リムスキー・コルサコフ(英語表記)Nikolai Andreevich Rimskii‐Korsakov

世界大百科事典 第2版の解説

リムスキー・コルサコフ【Nikolai Andreevich Rimskii‐Korsakov】

1844‐1908
ロシアの作曲家。ロシア国民楽派の一人であるが,長くペテルブルグ音楽院で教鞭をとり,ロシア音楽アカデミズムの確立に貢献した。貴族の出身で海軍士官。1861年バラキレフらと知り合ってそのグループに入り,71年以降音楽院の教職に就き,職業音楽家の道に入った。70年代には民族主義的な初期のオペラ《プスコフの娘》《5月の夜》,そして《雪娘》(1881)などを作曲。80年代には音楽出版業で知られるベリャーエフの支持を得て,ロシア音楽界を指導する立場に立った。

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世界大百科事典内のリムスキー・コルサコフの言及

【ボリス・ゴドゥノフ】より

…初演は大成功であったが,批評界は賛否両論に分かれた。作曲者の死(1881)後,まもなく上演曲目から外されたが,96年にリムスキー・コルサコフが全面的に改訂した版を出版した。シャリアピンがボリスを当り役として世界的に親しまれるようになった。…

【ボロジン】より

…民族叙事詩によるオペラ《イーゴリ公》(未完。のちリムスキー・コルサコフグラズノフにより完成。初演1890),異国情緒にあふれた音画《中央アジアの草原にて》(1880)などの作品が有名。…

【ロシア国民楽派】より

… 文学ではチェルヌイシェフスキーやドブロリューボフを中心に《現代人》誌に集まったグループ,絵画では〈芸術家組合Artel’ khydozhnikov〉や〈移動展派〉のグループが生まれたが,それらと同様な立場にある。評論家スターソフが思想的中心となり,作曲家バラーキレフを指導者として,キュイ,ムソルグスキー,A.P.ボロジン,リムスキー・コルサコフらの作曲家が集まった。キュイは彼らの立場の宣伝者・批評家としても健筆を振るった。…

※「リムスキー・コルサコフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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