下諏訪(読み)シモスワ

デジタル大辞泉 「下諏訪」の意味・読み・例文・類語

しもすわ〔しもすは〕【下諏訪】

長野県中央部、諏訪湖北岸の地名精密機械工業が盛ん。諏訪大社の下社があり、上社のある上諏訪諏訪市)に対する名。

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精選版 日本国語大辞典 「下諏訪」の意味・読み・例文・類語

しもすわ しもすは【下諏訪】

(諏訪下社(すわしもしゃ)があるところから) 長野県中央部、諏訪湖北岸の地名。江戸時代中山道甲州街道の交わる宿場町として発達。明治以後は製糸業の町となり、第二次世界大戦後は精密機械工業が発達。下諏訪温泉がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「下諏訪」の意味・わかりやすい解説

下諏訪[町] (しもすわ)

長野県中部,諏訪郡の町。人口2万1532(2010)。諏訪湖の北岸に位置し,湖岸の砥(と)川扇状地に市街地を形成する。中心集落の下諏訪は近世,中山道と甲州道中の分岐点の宿駅であり,古代からの歴史をもつ諏訪大社下社(重文)の門前町,さらに温泉町として栄えた。第2次世界大戦前は製糸業中心の町であったが,戦後,カメラ,オルゴール,時計を主体とする精密工業,繊維工業が飛躍的に発展し,県下有数の工業地帯となっている。北東部には八ヶ岳中信高原国定公園に含まれる八島ヶ原湿原がある。この高層湿原に展開する植物群落は霧ヶ峰湿原植物群落とよばれ,天然記念物に指定されている。諏訪湖はワカサギ釣り,スケートなどを楽しむ人々でにぎわう。JR中央本線が諏訪湖に沿って通る。
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諏訪大社下社(春宮,秋宮)は湖南の上社とともに古代以来の大社で,中世には信濃国一宮として国中の御家人の頭役奉仕をうけ,諏訪信仰の普及で繁栄した。戦国期に上社と抗争して衰退したが武田信玄が復興,江戸幕府の朱印領500石。7年目ごとの御柱(おんばしら)祭をはじめ参詣人でにぎわった。秋宮門前一帯の町並みは湯之町と称し,綿の湯,小湯,旦過湯(たんがのゆ)が湧く温泉町でもあった。1602年(慶長7)湯之町に中山道の宿駅が設けられ,甲州道中の終点でもあった。65年(寛文5)の宿町高243石余,町通り長さ4町50間,ほかに甲州通り分52間。家数は82軒で,問屋2軒,庄屋2軒,町年寄5軒,伝馬役家50軒など。問屋場を中心に町並みが拡大し,旅籠屋は横町,立町,湯田町などに天保年間(1830-44)42軒。小倉織や養蚕,製糸も盛んであった。1868年(明治1)相楽総三ら嚮導(きようどう)隊が新政府によって偽官軍としてここで処刑された。
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事典・日本の観光資源 「下諏訪」の解説

下諏訪

(長野県諏訪郡下諏訪町)
中山道六十九次」指定の観光名所。

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