもたらした。 22~24年首相兼外相,26~28年首相兼蔵相として財政危機,特に下落したフラン貨の価値の安定にすぐれた手腕を発揮し,ドイツ賠償委員会の委員長として 23年1月,賠償義務不履行を理由にルールを軍事占領させるなど,ドイツ厳罰主義の強硬政策をとった。 29年政界を去り,『回想録』 Au Service de la Franceの完成に専念した。

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デジタル大辞泉の解説

ポアンカレ(Poincaré)

(Jules Henri ~)[1854~1912]フランスの数学者・天文学者・物理学者。微分方程式関数論天体力学などの研究で功績があるほか、実用主義(プラグマティズム)に対して科学のための科学思想を主張。著「科学と仮説」「科学の価値」「科学と方法」など。
(Raymond Nicolas Landry ~)[1860~1934]フランスの政治家。のいとこ。蔵相・外相・首相を歴任後、大統領。在任1913~1920。軍備拡大と三国協商の強化により第一次大戦を勝利に導いた。戦後も首相となり、1923年にはルールを占領、1926~1929年には挙国一致内閣を率いて財政危機を克服した。

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百科事典マイペディアの解説

ポアンカレ

フランスの数学・天文学物理学者。1879年カーン大学,1886年パリ大学各教授。保形関数の理論を創始,天文学の三体問題を論じ,《天体力学》3巻(1892年―1899年)を刊行。相対性理論,量子論に関する先駆的な研究もある。また〈科学のための科学〉を主張し,〈規約〉の重要性を強調。《科学と仮説》(1902年),《科学の価値》(1906年)等すぐれた著作が多い。政治家R.ポアンカレはいとこ。

ポアンカレ

フランスの政治家。数学者J.H.ポアンカレのいとこ。保守派に属し,1887年下院議員。1912年の第2次モロッコ事件で,挙国一致内閣をつくり対独強硬姿勢を貫いてモロッコ保護国化に成功。第1次大戦期は大統領(1913年―1920年)。1922年首相となり,ルール地方を占領しようとして失敗(ルール問題)。1926年には超党派の内閣を組閣し財政立直しに成功した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ポアンカレ【Henri Poincaré】

1854‐1912
フランスの数学者,哲学者。ナンシーに生まれ,エコール・ポリテクニクを卒業,1881年パリ大学教授,87年アカデミー・デ・シアンス会員,1908年アカデミー・フランセーズ会員。数学者としては,微分方程式論に新境地を開き,〈フックス関数〉を発見,また,天体力学的数学を出発点とした太陽系生成論など,物理学的関心も濃厚だった。三体問題に関する論文(1889),《天体力学》全3巻(1892‐99)は著名。さらに晩年は,トポロジー概念の基本をつくり上げた。

ポアンカレ【Raymond Poincaré】

1860‐1934
フランスの政治家。1887年弁護士から下院議員に当選し,漸進的保守派であった〈進歩派〉に属した。1893年には早くも文相となり,翌年蔵相に転じ,次いで下院副議長を務めた。ドレフュス事件後の急進派高揚期には野にあってこれと対抗し,この間1903年に上院議員となった。12年1月第2次モロッコ事件に際しては指導力を失った急進派内閣に代わって挙国一致内閣を組織して,ドイツに対する強硬態度を貫き,モロッコの保護国化に成功した。

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大辞林 第三版の解説

ポアンカレ【Poincaré】

〔Henri P.〕 (1854~1912) フランスの数学者・物理学者。数理物理学と天体力学に業績が多く、また科学方法論の批判的検討を試みコンベンショナリズムを唱えた。認識論的にはプラグマティズムの立場に近い。著「科学と仮説」「科学の価値」「科学と方法」など。
〔Raymond P.〕 (1860~1934) フランスの政治家。のいとこ。首相として同盟強化・軍備増強を行い、1913年大統領となり第一次大戦に対処。戦後も首相を務め、ルール占領・財政再建を遂行した。

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世界大百科事典内のポアンカレの言及

【位相幾何学】より

…さらに19世紀後半になると,J.W.R.デデキント,M.B.カントールにより実数の概念が確立するとともに,カントールによる点集合論の研究がはじまる。このような状況の下で,位相幾何学が学として独立の分野を確立するのは,H.ポアンカレによってである。1895年にはじまるポアンカレの位相幾何学に関する一連の研究は,ホモトープhomotopicとホモローグhomologusという二つの概念を基礎にしている。…

