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メルセン条約 メルセンじょうやくVertrag von Mersen(Meersen); Traité de Mersen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メルセン条約
メルセンじょうやく
Vertrag von Mersen(Meersen); Traité de Mersen

870年8月8/9日,ネーデルラントのメルセンで,西フランクのカルル2世 (禿頭王) と東フランクのルートウィヒ2世 (ドイツ王) との間で結ばれた条約。ベルダン条約で3分割されたフランク王国領を再び分割した。西ローマ皇帝ロタール1世の死により,その領土のうち,中フランクの東半分を東フランクのルートウィヒ2世が,また西半分を西フランクのカルル2世が獲得し,ロタール1世の子であるルイ (ルートウィヒ2世) は西ローマ皇帝の称号 (在位 855~875) とイタリアとを保持。これが今日のドイツ,フランス,イタリアの原型となった。

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デジタル大辞泉の解説

メルセン‐じょうやく〔‐デウヤク〕【メルセン条約】

870年、オランダのメルセン(Mersen)で、東フランク王ルードウィヒが弟の西フランク王シャルルと結んだ条約。855年に死去した長兄ロタールの遺領中部フランクの分割を定めたもので、これによってドイツ・フランスの分離がほぼ確定した。

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百科事典マイペディアの解説

メルセン条約【メルセンじょうやく】

ベルダン条約後,フランク王国を再分割した条約。870年東フランク王ルートウィヒ2世と西フランク王カール2世がメルセンMersen(オランダ南部)で締結,兄ロタール1世の遺領の中部フランクを分割して,それぞれの王国に併合したもの。
→関連項目カロリング朝西フランク王国東フランク王国

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世界大百科事典 第2版の解説

メルセンじょうやく【メルセン条約】

870年に東フランク王ルートウィヒ2世と西フランク王カール2世の間に締結された分割条約。ベルダン条約によってロタール1世に帰属した中部フランクは,彼の死後〈ロタールの王国〉すなわちロタリンギア(ロートリンゲン)として次子ロタール2世が領有していたが,その死(869)を機に叔父のカール2世が武力で占有するに至った。しかし同じく同地域の領有を志向していたルートウィヒ2世の圧力に直面して交渉に同意,870年8月,メルセンの地で条約が結ばれた。

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大辞林 第三版の解説

メルセンじょうやく【メルセン条約】

870年、東西のフランク王国がオランダのメルセン(Meerssen)で結んだ条約。ベルダン条約でロタール王国に帰した中部フランクを東西の両国に再分割した。これにより、今日のドイツ・フランス・イタリア三国の国境の原型ができあがった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メルセン条約
めるせんじょうやく

870年、東西両フランク王国間で結ばれた、ロートリンゲン王国の分割協定。ベルダン条約(843)により皇帝位とともに中部フランク王国(ロートリンゲン、ブルグント、北イタリア)の支配権を獲得したロタール1世が死去したのち、次子ロタール2世はロートリンゲン王国を相続した。869年、ロタール2世の死によってカロリング家の王統が絶えると、西フランク国王シャルル1世はロートリンゲン王国を併合した。これは867年、メッツ(メス)で結ばれた東西両王国間の協定を無視した行為であったので、東フランク国王ルートウィヒ2世は、これを実力で阻止しようとし、両国間に戦端が開かれようとしたが、870年オランダ、アーヘン北西のメルセンMeerssenで妥協が成立し、おおむねモーゼル川上流とマース川下流の線に沿ってロートリンゲンとフリースラントとが東西両王国に分割された。しかし、その後も紛争が続き、880年のリベモン条約により、東フランク国王ルートウィヒ3世がロートリンゲン西部をも獲得した。[平城照介]

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世界大百科事典内のメルセン条約の言及

【カロリング朝】より

… 843年のベルダン条約は,ロタール1世(ロタリンギア),ルートウィヒ2世(東フランク),カール2世(西フランク)の取分の線引きを明瞭にし,中世末まで唯一拘束力のある国際条約となった。しかしロタリンギアからは早期にイタリアとプロバンス両王国が分立し,残った狭義のロタリンギアは,メルセン条約(870)によって,ルートウィヒ2世とカール2世の間に分断された。923年にはゲルマニア側に移る。…

※「メルセン条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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