コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

マティス(読み)まていす

ASCII.jpデジタル用語辞典の解説

マティス

日本語PostScriptフォント。明朝系の書体でM、DB、B、EB、UBとファミリーがそろっている。【開】【販】フォントワークス

出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報

百科事典マイペディアの解説

マティス

フランスの画家。北フランスのル・カトー・カンブレジ生れ。1893年パリのエコール・デ・ボーザール(国立美術学校)に入り,マルケルオーらとともにモローに師事。初めアカデミックな作風を示したが,1897年ころ印象主義の洗礼を受けた。やがて色彩は強烈となり,フォルムは単純化され,1905年サロン・ドートンヌに出品した作品がドランブラマンクの作品とともにフォーブ(野獣)と名づけられて非難を浴びた。以降フォービスムを推進,原色を生かし,肉付けを否定して線のアラベスクを実現する方向に進み,対象を大胆に単純化・装飾化した明快な画風を確立した。第2次大戦前後南フランスのバンスに住み,切り絵を手がけたほか,同地の修道院の礼拝堂を設計,その壁画,ステンドグラスも制作した。
→関連項目アンデパンダン展オダリスクスタイケンスタインデュフィニューヨーク近代美術館バーンズ・コレクションボラール

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

マティス【Henri Matisse】

1869‐1954
フランスの画家,彫刻家,版画家。北フランスのル・カトー・カンブレジLe Cateau‐Cambrésisに生まれる。はじめ法律を学ぶ。1891年パリのアカデミー・ジュリアンでブーグローに教わったのち,92年エコール・デ・ボザール(国立美術学校)のモロー教室に入り,そこでマルケ,ルオー等を知る。このころはまだアカデミックな手法で手堅く描いていたが,97年のカイユボット遺贈展(リュクサンブール美術館)で印象派の作品に接するあたりから,にわかに作風に変化が生じ,形態をほとんど無視して色彩を大胆に並置させるようになる。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のマティスの言及

【フォービスム】より

… グループと技法の形成は,1890年代に始まる。グループの中心は,自由な教育をあたえ,みずからも晩年の水彩等においてフォービスムの先駆けをなすような色彩と筆触を示したG.モローのアカデミー・デ・ボザール(国立美術学校)の弟子たち,すなわちマティス,マルケ,カモアンCharles Camoin(1879‐1964),マンギャンHenri Charles Manguin(1874‐1949)たちによって形づくられる。とりわけマティスは,後期印象派(とくにゴーギャン)と新印象派(とくにシニャックとクロス)から,形態のアラベスク,純粋色とその補色の関係を学ぶことによって,すでに世紀末にフォービスム的表現へと近接している。…

※「マティス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

RE100

2014年に国際環境NGO「The Climate Group」が開始した国際的な企業連合。業務に使用する電力の100%を再生可能エネルギーに転換することを目的としている。認定を受けるためには、「企業...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

マティスの関連情報