【科学哲学】より

…他方,哲学の領域においては,とくに,20世紀初頭以来,過去の思弁的形而上学に対する反感と批判がさまざまな形の言語分析の哲学を生み,すでに,一種の科学批判の学として成立していた現象学とも間接的に相たずさえて,科学内部における問題意識にこたえて科学哲学を生み出すのである。かくして現れた最初の科学哲学が,マッハ,ポアンカレ,デュエムらの科学者による科学論であり,そして,1930年前後のウィーン学団の新しい活躍の中で,〈科学哲学〉という名称が現代的な意味において徐々に定着していくことになるのである。
[科学哲学の課題]
 (1)科学的世界観の確立 現代の科学哲学は1930年代の論理実証主義の勃興を機に始まったと考えられるが,そこでまず急務とされたのは,過去の形而上学的世界観を排して,科学に基づく新しい世界観を確立することであった。…

【幾何学】より

…リーマンは前記の講演において,n次元多様体の概念を導入して空間の概念を拡張し,その幾何学を考えることを提唱したが,ベッチE.Betti(1823‐92)はその考えに沿って多様体の高次元連結度を表す位相的不変量としてのベッチ数の概念を得た(1870)。このような先駆的業績の後,位相幾何学の基礎がH.ポアンカレによって築かれた。彼はn次元多様体を明確に定義して,それは各点の近傍がn次元ユークリッド空間と同相な点集合であるとし,多様体は多面体,すなわち単体とか胞体と呼ばれる初等的図形をある一定の方法で連接させてできる図形,として組合せ的に取り扱うのが便利であるとした。…

【規約主義】より

…カントを規約主義者と呼ぶことはできないが,カント的な認識論は,客観的妥当性を,主観の側に属する認識の形式としての思惟の形式,すなわち範疇(はんちゆう)(カテゴリー)に求めたという点で,規約主義的な立場の可能性を切り開いたといえる。ポアンカレは,法則のア・プリオリな真理性を,概念規定として把握するという大胆な主張を展開した。この主張によれば,例えば空間がユークリッド的であるか,非ユークリッド的であるか,どちらが正しいかを問うことは意味がない。…

【数学】より

…ユークリッド幾何学,非ユークリッド幾何学がともに成り立つというのは,(A,E),(A,Ē)とも無矛盾であるという意味であった。(A,Ē)の無矛盾性が確認されたのは,そのモデルが(A,E)の中につくられることがA.ケーリー,F.クライン,H.ポアンカレらによって示されたからである。ヒルベルトはさらに実数を用いて(A,E)の諸命題が成り立つモデルをつくり,(A,E)の無矛盾性を示した。…

【天体力学】より

…ラプラスはまた《天体力学》全5巻(1799‐1825)の著者としても知られるが,本書によって〈天体力学〉ということばとともにその体系を築いたといえる。 19世紀に入ると,天体力学の研究はC.F.ガウス,J.ヤコビ,U.J.J.ルベリエ,J.C.アダムズ,S.ニューカム,G.W.ヒル,H.J.ポアンカレなどの多くの学者によって行われてその全盛時代を迎えた。とくに天王星の運動の不整から純理論的に未知惑星(海王星)の予想位置を計算し,実際の発見にまで導いたことは,天体力学の勝利とうたわれた。…

【トポロジー】より

…また,この構造が内容や方法上で問題となる数学のことを広くトポロジー(訳して位相数学)と呼ぶこともあるが,ふつうはもっと狭く,図形の位置や形状に関する性質で,図形を構成する点の連続性にのみ依存するものを研究の対象とする数学のことをトポロジー(訳して位相幾何学)と呼ぶ。リスティングJ.B.Listingは1847年に著書《Vorstudien zur Topologie》を出版し,トポロジーということばを使っているが,この数学の実質的創始者であるH.ポアンカレは,この数学をanalysis situs(位置解析学)と呼び,長らくこのことばが使われていた。トポロジーということばが普及したのはS.レフシェッツの著書《Topology》(1930)の影響が大きい。…

【非ユークリッド幾何学】より

…これらに対応してユークリッド幾何学は放物幾何学と呼ばれる。 19世紀の終りころには,非ユークリッド幾何学のモデルをユークリッド幾何学の中に作るという仕事がE.ゲーリー,F.クライン,E.ベルトラミ,H.ポアンカレらによってなされた。例えば,ポアンカレが《科学と仮説》(1902)に記述しているモデルは次のようである。…

※「ポアンカレ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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